私の恋は

@bootleg

アイドル

 私はこの先どうなっていくのだろうか。パステルカラーのグリーンのソファで間のお酒を片手に考える。日の沈んだ窓の外からは秋の虫の音がしている。テレビをつけると、ホラー映画が流れていた。見るともなく、ひとまずそれを選んで、濃いめのハイボールに口をつけた。


 11年アイドルをやってきた。始めたときには見向きもされないグループだったが、今では新しいシングルが出るたびに音楽番組に呼ばれるくらいまでになった。ここに入ったころ、まだ中学2年生になる年だった。どれくらい続くとか、どうやって終わりにするとか、ましてやその先にどんなことをするのかなんて考えていなかった。ただ、目の前に現れた輝かしいステージに憧れていたのだ。


 だからこそ、いま私は、この先が見えない。アイドルをしている間に時間は進んでしまった。だからと言って、玉手箱のように綺麗で、突発的なものではない。私がここにいる間に、同級生が、家族が、周りの風景がどんどん過ぎていく。それをずっと横目に見ながら、しかし極力目に入らないようにしながらじっと時を重ねてきた。振り返ればそんな時間の流れがはっきりと見えてしまう。


 私は、得られたチャンスをものにできたのだと思う。自分から見て判断しているわけだから何の根拠もないが、そう思う。初めのうちはステージに立つこともできなかった。それでも、いまではそんなことはなくなった。センターにおいてもらえることもある。


 しかし、そういった「役割」を与えられるほど、グループの中にいない自分を想像することが難しくなった。少しオーバーな言い方をすれば、人間らしい点から遠ざかっていくようだった。ここにいるうちに、18,20と過ぎ、いつの間にか10代は終わった。そろそろ25歳、そこを越えたらもうアラサーと言われても仕方がない。高校は仕事のこともあったから通信制だった。文化祭とか、そういったイベントごとには縁もなく過ぎた。普通の高校生であれば、恋愛なんかもできたのだろうか。


 ひと月前に、グループを卒業することを発表した。「そんなことない」と、周りにも、そして自分にも否定してきたけれど、自分が落としてきた生きていくうえでのパーツを見つめて、底知れぬ不安を感じていた。


 恋愛そのものに興味があるのかどうかは分からない。ただ、「誰かと付き合ったことある?」とか、「結婚は何歳くらいでするの?」とか、そういった他の人から見られる部分を気にしてしまう。少し離れてみれば、「そんなこと」と思えるようなものだけれど、やはり私にとってはそれらが気がかりの元になっていた。「損をした感じ」とか、「焦り」とか、そういうものではないと思う。しかし確かに、「そこにあるべきだった」と予想されるものが欠落していることに対して、不安のような、そうとも言い切れないようなぎこちなさが生じているのを感じる。

 実際のところ、細かく考えてみればまだそういう経験が無くてもおかしくない。そういう人も多少はいるだろう。結婚の平均年齢は30歳近くまで上がっているらしいし、そう考えれば24で交際経験がない人もいないとは限らない。


 アルコールが回ってきて、少し考えがゆっくりになってきた。ホラー映画は佳境に来たようだ。体育館のような広い建物の中で、ヒロインが銃を構えている。


 体育館。私は体育館が苦手だ。小学校の時のことを思い出してしまう。まだアイドルなんて考えてもみなかった頃。普通の小学生で、今よりもっと明るかった。それは今よりずっと無頓着でいられたからだと思っている。

 私は本が好きで、お昼休みには図書館に行ったり、教室で本を読んだりしていた。人といるのが苦手だったわけではない。たぶんあの頃は、本を読むことすら、今よりも熱中していた。ある冬の日、体育でバスケットボールをした。確か4年生。球技なんてしっかりやるのが低学年のドッジボール以来だったからだろうか。私はそれがすごく楽しくて、お昼休みにみんなが体育館に遊びに行くのについて行った。いつも行かないから少し恥ずかしくて、皆が給食を大急ぎで食べて体育館へと向かっていった少し後、ちょっと遅れて体育館に着いた。

 ちょうどチーム分けをしていた。ルールもよくわからないし人数もわからなかったから、適当にみんなの輪の中に入っていった。すると、普段から習い事でバスケをしていた男の子二人が、交互に輪の中からメンバーを選んでいった。野球のドラフト制みたいに。

 私は、最後まで輪の中に残った。残ったのが二人なら、どれだけ下手でも両チームに割り振られて終わりだったはずだ。でも、残ったのは私一人きり、バスケをしにやってきた子供は奇数だったのだ。それでも私は今の私ほど悲観的ではなくて、最後の一人なんて、なんだか助っ人みたいだとチームに割り振られるのをワクワクして待っていた。すると、彼らは私を押し付け合いだした。要は、どちらにも、必要とされなかったのだ。必要とされないどころか、ちらほら「早くやりたいからもう帰ってくれ」という声まで聞こえ出す始末である。男の子たちがじゃんけんで負けた方に私を追いやることに決めたころには、私は下を向いて体育館を抜け出していた。


 私は、それ以来体育館が嫌いだし、その後から運動も苦手だということに気付いた。挙手も、合唱も、人の前で本を読むことさえも、したくなくなった。何を言われるかわからないし、それなら自分のことを全く知られたくない、と潔癖になってしまっていた。

 そう、この事だけが原因ではないと思うけれど、私の私に対する心配性は

 アイドルになった今でも、私は極度に自分のことを知られたくないと思う時がある。話すことだって、自分が話すことが誰かにどう思われるかが気になってしまって、結局言葉にすることをやめてしまう、そんなことが多い。



 自分の性格を振り返ってみると、これじゃだめだな、と思う。きっとアイドルじゃなくても誰かと付き合うなんてできなかっただろう。よく考えてみれば、彼氏なんかいらなかったかもしれない。私は誰かと一緒にいるとすごく気を使ってしまうし、疲れてしまいそうだ。


 それでも映画を見てキスやハグに憧れるし、誰か一緒にいてくれる人が、声をかけてくれる人がいて欲しいと思うことだってある。あるに決まっている。だけど、それを認めてはいけない。認めてはいけないのだ。アイドルを選んだ時点で、誰かに憧れられる場所に立った時点で、もう同じ考え方ではいられない。人目をはばからずに腕に抱き着いて、街灯の下でキスをして、そんなことはできない。


 ゾンビ映画はいよいよエンディングに差し掛かっていた。ヒロインは、ゾンビのいない場所を探して、強く生きていくことを決めたらしい。両手に銃を携えた様子が勇ましい。


 いろいろ考えても、私は今ある場所でしかいられない。どう足掻いても、これは自分が選んだ形なんだと思う。少なくとも傍から見ればそうだろう。この道しか選ぶことができなくなっていた。普通はどこにもないのだと思い込むしかない。それぞれがそれぞれの「異常」を選んでいて、私自身もその一つであると思うしかない。そういうものなのだと、思うしかない。


 私は特別な道を選んだ。特別な、貴重な、大切な経験ができる場所を。みんなの理想になるものは、「idol」は、誰かの理想を守って生きていかなければいけない。そのためには、自分の生き方を損なうことも構ってはいられないのだ。


 ここをでるとき、理想の対象、偶像としての私が、他者の目から、そして自分の目からも消えた後、どんな私が残るのだろう。


 ふと目を覚ます。うとうとしているうちに、本格的に寝入ってしまっていたようだ。虫の声はいつの間にか消えていた。明るみだしたカーテンの外からは、鳥の鳴く声が聞こえ始めている。

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