3.5章 2話 5人のオオカミ
少女の髪色はワインレッドに近く、目鼻立ちがハッキリとしている。近寄りがたい美しさを持つ少女だ。
そんな少女は俺と目線の高さを合わせる為に、体を屈めて机の下に入ってくる。ほんの数センチの距離となった少女からは、柑橘系の香りが漂ってくる。
「ごめんなさい。私とした事が名前を名乗っていませんでしたね。私は【サングレース】と申します。
あなたと赤い帽子を被った彼女が、とても楽しそうに見えたので声を掛けてみたの。お2人はご兄妹?」
「さっき会ったばかりだ」
「まあ、さっき会ったばかりなのに、彼女と親しく遊んであげられるあなたは、とても優しく隣人愛に溢れた方なのね。」
サングレースは胸に手を当てて目を輝かせて俺を見る。そんな純粋な視線を向けないでくれ。逃げ出す時に良心が痛むじゃないか。
「ねえ、どのような遊びをなさっているの?」
「オオカミごっこらしい。さっき初めて知った」
「オオカミごっこ! それは素敵ね。私も混ぜてもらえないかしら」
勘弁してくれ。俺は子供の面倒を見る為に外に出た訳じゃない。引き籠って自堕落な生活を送る為の兵糧を蓄えに外に出たんだ。
俺はサングレースと名乗る少女を追い払うために、愛想笑いだけを浮かべて別の方向を向く。聞かなかった事にしよう。
だが俺の視線は逃げられなかった。そのすぐ先には赤い帽子の少女の顔があった。
「その子は誰? お兄ちゃんの知り合い?」
赤い帽子の少女の質問に、サングレースは「知り合いではありませんの」と言ってから両手を地面について前に進み、赤い帽子の少女と俺の間に体を割って入った。
「私の名前はサングレース。お2人が楽しそうなものだから、混ぜていただこうか思ったの。だめ、かしら?」
「そうねえ、どうしようかな」
赤い帽子の少女はサングレースの加入に悩んでいるようだ。そのまま断ってくれ。
いや待てよ。人が増えれば視線が分散されるから、逃げ出すチャンスが増えるのではないか。子供には子供をぶつけるのが一番だ。
「混ぜてやろうじゃないか。オオカミごっこは2人よりも3人の方が盛り上がるんじゃないか」
「お兄ちゃんがそう言うのなら、私は大丈夫だよ」
「まあ嬉しい。よろしくね。お2人のお名前を聞かせてもらってもいいかしら」
「俺は相山だ。それでこっちが……」
そう言えば名前を聞いていなかった。逃げる前提だったから聞くという発想にならなかった。
仕方が無いので赤い帽子の少女の方を見ると、少女は一瞬だけ唇を噛んでから口を開けた。
「私は【ペロー】。よろしく、サングレース」
「はい、よろしくお願いします。ペローさん。行きましょうか」
サングレースは嬉しそうにペローの手を取ると、机の下から出ていった。
「相山さん。オオカミの準備は出来ていて?」
結局、俺がオオカミをするのか。この遊びをしたいという気持ちは全く無いけど、男に二言は無い。1回ぐらいは付き合ってやる。
2人に背中を見せて、「初めてくれ」と言うと、ペローの楽しそうな声が聞こえてくる。
「オオカミさんはいますか? 何をしていますか?」
「目が覚めたところだ」
続いてサングレースの声がする。
「オオカミさん、何をしていらっしゃいますか?」
「朝食の用意をしている」
こうしたやり取りが数回繰り返された後、「馬にまたがって森を出る」と言って机の下から飛び出して、少女2人を追いかける。
さすがに全力を出すのは大人げないので、追いつくか逃げられるかのギリギリで走ってやると、少女2人は何が楽しいのか笑いながら逃げている。
そうこうしている間に、気が付いたらオオカミごっこも5回戦が開始されようとしている。
俺は何をしているんだ。隙を見て逃げるつもりだった筈だ。だが俺は再び机の下で少女2人の声を待っている。
純粋な気持ちで子供の遊びをしたのは何年ぶりだろうか。童心に帰るとはまさにこの事なのだろう。
日頃のストレスの一切を忘れて、よくわからない事に没頭する。これほどまでに力が抜けて、これほどまでに世俗から離れた気持ちになるのだろうか。
これは新たなる刺激への反応なのか、人は体を動かす事で活性化されていくのか。
ぐだぐだと今の状況に対する理由を考えたところで、答えはとても端的である。
とても楽しい。
俺は子供の遊びというものから遠ざかっていた。小さな子供だからこそ楽しく感じると思っていたからだ。
多くの娯楽に触れて沢山の刺激を浴びてきたから、子供の遊びから受ける刺激はあまりにも弱すぎるだろうと思い込んでいたけど、それは間違いだった。
高校生になってからの数カ月、俺よりもずっと大人であるクラスメイト達に囲まれて、俺は子供心を忘れていたのかもしれない。
今は夏休みだし、クラスメイトは誰もいない。
全てを棚上げして、存分に遊んでも良い筈だ。そうと決まれば遊んでやる。ペローもサングレースもどこか怪しさを感じるけど、考えなければ無いのも同然だ。
俺は決意を新たに、オオカミをしっかりと務めようと、机の下で目をつむる。オオカミさんいますかを? を早く俺に投げかけろ。
「委員長はこんなところで何をしているの?」
委員長という響きで咄嗟に振り返ると、そこにはクラスメイトの宇宙連盟政府諮問機関万物秩序委員会議長こと、【宇宙の管理人】である【タンラ・ピール】が俺を見下ろしていた。
「とても楽しそうだね。小さな女の子と遊ぶのが、委員長にとってそんなに楽しい事なんだね。一応言っておくけど、委員長が少女に手を出したら、地球の警察組織だけじゃなくて僕も動かなくちゃあならなくなるから、止めてね。
僕に君の腕を切り落とさせないでね」
タンラのまるで小学校の低学年と言われても納得してしまうほどに、幼い容姿で純朴そうな笑顔を振りまくけど、その実態は宇宙の組織の重役であり、振る舞いと言葉が度々怖い。
「勘違いをしているようだけど、俺は頼まれた方だ。タンラが想像しているよう事は無い」
「そうなんだ。でも僕の勘違いだったと言うのは難しいかな。だって委員長とはそう思えるだけの関係を築けていないからね」
タンラの言う通り、俺とタンラは殆ど接点が無いから話す機会は無かった。いや、そうではない。俺が避けていた部分があるから、意識的に話さなかった。
その理由は苦手意識があるからだ。
これはタンラにだけではなく、クラスメイトの数人にも同じ感情を持っている。
仕方が無いじゃないか。そもそも普通のクラスであったとしても、全員と仲良くする事は不可能なうえに、俺のクラスはあまりにも特殊過ぎる。
話し掛ける事すら怖い。
だけどこうして機会が生まれてしまったのなら、それに乗らざるを得ない。
「そう思うのならタンラもぜひ混ざってくれ。正直、1人で女の子2人を相手に出来るほど、俺は社交的じゃない。困っているから助けてくれ」
それにペローとサングレースが何か企んでいるのなら、タンラがいてくれるのはありがたい。
タンラがいれば俺への嫌疑が晴れるし、何かあった時にどうにかしてくれそうだ。まさに一石二鳥。
「困っている人を助けるのも僕のお仕事。このまま知らんぷりしてここから離れられないし、良いよ。付き合ってあげるね」
「それは助かるよ」
「ところで何をして遊んでいるのかな?」
「あなた様は相山さんのお知り合いですの?」
サングレースがタンラの肩の辺りから、ぴょこりと顔を覗かせた。その奥にはゆっくりとこちらに歩いてくるペローが見える。
2人を放置したままだった。
「知り合いみたいなものだ。こいつはタンラ・ピール。オオカミごっこに混ぜてくれないか?」
サングレースは「相山さんの知り合いなら大歓迎ですわ」と俺に対する謎の信頼を見せ、ペローは「まあ、良いよ」と少しだけ乗り気ではない風に頷いた。
こうして4人になったのだが、これだけでは終わらなかった。
サングレースがタンラにオオカミごっこの説明をしている最中、俺はベンチに座って3人の姿を眺めていると、強めに背中を叩かるのと同時に、女性の軽そうな声を掛けられた。
「ねえねえ、この子たちの兄貴? 遊んであげてるのチョーえらいじゃん。あたしの兄貴は放置よ放置。ひどくない?」
振り返るとそこにはギャルがいた。金髪にはウェーブがかかり、少し濃いめの口紅とつけまつげ。シャツは小さく腹が少し見えている。そして下着が見えるのではないかと思うほどに、短いズボンを履いている。
まごう事なきギャルだ。俺と住んでいる世界が違う人間だ。
よくわからない奴がまた増えた。本当に勘弁してくれ。
「あれ? なになに? チョー困った顔してんじゃん。あたしなんかまずった? あ! そっか。誰かわかんないもんね。あたしは【加藤 茜(かとう あかね)】。よろっくね。え? そうじゃない?」
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