雪のヒビ

エリー.ファー

雪のヒビ

 また静かだ。

 なんて静かなんだろう。

 すぐに静寂がやってきて僕は一人になる。

 音の中にいる。

 無音に漂う。

 あぁ。

 僕は死ぬのか。

 この雪の中で。

 さっきまで真夏だったはずなのに、気が付いたら雪の上で寝ていてそのまま冬と一緒にいる。時間が進んでいる気はしないのに、体が少しずつ弱っていくのが分かる。奪われた体温が戻ってこない寂しさが、僕に恐怖を与えてくる。

 どこかで、静かになりたい。そんなことを思ったこともある。

 でも。

 実際にその状況に直面するとこんなにも悲しくて悔しいなんて、分かっていなかった。これは、もっと遠ざかるべき死の香りだった。

 僕は、ここに好奇心を満たしてくれる何かがあると思っていた。

 何かはあったと言えるのか。

 それが余計に寂しいのか。

 あぁ。薄れる。意識が消えてなくなる。粉になる。吹き飛んでしまう。

 僕は雪になるのか。それとも、冬になるのか。

 なんなんだろう。

 僕は一体、何の意思の一部なんだろう。

 逃げたいのに、動けない。しかし、恐怖も薄れてくる。そのせいで芯から冷える。

 死ぬな。これは。

 あぁ、家族の顔が思い浮かぶ。

 けれど、その家族も真っ白になっていく。表情が見えない。性別が分からない。思い出が見えない。声が聞こえない。味が分からない。

 昨日の夕食。

 何を食べたんだろう。

 何か胃袋に入れたような気はするのに。

 もう、いいか。

 待ち構えている。

 何が。

 死に決まっている。

 あぁ、寂しいなあ。

 こんな寂しい冷たさじゃ、死にたくなってしまう。

 お母さん、お母さん、親孝行できなくてごめん。

 お父さん、お父さん、えぇと顔も見たくないのは変わらないけど、先に死にます。

 あと、誰だ。

 家族なんていたか。

 いなかったような気がする。天涯孤独。

 そう、それが凄くしっくりと来る。

 雪山は完全に人間を受け入れてくれている。むしろ、外に出ようとすることが間違いであるかのようだ。何も拒否していない。矛盾すら受け入れる慈愛の形。反発するのはいつだって命の形をしているのだ。意思があって、志があって、涙を流して、余計な争いと余計な喜びで心を乱して、死んだりする。

 なんの許可もなく死ぬのだ。

 大切な存在になった瞬間に、命の大切さを教えてくる。

 そんな寂しい思いになるなら、命の尊さとか教えるなよ、バカ。

 あぁ、こんなに悲しい気持ちになるなら、生まれて来たくなかったなあ。嬉しいとか、喜びとか全部前フリになってしまうじゃないか。

 もっと、人生が何なのかを知って、永遠に生きていくつもりだったのに。

「あの」

 顔をあげる。

「大丈夫ですか」

 誰かがいた。

「あ、その、体が動かなくて」

「えぇと、遭難ということですね。分かりました、じゃあ、近くの山小屋まで運びますからちょっと待ってください」

「あ、すみません」

「いや、このあたりって自殺志願者とかも来るんですよ。だから、そういう感じの人かと思って。あぁ、でもよかった。お兄さん、なんかまともそうだし、自殺なんてしなさそうだもんね。もう大丈夫ですよ」

 その時。

 腕を掴まれた気がした。

 雪の中から何かが腕を掴んで引っ張ってくる。

 でも。

 力はない。

 腕に食い込もうとするその指は白くて、枝のように細かった。

「ごめん。運が良いからまだ生きていくよ」

 少し、泣けた。

「あの、何か言いましたか」

「あぁ、いえ。何も。ご迷惑おかけします」

「生きるってそういうことですよ」

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