第14話 幼女の肉はなんの肉?
夢を見た。
両手を怒ると怖いお母さんと、私に優しいお父さんに挟まれてお家に帰る途中。今日はお姉ちゃんの誕生日プレゼントを買って帰る途中。
お母さんと同じ白っぽい銀色の髪を、お姉ちゃんからもらった水色のヘアピンでオシャレしてルンルン気分。
いつものカボチャパンツもなんだかいつもより可愛いものに見えてきた。
「『 』はとっても楽しそうね。そんなにお姉ちゃんへのサプライズが楽しみ?」
お母さんがそう笑いかける。
「そりゃあそうだろう。僕たちの中でお姉ちゃんが一番大好きなんだから。歳が離れてるぶんゾイもよく面倒見てくれてるみたいだし」
お父さんがそれにつられて、顔を綻ばせた。
「うん!お姉ちゃんは勉強を教えてくれるし、いっぱいいっぱい褒めてくれるの」
つられて楽しくなった私は、髪をふりふり左右に振って少し早足で歩いていく。
そして、大きな交差点へと差し掛かった。
トテトテと短い歩幅で進んでいく女の子は、視線をあちこちにめぐらし、そしてある一点で素朴な疑問を抱く。
「ねえ、お母さん?あのクルマ赤信号なのにまっすぐ進んでくるよ」
そこにいるのは、法定速度を遥かに超えた軍用ジープ。運転席に乗った人間は、明確に彼女の両親に狙いを定めていた。
果たしてその相手に覚えがあったのか、両親は2人で顔を見合わせる。
彼ら2人で女の子の身体を強く抱くと来るべき衝撃に備え、体をギュッと強く抱きしめた。この間わずか2秒足らず。
そして、視界に光があふれていった。
◆◇◆◇◆◇◆
「…はっ!はぁ、はぁ、ふぅ…何だか物騒な夢を…何でしたっけ?」
エヌが目を覚ますと、そこは普段二人が過ごしているアパートの部屋ではない。ベッドと最低限のスペースだけが存在する安宿の様相を呈しているそこは、自身の記憶を探っても全く覚えのないところだった。
「それにしてもここ、どこです?あるじ様の姿も見えませんし…」
探し人の服こそ壁にかけてあるものの肝心要のその人の姿が見えない状況に、少女は軽く周りを見回す。
しかし目に付くのは一つばかりの旅鞄のみで、それ以外の荷物は見受けられなかった。
両手で体を起こすとグイッと背伸びをし、ベッドからそっと地面に足を下ろす。そして周囲にあるじ様の書き置きか何かがないかと探している途中で、はたと銀色の金属碗をまじまじと見つめた。
「腕、いつのまにか付いてますね。今までに無いほど機械っぽい見た目してますけど」
動かすたびにカチャリと音を立てる機械腕は、内部で金属部品が動く細やかな振動が感じられる精巧な銀時計のようである。
しかし人間らしい見た目とは真っ向から反するその作りは、あるじ様が今までエヌのために作ってきたそれのデザインとは全然異なるものだった。
「予備のスペアか何かなんでしょうか。街中で動き回るにはかなり目立つ作りですし」
そう言いながら手持ち無沙汰のエヌは、幾ばくばかりの好奇心を忍ばせながらあるじ様の旅行鞄に手をつける。
あわよくば飴玉やお菓子などが入っていないかと期待をしていたが、中に入っていたものは少女が想定していたものとは全く異なるものだった。
鞄の中には綺麗に腑分けされ瓶に詰められた肉やパックに入れられた血液、結束バンドで縛られた骨の数々。
それに何より、鞄の中に詰められた機械端子付きの幼子の四肢。関節の細まった部分には紐でタグが括られており【失敗作・使用許可数・弌回】と書かれていた。
『人間だよ。生きた人間の臓腑をつかうんだ』
空中戦艦でのグレーの言葉がエヌの脳裏に蘇る。その時ばかりは衝撃があれど半信半疑の状態だったが、実際に見てしまった彼女は本能的に理解した。
自分の体は見知らぬ誰かによって作られているのだ、と。
エヌは腰から力が抜けペタリと尻餅をつき、さらに思わずといった雰囲気で後ずさった。
そのとき、ガチャリと部屋の扉が開く音がエヌの耳朶を打つ。とっさの反射神経で旅行鞄を閉じようとするが、エヌの小さい体で全ての行動が完了するわけもなく。
結果的にどうにか現状を隠そうとしたエヌが、開いた旅行鞄に手をかけた状態で扉を開けた人物―あるじ様と視線を交わらせた。
両者とも沈黙を保ったまま口を開けない状況で、ギィと扉が軋みを上げながら閉まる。
バツの悪そうな表情に怯えを添えたエヌと、顔から血の気が引き土気色と化したあるじ様。
イヤな沈黙の中で、旅行鞄の持ち主はふらりと覚束ない足取りでエヌに近づいた。しかしエヌは「…ッ!」と声にならない悲鳴を漏らして思わず後ずさる。
そんな姿にあるじ様はどこか悟ったような表情になりながら、絞り出すようにエヌに話しかけた。
「ねえ、あなた、空で何を知ってきたの」
「あるじ様…エヌは、エヌは一体誰だったんですか?」
少女は自身の胸に手を当て、トクン、トクンと命を刻む心臓を確かめる。
「…戦艦の中でグレーに言われました。エヌの心臓は、生きた人間のそれを使って作られるって。その時はまだ半信半疑でしたけど」
しかしエヌは旅行鞄にチラリと横目で見るが、すぐさまあるじ様の方に視線を戻した。
「でも、この鞄とあるじ様の顔で分かりました。きっと本当のことなんだろうって」
「エヌ、それは、それは…」
「あるじ様…どうか、あるじ様だけには嘘を吐かれたくないんです」
そう訴えかける少女の脳裏には、突き付けられたフィッツの銃口の光景が鮮明に浮かぶ。
未だ無垢なままのエヌにとって他人に裏切られた記憶は、信じるものの基盤を揺さぶるには十分なものであった。
たとえ何があったか分からずとも、少女はどことは無しに怯えを見せる。その姿を見たあるじ様はしまいに腹をくくってみせた。
「…そうよ。あなたも『人間製』の機械人形。私の大切だった人の代わりを作ろうとした、その果てなの」
―絶句。
されど人間製の機械人形、そう彼女の口から語られたエヌはストンと腑に落ちるような脱力感を覚えた。
「……それじゃあ、鞄の中に入っていた子供たちの手足もそういう事ですか?」
「言い訳がましいだろうけど、あれは身寄りのない遺体を分けてもらった物よ。臓器も同じ」
されどエヌは怯えたように自身の体を掻き抱くと、あるじ様を弱々しく睨む。
「それでも!エヌは、エヌの体は誰かに喜ばれるようなものでは無いじゃないですか!」
真実を知ってしまえば、今までなんとも思わなかった自身の体が途端に不気味で恐ろしいようなものに感じてしまう。
「それに、生きた人のものでは無いとしても『失敗作』なんてタグを付けてますよね、チラッとしか見てませんがエヌも夜目は効きますよ」
声を震わせながらも、努めて冷静であるかのように少女は言葉を続けていく。
「あれは多分、エヌの手足に成れなかったものですよね。一回雪を出しただけであんなボロボロになる子供サイズの手足なんて、それしか考えられません」
「知られたくないものに限ってこういう風にバレていくものね。その通りよ、構造の脆性が生まれてしまったエヌの四肢の失敗作。一回限りだけども本物に迫るからこその『偽典』よ。なんでエヌの体と馴染まないかは分からずじまいだけど、多分素体になった子供の骨が抗原になるのかしらね」
あるじ様は淡々と機械のスペックを読み上げるように、ただただ事実のみを冷めた口調で読み上げていった。
その言葉一つ一つがエヌの胸からスッと熱を奪っていく。
それになりより彼女の口から述べられた『素体になった子供』という一言が、薄氷の向こう側にあるエヌの体の秘密をすぐそばまで感じさせた。
「……エヌは元々、いったいどこの、誰だったんですか?」
そして少女はついに核心を突くべく、どうにかその一言を絞り出す。
あるじ様は何度か口を開こうとするがすぐに閉じてを繰り返し、あと一歩エヌの近くに踏み出せない。
二人とも押し黙る中トン、トン、と雨粒が窓ガラスを叩き始め、部屋は雨雲でより陰りはじめる。
最初こそ尻餅をついていたエヌもいい加減何も言わない彼女に痺れを切らし始め、ゆっくり立ち上がるとズイと彼我の距離を詰めた。
「知っていないわけが無いでしょう、製作者本人のあるじ様が。エヌにだって知る権利はあるはずです」
「それはそう、だけど、でも…」
「…エヌには、言い出しづらい人なんですか」
見上げてくるエヌにたじろいだ雰囲気のあるじ様は、観念したように目を伏せる。
彼女は震える唇をキュッと横に引き絞り、重たい口を開いた。
「ねえ、二人で街を歩けば私たち、まあまあ親子に間違えられるわよね」
「それって……まさかっ!」
知りたかったこととは違う話に肩透かしを食らったような表情の少女は、それでも何も言わずに続けられる言葉を待つ。
「それに私、あんまり走るの得意じゃないじゃない?すぐに息切れしちゃってさ」
「あるじ様っ!」
「エヌ、よく聞いて。貴女はね」
一拍、目を伏せたあるじ様が意を決したように少女の頭を撫でると続く言葉を口にする。
「貴女はね、死んだ私の妹、それと足りない部分を私の肉から移植して作られたの」
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