2.5章 8話 次への準備

 聡がホットドッグで赤い龍を作り上げると、ミリアナさんは食べるのを止めた。聡は手をおしぼりで綺麗に拭くと立ち上がって、ミリアナさんに手を差し伸べた。


 そしてミリアナさんはその手を握った。


 2人の握手によってフードバトル会場は更に大きな歓声に包まれた。実況の古宮と解説の天坂まで拍手を送っている。


 まったく付いていけてないんだけど。天坂で良いから説明してくれ。


 そう思いながらもわかっている風に頷いていると、聡の口からこの戦いの結果が告げられる。


「僕の負けだ。清白クイーン、君には感服されられた」


「まだ残り時間があります。負けを認めても良いのですか?」


「そのアンサーはテーブルの上にあるよ」


 聡の机の上には8本のナイフの他に、僅かに飛び散ったケチャップの後と、玉ねぎの欠片が転がっている。一方のミリアナの机の上はソースの一滴も、玉ねぎの一欠けらでさえ落ちてはいない。

先程掃除したと言われても納得が出来るほどだ。


「たとえウィナーになったとしても、自分の美学が勝ちを誇れない。

僕には僕のプライドがある。このままテーブルを汚しながらチャレンジは、僕のプライドが決して許してくれない。

普段はこのようなことはナッシングだけど、君があまりにもビューティフルにイートするものだから、視界がスモールになっていた。

こうなるまで気が付かないとは、僕もまだレッスンが必要だね。それにきっと君はまだフルパワーではない。僕では君を倒せない」


「あなたがそう言うのなら、この戦いの勝利をいただきます」


「フードバトル美学には、まだ先があると知った。勉強させてもらったよ」


 その時、フードバトル開始から30分が経過した事を知らせるベルの音が鳴った。


「フードバトル終了だ! 結果は勿論、清白クイーンの勝利だあああぁぁあ! 観客の皆様、勝者の清白クイーンと、見事な技を見せてくれた星洞町の8本ナイフ 聡の雄姿に、美しさに万雷の拍手を!」


 こうしてミリアナさんはフードバトル四天王の2人目に勝利した。


 古宮の煽りに呼応して観客は一様に素直な笑顔で拍手を送る中、観客の隙間に唯一暗い表情で乾いた地面を眺める男性が見えた。


 その男性は中途半端に長い髪の毛のうえに猫背なので、中途半端に顔を隠している。今にも自殺でもしそうな雰囲気が一層、観客の中で存在をいびつに浮かび上がらせている。

 

 何かしでかすんじゃないだろうな。


 俺が警戒心を抱きながらその男性を横目で見ていると、ミリアナと握手をしている聡が小さく笑った。


「なるほど。クイーンとセコンドの役割を理解したよ。彼はナウでは無く、フューチャーを見ているようだ。良いセコンドを持っているね」


 知らない間に聡の中で俺の評価が上がったようだ。


 その聡が怪しい男性の方を見ると手を上げる。


「ネクストは君の番だ、敬!」


 聡がその名を呼ぶと、観客の歓声がざわつきに変わる。そして怪しい男性が口をゆがめてため息をついてから、俺たちのもとへ歩いてきた。

 その男性は話す事すらもやる気が無いようで、抑揚が無く淡々と言葉を発する。


「電車で3時間。こんな場所に呼び出されたと思ったら、人混みの中でフードバトルを見させられる。ため息しか出ない」


「だけど良いものを見られた。ソーリー、クイーン。紹介をしていなかった。彼はフードバトル四天王の1人で、その名を【アッパー敬】。クイーンのネクストチャレンジの相手だ」


「俺はまだ戦うと言ってないんだけど。めんどくさいんだけど。えっとクイーンさんはどうなの? 俺と戦いたいの?」


「やる気のある人となら、戦わせていただきたいと思っております。負けた時に面倒だったからと言い訳されると憐れに思えて、その必死さを見ると申し訳ない気持ちになりますから」


「はぁ、めんどくせえ。こんなに見られている場所で、じゃあ俺は帰ると言えるわけがないだろ。だけどな、そこまで俺を挑発するのなら覚悟は出来てるんだろうな」


「はい。あなたが時間やルールをお決めください。私はそれに従います」


「じゃあ今日の夜の7時からだ。俺にも予定があるから今日しか時間が空いていない。今から7時、コンディションは整えられるだろ」


「はい。構いません」


「言い淀まないな。わかった。では今日の夜7時から、食材はわんこそば。早食い300杯。場所は【そば処花香亭】だ。おい、お前たちも聞いたよな。来たければ勝手に来い」


 アッパー敬は観客を見ながらそう言うと、次のフードバトル開催を称える歓声の中を突き進んでいき、姿が見えなくなった。


その背中を見送った聡も「ネクストチャレンジへのお膳立てはこれでいいだろう。では僕もウォッチしに行くから、ハッピーにさせてくれ」と言って去っていく。

 

 ミリアナさんが観客を見ながら「今日はお越しいただきありがとうございます」と一礼すると、公園を覆いつくすほどの拍手が巻き起こった。ミリアナさんは笑みを称えながら観客に向かって手を振った。

 

―――――――――――――――


 フードバトル第2試合を終えたミリアナさんがどこかで休憩したいというので、多田篠公園から近い俺の家に招待した。


 既に外は完全なる夏だから、クーラーを付けた部屋の中はとてつもなく居心地が良い。ずっと外に出たくない。ミリアナさんが承諾してくれて助かった。


 顔には出さなかったつもりだけど、多田篠公園はとてつもなく暑かった。ちゃぶ台を挟んで向こう側に座るミリアナさんに感謝するしかない。


 そう言えば、俺はこの町に来てから色々な人を家に招いたけど、クラスメイトは1人として家に入れていない。


 クラスメイトと仲良くならないとな。

 今度フューレも誘ってみるか。

 

 未来を夢想するよりも、今はミリアナさんだ。こんな機会は滅多にないだろうから、聞きたい事は聞いておかないと。

 

 俺は麦茶をミリアナさんに差し出すと、ミリアナさんは「ありがとうございます」言いながら恭しく頭を下げた。


「リアナとは長い付き合いなのか?」


「はい。もう10年以上になります」


「昔からリアナは気の強い性格だったのか?」


「今と変わらず勝気ではありました。それはリアナ様のお姉様の存在が大きいのです。お体が悪いお姉様に変わって、リアナ様が威厳を見せる必要がありましたから」


「そっちの世界の事は良く知らないけど、ジアッゾの体が実現する世界なのだとしたら、リアナの姉はどうにかならないのか?」


「文化が、道徳が違いますから。それに、私達の星系は警戒心により安定している、いびつな世界ですから」


「俺が思っているよりもずっと、全員の仲が悪いという事か」


「はい。リアナ様とジアッゾ様、そしてフューレ様の3人が協力関係である今は、歴史的な出来事なのです。

 だからこそ、それを実現して3人の中心に立つ相山様は尊敬に値する人物なのです」


 知らない間に俺の評価がとんでもない事になっている。押し付けられた委員長という役割を、ふんわりとしているだけなんだけどな。


「俺はクラス委員長として、クラスメイトのいざこざを何とかしようとしているだけ。尊敬されても期待に沿えないよ」


「そうかもしれません。しかしリアナ様が慕っているのは相山様なのです」


「初耳なんだけど」


「はい。リアナ様から硬く口止めされていますから」


「じゃあ言ったらだめだろ」


「問題ありません。相山様が言わなければリアナ様には知られませんから。

 言いませんよね? フフフ、そのような困った顔をしないで下さい。それに相山様はリアナ様から信頼を置かれている事には気が付いていらっしゃるでしょ?」


「少しだけ。そうじゃないと侍女のミリアナさんを俺に預けたりはしないだろう」


「はい。ですから私から一言だけ、リアナ様の信頼を踏みにじる行為は避けた方が賢明です。リアナ様は本国にファンが多いので」


「それは怖い。ミリアナさんが心配するような事が起きないように努力はするよ。もし難しそうだったらミリアナさんに救援信号を送るから、助けてもらえるとありがたい」


「私で良ければ喜んで協力させていただきます」


 言質は取ったぞ。クラスメイトの問題は俺1人で何とかなる訳がないし、無理に頑張るほどのプライドは無い。出来る人に丸投げするための要因が1人増えた。

儲けた。


「その時は頼んだ。それとずっと思っているんだけど、ミリアナさんがフードバトルに出る事で、リアナよりも目立つのは大丈夫なのか?」


「そうですね……。実を言うと私はまだフードバトルへの参加に対して疑問を持っています。それは彼らのエンターテイメントに加わる事は、この世界の一員になる事でもあるからです。

 私の世界、第3太陽系に住む者達は誰もがこの世界との関りを最小限に抑える事で、世界全体の一員になる事を避けています。

 私がその努力と忍耐力を飛び越えて良いものなのでしょうか」


 思っていたよりも深刻な話を返された。俺は単純に主人よりも目立っても良いのかと聞きたかったんだけどな。

まあ、いいか。


「ミリアナはどうなんだ? リアナを抜きにして、出たいと思っているのか?」


「私は……、出たいと思っています。

 多く食べる事が競技になる。これほど平和的で面白い事は無いですし、私の特技を生かせます。

 侍女としてあるまじき考えなのですが、私は誰かと本気で戦って自分の限界を超える事に、高揚感を得ています。

 出来る事なら私は戦い続けたいと思っています」


「そうか。だったら俺は続けるべきだと思う。もしやりすぎてリアナに怒られたら、俺も一緒に謝りに行く。

だから次の試合もその次も、行けるところまで行こうじゃないか」


「ありがとうございます。言質、取りましたからね」


 やり返されてしまった。だけどミリアナさんが楽しいのなら悪くは無い。

俺は知り合いが不幸になるのを見たくない。それはリアナもミリアナさんも同じだ。


「この後、セコンドとして少し付き合ってほしいのですが」


「勿論だ」


「ありがとうございます。私の体質では食べた物を消化するのに最適な方法は、適度な運動です。どうぞお付き合い下さい」


「も、勿論だ」


 言った物の、暑いから外に出たくない。

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