第09話 311年10月 海賊の商い

その1 ラガム海賊衆

<前回のあらすじ>

 シェラ一行はカンファ公子やディロンとともに、ディロンと旧知の仲のプラトー領主トゥリアを訪問する。

 南の蛮族諸領から圧迫を受けていたプラトー領を救うため、シェラ一行はフーグルモーターのドリグナ一派を撃破。

 プラトーと友好関係を結び、シェラはデュアリアス地方への進出に乗り出した。




【シェラルデナ(シェラ)】(PC、人間/女/17歳):祖国ハーグストン王国再興を夢見る姫剣士。旧臣と祖国再興に向け動き出した。

【パテット】(PC、グラスランナー/男/48歳):流浪の吟遊詩人バード。典型的グララン。

【サンディ】(PC、エルフ/女/41歳):ガンマンに憧れる銃士マギシュー。溺れたのは黒歴史。

【ジューグ】(PC/GM兼務、リカント/男/17歳):キルヒアの神官戦士。重度のシスコンだが、最近はシェラが気になる様子。

【ケイト】(支援NPC、ナイトメア/女/20歳):キルヒア神官にして真語魔法使いソーサラー。ジューグの異母姉。


【ノエル・ディクソン】(人間/女/15歳):ハーグストン王国最後の騎士を名乗る少女でベルミア衆の一人。シェラに忠誠を誓う。

【クラミド】(ディアボロ/女/25歳):魔将ディロフォスの娘だったが、戦う能力がないため父に勘当された。シェラに仕えて学問で才を開花させる。

【カンファ・シェルシアス】(人間/男/16歳):シェルシアス公国第三公子。シトラス総督を務める。

【フリーシア・サストレー】(ミノタウロスウィークリング/女/24歳):元シトラス軍“鉄騎”でディロンの養女。現在はカンファに仕える。






「公女殿下。クラミド殿より、『鉄鉱山を探してみては?』と提案が来ておりますぞ」

 ノエルの父で、現状シェラの留守を預かるウィリアムが言った。プラトーでは石炭が採掘できることが判明しており、鉄が確保できれば鉄鋼が生産できる。

「鉄鉱山か、資源確保も重要だからな。冒険者に探索依頼を出しておいてくれ」

「かしこまりました」

 この後、冒険者がプラトー北西部にて大破局で放棄されていた鉄鉱山を発見。プラトーはベルミアの重要な資源供給源となる。




「申し上げます」

 兵士が急報を告げたのは、シェラ一行とカンファ公子がシトラスにて会合中のこと。

「いかがなさいました?」

「は、ラガム海賊衆と名乗る者どもが入港許可を求めております」

「ああ、デュアリアス地方北東の人族の海賊だね……ときどき密貿易に来てたよ」

 兵士の言葉に、フリーシアがうなずいた。

「海賊ちゅても交易業者兼ねてるようなのも多いしねー」

 パテットがカンファに視線を向ける。

「わかりました。入港を許可します」

「現場に任せて大丈夫か?」

 シェラが言うと、公子は一行の方を向いた。

「……見に行かれますか?」

「私は会ってみたい」

「一概に悪人とは言い切れないよね、警戒は必要だけど」

「わかりました」




 港の沖に、一隻の大きな船と数隻の小さな船が停泊している。

 大きな船から降ろされたボートに数名の人影が乗り込み、桟橋に近づいてきた。


「ああ、連中だね」

 ボートに向けて手を振るフリーシア。

 興味深げにボートを待つ仲間たちとは違い、サンディのみが銃のチャンバーをチェックした。

 ボートから、一人の若い男が桟橋に飛び移った。暗灰色の肌に第三の目を額に持つ男。の知識を持たない者なら、蛮族と誤認してもおかしくない。


「シャドウ……か。人族だ」

 ジューグはシェラをかばうように前に立った。人族なら無条件で安心、とも言えない。シェラの仇敵であるデナーレは人族国家だ。

「手前、ラガム海賊衆第十六代頭領ケイゴ・ラガムにて候!」

 シャドウの若者は自信たっぷりに名乗りを上げた。

「ベルミア公国臨時政府代表のシェラルデナ・ベルミア=ハーグストンだ!」

「シェルシアス公国第三公子、シトラス総督のカンファです」

「おやぁ、代替わりしたのかね?」

 フリーシアが訊くと、ケイゴはうなずいた。

「先日、評定にて我が父、先代頭領ホベツ・ラガムを追放した次第」

「追放? 事情を聴いても?」

 訝しむシェラに対し、ケイゴは苦笑いした。

「原因は海賊性の違い……とでも申し上げましょうかね」

「どう違うのか聞こうじゃないか。既にシトラスはシェルシアス公国の勢力下にある。蛮族領で通用したルールは凡そ通じなくなっているぞ」

「存じておりますとも」

 警戒を隠そうともしないサンディにケイゴは苦笑し、話をつづけた。


「古来より、我らラガム海賊衆は蛮族の海賊衆と争いつつ、デュアリアスに猛威を振るっておりました」

 海賊というと海を航行する船を襲う……とイメージされやすい。もちろんそういうこともするが、略奪者としての海賊の標的は船よりも街や村であることのほうが多い。街や村は動かないからだ。

「海岸のみならず、時にはデューラ川を遡って蛮族領を震え上がらせたものです」

 誇らしげに祖先の偉業を語ったケイゴだったが、不意に神妙な顔をした。

「しかし……蛮族領を苦しめるということが、どのような結果をもたらすか。御想像できますか?」


「現地の人族に最終的な被害が生ずる」

「人族領に蛮族はあんまりいないけど蛮族領に人族はたくさんいるからねえ」

「御名答」

 サンディとパテットの返答に、ケイゴはうなずく。

「最後の一線、人族を殺めないという線だけは守っておりましたが……」

 蛮族領での略奪のしわ寄せは、蛮族領の生産者である人族奴隷たちに行く。支配者である蛮族領主たちも多少は痛い(懐よりもむしろメンツ的な意味で)だろうが、本当に苦しむのは人族奴隷だ。

「それゆえ、シトラスの事変を機に商いの形を変えたいと思うのです」

「普通に交易業者になるって事?」

「つまり蛮族領への海賊としての襲撃を減らしたいとする側と攻撃続行側の対立か」

「シェルシアス相手であれば、恥じることなく交易ができますからな」

 ケイゴは、まさしく!とうなずいた。


「なるほどな。先見の明だな」

「まあ親父殿とて、今までの営みを全否定されたような気になってしまったのは無理もないとは思いますが……」

 先代頭領であるケイゴの父ホベツは、ドーズ連合公国の都にて隠居したという。ドーズ連合公国はデュアリアス地方の最北端に位置する人族国家だ。

「ギヨーへの圧になんか使えるかもしんないよ」

 シェラに囁くサンディ。

「いい考えだなサンディ」

 シェラはうなずくと、ケイゴの方を向いた。

「さて我々は、シトラスを解放した当事者だ。その後は、ドロメオやプラトーと友好関係を構築し交易を開始した。蛮族というだけで斬るつもりはない。損得勘定は極めて重要だ……だが戦略上、東方へ進出するに当たってギヨーの開港を検討している」

「ほう」

「我々ベルミアは三つ子島より南東に位置する三角島をベルミア島として、そこを拠点としている。ついでに言えば……」

 シェラはカンファの方をちらりと見て、言った。

「ここにはベルミア、シェルシアス二国家の代表が揃っている。貴殿らと協力関係を構築するのも吝かではないと、私は思っているが」

「ほほう。おっと、失礼!こちらも特使と同行してましてね」

 ケイゴがボートの方に手を振ると、茶色い毛並みのタビットが降りてきた。


「こちら、ドーズ連合公国特使アップソン殿にて」

「初めまして。御紹介に預かりましたアップソンにございます」

「……ビハールさん今頃何してるんだろう」

「パテットがバグったのであまり気にしないで貰えると助かるちゅん」

 パテットがアルフレイムへの漂流を共にした学者ビハールがタビットだったため、パテットは時々こういう症状に陥る。

「お目にかかれたことを光栄に思います」

「よろしく」

「こちらこそ」


 アップソンはシェルシアス公へのお目通りを請うた。単に交易を再開するだけならシトラスとの通交のみでも足りるが、シェルシアスの公都ユーゲニアとの取引も行えた方が良いだろう。

「では、私が案内いたしましょう。シェラルデナ殿下はいかがなさいます?」

「よければご一緒させてもらおう!」

 ドーズ連合公国との外交の機会とあれば、逃すわけにはいかない。

「皆も構わないよな?」

「はいはい」

「うん、別にみられて困るようなもんないしね。せいぜい雀が牙剥くくらい」

「それ本当にスズメか……?ああ、俺もいいぜ」




 シトラスを出航した船団は公都ユーゲニアを目指しさらに西に航行する。

 月の綺麗な夜。シェラ達が甲板に出ると、ケイゴが海を見ていた。

「おや、船酔いかな?」

 パテットがおどけると、ケイゴはにやりと笑った。

「手前、船が揺り籠でね」

「それ寧ろ陸の上だと寝られない奴じゃないかな」

「実際船乗りにはそんな人がいるそうだちゅん」

「海エルフでもたまーに水上集落暮らしってのがあるって聞いたけどね、それとはまた違うか」

「生まれてからほとんど海で過ごしたってことか?色んな生き方があるんだな……」

 ケイゴ曰く、下手に拠点を固定すると、蛮族の討伐軍に狙われかねないという事情もあるとのこと。


 シェラが身の上話をすると、ケイゴも「ではお返しに」とドーズ連合公国についての話を始めた。

 魔動機文明末期、現在のドーズ連合公国に当たる土地はオリエンス帝国北方を守護するガルド公国であった。ガルドの名は優秀な近衛兵ガードを多く輩出したことに由来する。

 しかし、大破局に伴う地殻変動によって東デュアリアス山脈の火山が活発に活動し、火山灰と火砕流による被害と飢饉、蛮族の侵攻によってガルド公国は滅亡した。

 この時に孤児になったドーズの建国公イーグル1世は、長じて3人の仲間と周辺の蛮族を討って旧ガルド公国領を制圧。仲間と共に各々黒ドーズ、紅ドーズ、藍ドーズ、黄ドーズ家を称し、黒ドーズ家がドーズ四公家の頂点に君臨する連合公国体制を築いた。

 建国当時から<憤怒ラースの土>と言われる火山灰土で国土の多くが覆われていたドーズは慢性的な食糧難に悩まされていた。23年前、食糧難打開のためデュアリアス中央へ遠征を試みたのが失敗して、当時の連合公イーグル4世が戦死。黒ドーズ家の後継者が覇気に欠けていたため、紅ドーズ家が取って代わって連合公に就いた。


「ラガム海賊衆が略奪に励んでたのはそういう事情もあるんでさ。余所に餓えをおっかぶせていると言われればそれまでですが」

 交易で食糧を輸入できるようになれば、ドーズの民の暮らしも楽になるだろうとケイゴは言った。

「私たちも協力できることは多いと思う。海賊としての技術を用いて、船団護衛や輸送に従事するのも新しい生き方かもしれないな」

「まさしく」

 ケイゴは力強くうなずいた。




 カンファ公子の案内のおかげで、シェルシアス公ローレルとの謁見はすぐさま実現した。

「ドーズは貴国との友好と交易を望んでおります」

 恭しく拝謁するアップソンに、ローレルは頷いた。

「むろん、我々としても拒む理由はない」

「ありがたき幸せ」

 ローレルは、アップソンからシェラに視線を移した。

「シェラルデナ殿下、カンファがまた色々とお手間を取らせているようですな」

「殿下始めベルミアの方々には、大変お世話になっております」

 シェルシアス公の言葉に、カンファが応じた。

「いえ、これも友邦として誉れに御座います」

(おえらいさんは大変だよねぇ)

 サンディが肩をすくめる。

「グラスランナーでよかった」

 パテットがぽつりと言った。


「では……ドーズ連合公へ返礼として特使を送らねばなるまい」

「あ、やっぱりこうなったか」

「やっぱそういう話か」

 パテットとサンディが顔を見合わせた。

「シェラルデナ殿下、カンファに同行していただけませんか?」

「喜んでお供致しましょう」

 シェラは全く動じる様子もない。やはり、この展開を予想していたようだ。


(つづく)

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