3章 2話 お囃子
福引発表会場は商店街と面した公園で行われる。公園と言ってもベンチぐらいしか無いので、老人が話し相手を求めて集まってくる程度のものだ。
俺は何かが当たった時の為に、鞄を教室のロッカーに隠してから公園に向かった。もし重たい物が当たった場合には直接家へ帰る。
学校に鞄が残っていれば、俺がまだ学校に残っていると守衛の人が勘違いをしたら申し訳ない。だから隠した。
そして手ぶらで学校を出て、公園には到着した頃には人だかりが出来ていた。皆の視線の先には、横幅2メートルほどの木の板が置かれている。
どうやらあの板に結果が張り出されるようだ。
つまりはまだ発表されていない。
立って待つのは疲れるから、もう少し遅く来たら良かったとため息をつくと、肩を叩かれた。その手を追っていくと、欠片も身に覚えの無い男性が俺を見ている。
「おい兄ちゃん。兄ちゃんも発表待ちか? 楽しみだなあ」
「そうですね」
急になんだよ。怖いんだけど。
「兄ちゃんは1等当たったらどうするよ」
「炊いて食べますけど」
本当はケイと品川に渡すのだけど、それを知らない人に教える必要は無い。
「そうだよな。じゃあ何と食べるんだ? 米だけで米は食べられないだろ」
「そうですね。カレーでも食べますかね」
「それも良いねえ。だがカレーなら米の味が薄くなる。最初の1杯は米が引き立つ物が望ましいってもんよ。海苔なんてどうだい?」
「いいんじゃないですか。それで」
何でもいいよ。好きにしてくれ。
これが過ごしやすい気温の中なら、話に付き合っても良いけど今は夏だ。暑くてそれどころじゃない。早く帰りたい。
「そうだよな。米には何にでも合うものな。これは1本とられたな。ガハハ」
大口を開けて笑った男性は、俺の背中を何度も叩いてくる。かなり痛い。
早く発表してくれ。限界だ。
その後も知らない男性から米について聞かされること5分、発表会場に動きがあった。前列が騒ぎ始めたのだ。
その騒いでいる人の先を見ると、1人の男性が木の板の方へ歩いている。少し背伸びをして見ると、その男性は2つ折りの大きな紙を持っている。
男性は掲示板の前に立ち、紙をそこに当てて、左端に画びょうを2つ刺してから、俺たちの方に振り向いてから一礼をして口を開けた。
「長らくお待たせいたしました。商店街恒例の福引大会。結果を発表します。こちらをご覧ください!」
2つ折りだった紙が開かれた。そこには各等級と各当選番号がズラリと並んでいる。俺も周りの人と同じように福引券を取り出して、当選番号が書かれた紙と並行に並べる。
俺の数字は『1159851』だ。
それを探すために1等から確認をしていくと、ものの5秒で見つけられた。
1等の当籤番号が『1159851』!
まさかの1等当選だ! だけどあまりうれしくない……。
先程まで話をしていた男性を見ると、悔しそうに歯を食いしばっていた。
「くそう。3等の商品券1万円だ」
俺としてはそっちの方がいいんだけどな。だけど交換をするわけにはいかない。この福引券は品川から貰ったものだ。数字を控えられていたら困る。
「兄ちゃんは何が当たったんだ。えっと、1159……、って! い、い、いい、1等当たっているじゃあねえか。こりゃあめでてえなあ。おめでとう。今日は赤飯か!」
男性はまるで自分の事のように、破顔させて喜んでいる。
もち米じゃないから赤飯は無理だけど、まあいいか。
「おい、1等の当選者はここだぞ」
男性は当選番号を発表した主催者側らしき男性に向けて叫ぶ。
止めてくれ。恥ずかしい。
その声に気が付いた主催者側らしき男が近づいてきた。
その後、番号の確認が行われて無事に米1俵を手に入れてしまった。
問題はここからである。なんと1俵60キログラム。俺の体重に勝っている。1人で持ち帰れる訳もなく、仕方が無いので台車を借りることにした。
それでもつらい。僅かばかりの坂道でも、登山で9合目の時のように足が動かない。
当選するのがわかっていたら、俺1人では来なかった。
ケイは今日休みなので取りに来いとは言えないし、他に誰か……。そもそも品川が半分よこせと言っていた。それなら半分この場で持って帰れ。
そう思って電話してみるが、
『それは嬉しい事だねえ。だがすまねえ委員長。あたしがそこに行く事は出来ねえのよ。こちらも立て込んでいてねえ。
その件の心配はいらねえ。こっちで何とかするからよう。重ねてすまねえが、明日以降にしてもらえるとありがたい』
「まあ、いいけど」
『感謝しても、しきれねえ。それじゃあな』
品川に電話を切られてしまった。つまり俺は1人でこの米を運ばなくてはならなくなった。地獄だ。暑い……。
予定通り、直接家に帰るしかない。
すっかり忘れていたけど、科学の宿題も学校に置いてきた。寄っていく余裕はない。科学の教師はねちっこいから嫌なんだけど、背に腹は代えられない。
明日の朝、学校が突然の休校にならないかな。
汗が吹き出し、喉が渇く。どこかで休みたい。
足を止めて前を見ると、道の先に真っ赤な自動販売機があり、その背後には屋根付きのベンチと大きなため池がある。
台車を押す手と地面を踏む足に力が入る。神は俺を見放さなかった!
自動販売機の前に立つとズラッと並ぶ『冷たい』の文字に、俺は踊り出しそうだ。震える手で200円を入れた。
ここでジュースを頼んでしまっては残りの道で、喉が渇いて暑いのに口の中はフルーティーという更なる地獄となる。
冷静にペットボトルの冷たいお茶を押して、落ちてきたペットボトルを掴むと、屋根付きのベンチに座った。
日光が当たらず涼しい風が吹き抜ける。手には冷たいお茶がある。
完璧だ!
一面に広がる池の向こう側に立つ高層マンションというのも、風景としては合格点をぎりぎりで突破している。
ぼんやりと喉を潤しながら風景を見ていると、ため池で釣りをしている男性がいる。
ここで何が釣れるのだろうか。そう思って男性に近づいて、足元のクーラーボックスの中を覗き込むが、そこには何も入っていない。
何が釣れるのか聞いてみるか。
声を掛けようと釣り人を見ると、急に竿を強く握った。糸がピンと張っている。当たりか? こんなタイミングでここに来るとは運がいい。
釣り人が「キタキタキタ!」と言いながら釣りざおを勢いよく引くと、水面から飛び出した白く丸いそれは宙を舞った。ボールが何かだろうと見ていると、丸い物は向きを変えた事で、2つの窪みと目が合った。
まさに目があったと表現が相応しい。何故ならそれは頭蓋骨だったからだ。
「ぎゃあああああああああ!!」
男性は叫ぶと釣りざおを捨てた。そして糸に引っ張られた頭蓋骨は真っ直ぐに俺の足元に落ちてきたので、咄嗟に2歩後ろに下がる。
それは自然と出た行動だったので、持っていたペットボトルを少し傾けてしまい、お茶を頭蓋骨に掛けてしまった。
しまったな。申し訳ない事をした。
俺は膝を地面につけると頭蓋骨に向かって手を合わせる。
「お茶を掛けてしまい、すみません」
それにしてもこんなため池で誰にも発見されず可哀そうだ。俺は気休め程度に、薄っすらと憶えていた般若心経の最初の数行を読んでから頭を下げた。
振り返ると、釣り人は既にいなくなっていた。
何故俺が驚いていないのか。それは阿字ヶ峰で見慣れているからだ。阿字ヶ峰の仲間は頭蓋骨よりも数倍恐怖を駆り立てる姿をしていた。
ただの頭蓋骨に恐怖は無い。
人体について詳しくは無いけれど、おそらく目の前の頭蓋骨は人骨だ。博物館でこれと同じものを見た。
ならば事件である。つまり警察の仕事だ。
俺は知り合いで【公安警察】の【榊】さんに連絡をすると、自分の管轄ではないと言いながらも10分程で数台のパトカーと、数十人の警察官らしき人たちを引き連れてやって来た。
榊さんは到着してすぐにその週十人に指示を飛ばすと、帽子を被りなおしてから俺のもとへ歩いてくる。
その間に数人が野次馬の対処をして、数人がため池の中に躊躇なく入り、1人は頭蓋骨を調べ始めた。
「これは君のクラスメイトに関係する事かな?」
「何もわからないから、専門家である榊さんに連絡を入れたのです」
「もしこの件がクラスメイトに関係する事なのだとしたら、君が守っているクラスメイトの探る切っ掛けになるけど良いのかな?」
「確かにそうですね。榊さんに大義名分を与えてしまうかもしれません。まあ、その時はその時です。いつかと思っていた事が、今日だったに過ぎません」
「その思い切りの良さが相山君の良いところだ。では私の仕事をしよう。相山君には事情聴取を受けてもらう。断らない方が身のためだよ」
「ここからパトカーで警察署まで行くのですよね?」
「そうなるね」
「ではこちらからのお願いなのですが、一旦学校まで送ってもらえますか?」
「いいだろう。許可しよう」
「では次に取り調べの帰りも送ってもらえるのでしょうか」
「そうだね。送らせるよ」
よっしゃー!
これで俺が米を運ぶ必要がなくなった。
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