1.5章 8話 到着! 決着は病院で

 赤い犬だけで手いっぱいなのに、次は惨殺されたかのような見た目の半透明の人間が現れた。次から次へと厄介が増えていく。

 

「みんな気を付けろ。何者かが俺達を見ている」


 依然として手招きを続ける半透明の人間を指差すと、恐る恐る顔を上げた明美さんが、か細い今にも風に打ち消されそうな声を出す。


「終わりだぁ。次は幽霊なんて。ごめんなさい」


 明美さんはガタガタを震えながら鼻をすすっている。

 

 ん? 今何と言った?


「幽霊?」


 赤い犬に引っ張られて何か恐ろしい怪奇現象が起こったと考えてしまったけど、言われてみれば半透明の人間は幽霊の特徴である。


 とはいえ幽霊を見た場合、本来であれば明美さんの反応が正しいし、数カ月前の俺ならば全速力で逃げ出すほどに恐怖の象徴でもあった。

 だけど今の俺には経験がある。


「幽霊だったら詳しい人がいる。聞いてみるからその間、俺を守ってくれ」


「絶対に、守って見せる」とサマンサが杖を構え、「そうか、君には彼女がいたか」と榊さんが俺に後ろについた。


「明美さん、警棒を貸しますのでお願いします」


「ええ!! 私が!」


 俺が差し出した警棒を、明美さんは片目を閉じながら人差し指で一度触ってから受け取った。その行動に意味があるのかわからないけど、受け取った明美さんは頷いて何かに納得しているようなので良しとしよう。


「わかった。私も震えているだけじゃないんだから」


 俺は携帯電話をポケットから取り出して、クラスメイトで【呪いの人形】の【阿字ヶ峰】に電話を掛けた。


『こちら阿字ヶ峰じゃ。どうした委員長。歴史でも教えて欲しいのか。ふひひ』


「それは今度お願いするよ。それよりも幽霊について教えてくれ」


『お主はよっぽど騒動が好きなようじゃな。何じゃ、話してみい』


「右肩から脇にかけて切られたようにぱっくりと裂けている男の幽霊だ。長いガウンジャケットを着ている。その幽霊が手招きをしている。その理由を知りたい」


『そいつには心当たりがある。ちょっと待っておれ。以前に比べて情報共有方法を強化したから、すぐに聞いてやれる。水引対策じゃ』


 こうして阿字ヶ峰に質問をしている間にも、俺の周りではサマンサが小動物を召喚するメルヘンな魔法で赤い犬を追い払い、榊さんが赤い犬の頭を拳銃で撃ち殺し、明美さんはがむしゃらに警棒を振っている。


 電話の向こうでは、阿字ヶ峰が『ほう』とか『そうなのか』とかぼそぼそと何かを言っている。その間、目の前にいる幽霊は手招きを止めて顔を上げて空を見ている。


『事情は理解した。委員長は異界の者に追われているようじゃな』


「そうだ」


『委員長の前におる幽霊は、委員長を助けようとしているそうじゃ』


「俺を助けるだって!」


『そうじゃ。どうも委員長とワシが懇意の仲であると、言いふらしている者がおるようじゃ。

 委員長の目の前にいる者もそれを聞いた1人で、偶然この時間に散歩をしていたら委員長の危機を見たから助けようとしているという事じゃ』


「そうか。俺は運が良かったのか」


『そうじゃな。幽霊は夜行性で、生きた人間に見つからないよう行動する習慣がある。つまりは偶然じゃ』


「それじゃあ、その偶然に甘えさせてもらうよ。どこに行けばいい?」


『【神結医療センター】じゃ。とにかくそこに行け。あとは案内がある』


 神結医療センターといえば、ゴールデンウィーク中にキャバクラ嬢のお見舞いに行ったとんでもなく大きな病院だ。幽霊の意図は不明だけど、少しでも光明があるのなら乗らない手は無い。


「ありがとう」


 電話を切ると榊さんを見る。


「榊さん、神結医療センターです。今から向かいますので連絡をお願いします。危険があるとも言っておいてください」


「了解だ。あの施設ならこちらも交渉が容易だ」


 榊さんは胸元に手を当てる。


「こちら榊だ。神結医療センターに向かう。急病患者以外は誰1人として外に出すなと伝えろ。権力の行使を許可する」


 どうやら榊さんは携帯電話を使わなくても連絡を取れる手段があるようだ。それならば初めからその手段を使えば良いと思うのだが、榊さんにも理由があるのだろう。

 理由は落ち着いたら聞けば良い。

 

 今はそれよりもする事がある。


「明美さん、ありがとう。後は俺がやります」


 明美さんに向かって手を差し出すと、「あ、うん」と言って不安そうな表情で手を重ねて握って来る。


「えっと、警棒です」


「あ! そうだよね。ごめん」


 明美さんから暖かい警棒を受け取ると前を見る。俺達を助けようとしている幽霊が、手招きを再開していた。


 俺は全員の無事を確かめる為、首を横に振るとマージエリ夫人が口を開く。


「どうやら相山君の言う事は正しかったよう。赤い犬は1匹たりとも私に手を伸ばさなかったわ」


「それは良かったです」


「私もあの娘みたいに【後代亜生物】を操れたらいいのだけど」


 後代亜生物とはケイが俺達と戦った時に操っていたUMAの事だ。確かにケイのようにUMAを操れるのなら心強い。だがそれは危険でもある。


「そうとも限りません。赤い犬はその後代亜生物を連れて行ってしまうかもしれません。

 赤い犬の目的がわからない以上は、迂闊に戦力を渡せません。それに出来ない事を悔やんでも仕方がありません。そうじゃないと俺は悔やみ続ける3年間になります」


「ふふ、そうね」


「では神結医療センターに向かいましょう」


 俺たちは幽霊の導きを信じて神結医療センターに向かう。次から次へと赤い犬が出現するが、そのことごとくを葬っていく。


 そして時間と共に赤い犬の出現頻度が上がっていき、幽霊の数も増えていく。不気味な赤い犬に襲われて、陽気な幽霊に見守られる。


 ただの地獄絵図だ。今が夜中で無くて良かった。もし夜中ならこの光景に恐怖や畏怖が追加されて、思い出すたびに眠れぬ日を過ごしていただろう。


 それと一般人を巻き込むのではないかと心配していたのだが、まったくと言っていい程に出会わなかった。


 どうやら榊さんが手をまわして人の往来を一時的に止めていたようだ。それでも偶然に俺達と神結医療センターの線上に紛れ込んでしまった人はいた。そんな人は幽霊に気絶させられていた。


 幽霊が親指を立ててアピールしてくるが、会釈だけをして通り過ぎる。幽霊達が人を気絶させるたびに榊さんの表情が険しくなっているとわかっているのだろうか。


 赤い犬に警棒で電撃を浴びせて道の先を見ると、神結医療センターが見えている。遂に目的地に到着だ。


 俺たちが全力で神結医療センターに走って行くと、センター内に足を踏み入れてすぐに白衣に身を包み眼鏡を掛けた小太りで白髪の男性が立ち塞がった。


「ようこそお越しくださいました、神結医療センターの【院長】をしております【高梨(たかなし)】という者です。公安警察の方が本日はどのようなご用件でしょうか。そのようなコスプレイヤーの方と、若者を連れて」


 高梨と名乗った男の目は、敵を前にした時の榊さんと同じ目をしている。つまり何をしに来やがったと言いたげだ。


「連絡を差し上げた筈ですが」


「はい、連絡を頂きました。国家権力ともあろうお方が、あのような馬鹿げた嘘をつかれるとは。都市伝説などあるわけない」


「馬鹿というのは、真実を知らずに自身で作り上げた常識に囚われる者の事ですよ。これからもそう生きたいのなら、目と耳をふさいでここを通せ」


「この場所は、患者は、職員は私が守ります。あなた方の馬鹿げた企みに巻き込まないでいただきたい」


 どうやら高梨さんはこの医療センターを守るという正義感はあるようだ。性格の悪い人ではないのだろうが、榊さんとの相性は悪いようだ。


 医療センターの建物を見ると、どの窓もカーテンが閉められているので、完全に否定する気は無いのだろう。それでも急な話に腹を立てているのだろう。


「話にならない。それならばあなたの目で直接見ればいい。サマンサさん次の赤い犬はお願いします」


「わかった」


 サマンサが杖を縦に1回転させて地面に先端を当てる。その先から光の波紋が地面を伝った。


「そこ!」


 サマンサが杖を振ると、高梨さんの横に突然出現した赤い犬に向かって、可愛らしくデフォルメ化された鳥が数羽飛んでいく。

 高梨さんはサマンサの魔法に腰を抜かし、横に立っていた赤い犬を見ておかしな声を上げて地面を這った。


 サマンサの鳥は赤い犬に突撃し体を貫く。赤い犬は紫色の液体を噴射させながら消えていった。サマンサの鳥も空の光の中で消えた。


 榊さんは高梨さんの手を引き上げて立たせる。


「不安なら付いて来なさい。この世界の真実の姿が見られる」


 高梨さんは顔を引きつらせていた。

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