3章 1話 一番太鼓

《夏休み直前》


 1学期の期末試験が先週一斉に返され、今週の殆どは試験の解説に費やされている。一度は解こうとした問題であるので、決して難しい授業ではない。


 それと少しばかりの2学期の前振りなんかを挟まれるが、2学期の俺がなんとかしてくれるだろうから、今は話半分睡眠半分で聞いている。


 こんな緩み切っているからこそ甚大なミスを犯してしまった。


 それはケイが休みである事を忘れていたことだ。ケイのUMA達と戦ってからというもの、授業のある日は毎日弁当を作ってくれている。


 とてもありがたい。それに美味しい。


 つまり俺は今、昼食が手元にないのだ。昼食抜きで午後を過ごすほど俺の胃袋は燃費良く出来ていないので、必然的に学食に行かざるを得ない。


 俺達1年6組が授業を受けているのは別館であり、食堂がある本館とはかなりの距離がある。


 こんな暑い中、わざわざ本館まで歩いていくのはとんでもなく面倒だ。

 

 行きたくないな。教室で涼んでいたいな。


 なんて愚痴を頭の中で繰り返しながらも、食堂上級者でありフューレと共に足は着々と本館に向かっている。


 もし教室が本館に移った場合に困るのは俺だ。クラスメイトの監視が大変だし、何よりも俺はどうやら本館の生徒達に好かれてはいないようなのだ。


 つい先日、クラス委員長会議に出席したところ、他のクラス委員長から明らかな敵意の目を向けられた。


 俺が何をしたっていうんだ。


「え! 委員長が好かれていない理由かい? 気のせいじゃないかな。きっと自意識過剰だよ。

 とは言え、僕はこちらの人たちとは交流がないから、本当のところは分からないけどね。何にしてもマイナス思考にならない方が良いよ」


「それもそうだけど、もし俺の感が当たっているのならどうしようかなってな」


「委員長は向こう側の人だから困るよね。そうだ! 卒業したら僕達のところに来ればいいよ。リアナさんなら快く引き受けてくれるんじゃないかな。僕もその方が嬉しいな」


「確かにその手はあるけどな……」


 フューレの案はとても魅力的だ。そもそもフューレ達の世界以外にも多くの世界があるから、リアナの世界でなくとも誰かのコネで誰かの世界に住まわせてもらう事は可能かもしれない。


 だけど自分の世界は大切にしたい。


 よくよく考えたら、他の世界と言っても俺はそこがどんな世界か知らない。異世界とか宇宙とかは別世界感があるけど、地球出身の人達はどんな世界なのだろう。

 幽霊や妖怪はまだしも、物語の世界は想像が出来ない。

 

 わけのわからない事を考えてもいても仕方がない。そもそも未だに出自を隠しているクラスメイトがいる中で、選択肢はあったものではない。


「考え事をするのは良いけれど、食堂に到着するよ。ほら、あそこだ」


 フューレが指差した方を見ると、校舎の端の1階に学生が密集している部屋がある。ガラス窓越しに見えるその光景の奥には、調理用白衣を着た妙齢の女性が料理を作っている。

 

 フューレに連れられて更に進み、裏口らしき1人が通れる程度の扉をくぐると、その壁際に券売機がずらっと並んでいる。


「ここで食券を購入して、その食券に会った列に並ぶんだ。難しい事では無いよ」


 外食ばかりの俺は食券システムに対しては自信がある。

 問題があるとすればメニューの多さだ。券売機には隙間なくメニューが並んでいるのだが、名前だけなので何を渡されるのかは現物が目の前に差し出されるまで待たなくてはならない。


 だけどここはあくまでも学校の食堂だ。ある程度は予想通りの物が出てくるだろう。学校の食堂は調理師の実験の場ではないのだから。


「悩んでも仕方がないな。まずいものは無いだろう」


 俺は覚悟を決めて財布を取り出す。


「そこにいるのは委員長かい? これは奇遇だねえ。まったく奇遇だ。運があたしに向いてきたっつう訳かい」


 この聞いた覚えのある声と口調が聞こえる方を見ると、クラスメイトの【品川】がこちらに向かって歩いて来ていた。品川は出自がわかっていないクラスメイトの1人だ。


 あまり話した事はないけど、とても陽気な性格だ。という事しか知らない。びっくりするぐらい接点がない。


 そんな顔見知り程度の関係しか構築できていない品川に話し掛けられて、内心ではかなり驚いている。

 でもこれは品川を知るチャンスかもしれない。


「何かあったのか?」


 出来うる限り最高に自然な振る舞いで返すと、品川は券売機を軽く叩いて小気味いい音を出した。


「よくぞ聞いてくれました。詳しく話すと長くなるから割愛して結論だけを述べようか。

 つまるところ少々銭を切らせていてねえ、おにぎりの1個も買えやしねえ。少しばかり用立ててくれねえかってえ話だ。量が必要な訳じゃねえ。500円、そう500円ほど貸してほしいのよ」


「500円ぐらい大丈夫だ。はい」


 財布から取り出した500円玉を差し出すと、品川は少し眉をひそめた。


「いや済まねえ。別に委員長の500円が気に食わねえっつう訳じゃあねえ。

 あたしは昔から銭勘定の部分が雑に出来ているのよ。だから本当に自分か銭を返すのか、それが気掛かりでいけねえ。

 そうだ! 良い事を思いついた。あたしの話を聞いてくれねえか。判断はそれからで構わねえ」


「聞かないって事は無いよ。それよりも面倒だから500円やるよ」


「そうはあたしの気が済まねえ。対等の一歩は金銭での優越が無い事から始まる。もしここで500円を委員長から貰ったら、あたしはその500円を背負わなくちゃあならない」


「オーバーだな。分かったよ。品川の話を聞いてから判断する。これでいいか?」


「ありがてぇ。ではあたしから提案がある。

 あたし、銭は無いけどくじを持っている。ここに取り出したるは商店街で貰った番号式の福引券。1等はなんと米俵、他にも数々の景品が存在する。

 結果はここに書いてある数字と、発表された数字が近ければそれだけ良い品になる。それと更に抽選日は今日だから都合がいい。

 委員長に提案だ。この福引券を500円で買ってくれねえか。もしかすると化けるかもしれねえ」


 品川が差し出した紙には福引券という文字と、『1159851』という数字と、俺の帰り道の近くにある商店街の名前が書かれている。普段はその商店街を通らないので、このような催し物があるとは知らなかった。


 そうか、1等が米俵か……。米があっても朝食はパンで、夕食は外食が弁当なんだよな。

 でもあれば損をする事はない。


 ケイには昼食の件でお世話になっているし、何等が当たったとしてもくだらない景品じゃない限りはケイに渡すか。


「悩むのも無理はねえ。米俵を貰っても扱いに困るってもんだ。米の1粒は小さいけど、それが米俵となれば邪魔だろう。あたしが半分貰っても構わねえ。どうだい?」


 おかしな勘違いをしているし、中々に図々しいな。

 面倒だから、まあそれでいいか。外れたとしても500円で品川と接点が出来たと思えば安いだろう。


「それでいいよ。500円でその福引券を買うよ」


「さすがは委員長だ。話が分かるねえ。それとありがとう。これで午後から飢えなく済むってもんだ。よし交渉成立だ」


 俺と品川は、500円と福引券を交換した。


「それとフューレも、せっかくの水入らずに油のあたしが混ざって済まないねえ」


「そんな事はないよ。どうかな? 僕たちとお昼でも」


「その申し出を受けたいところだが、これより先はお天道様も呆れるってもんだ。あたしはこれでおさらばするのがお似合いだ。

 あたしは売店に行くとする。では午後の授業で再開しよう」


 品川は再び券売機で小気味いい音を出すと、翻って歩いて行ってしまった。昼食を共に過ごせたら色々と聞けたんだけど、行ってしまったものは仕方がない。

 次に機会に抽選結果を知らせる体で話し掛ければいい。


「じゃあ僕達は僕達で昼食を取るとしようか」


「そうだな」


 この後はスムーズにA定食の食券を買って、フューレと2人で昼食を済ませた。ちなみにA定食は親子丼に味噌汁と牡丹餅の定食で、予想していたとは言い難いものが出て来た。

 

 そして放課後になった。俺は当選した時の為に鞄を教室に置いて、抽選結果発表会場に向かった。

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