1.5章 9話 恐怖! 増える赤い犬

 神結医療センターの院長である高梨さんもパーティーに加わった。


 どうしてこうなった?


 高梨さんは逃げればいいのに、榊さんに付いて来いと言われたものだから、自分のプライドとこの場所を守る為と言って付いて来た。


 それならば俺の背中に隠れるのは止めてもらいたい。


 歪な笑顔で手を振っている半透明の幽霊を、高梨さんは指差して震えた声で言う。


「君! あ、あ、あれは何だね」


「あれは知り合いの呪いの人形の知り合いです。俺たちを助けようとしてくれています」


「知り合いの呪いの人形だと! ど、どういう事かね。説明をしなさい」


「高梨さんにも色々な職業の知り合いがいるでしょ。同じですよ」


「同じでは無いだろう!」


 めんどくさいな。


 今は説明をしている余裕はない。赤い犬を対処しないといけないんだ。榊さんも知らないふりをして、俺に擦り付けようとしているし。


「榊君! 説明したまえ」


 おい榊さん、聞かれているぞ。そっちで答えろ。


「この部隊の隊長は相山君ですので、彼に聞いてください」


 てめえ。


「どうなんだね。相山君」


「えっと高梨さん。あなたは手術中に逐一聞かれたらどう思いますか」


「勉強をやり直してから、この場に立てと思うね。患者の生死が掛かっているのだ。一刻一秒を争う」


「俺は今そう思っています」


「う、すまない」


 反省をして黙ってくれるのはありがたいのだけど、俺の背中からは離れてくれないようだ。左には明美さんが、背後には高梨さんが俺を盾にしている。


 どんな状態だよ。たぶん俺が一番年下なんだけど。


 愚痴っていても仕方が無い。今は幽霊の導きを信じる。


 寄ってくる赤い犬を倒しながら、センター内を歩いていると、その広さに驚かされる。


 どこまで進んでもまだ神結医療センターの敷地内だ。


「高梨さん、今病院のどこの辺りですか?」


「丁度中央ぐらいだ。ほら、あそこに見える建物があるだろ。5階建ての。あれは1階に洗濯場や簡単な事務所があり、2階以降は倉庫となっているのだが、あの建物が神結医療センターの中心だ」


「そうですか。どうやら幽霊はその建物の1階に連れていきたいようですよ」


「なんだと!」


 幽霊はその建物の1階にある、工場で使われているような大きな鉄製の扉の前で手招きをしている。


「あそこは……、やはりあの話は本当に」


「どうしましたか?」


「な、何でもない。とにかくあそこに行け」


 高圧的な態度が少しイラっとする。

 今自分の情けない姿を考えた方が良いぞ。腰が引けて、孫ぐらいの何の能力も無い高校生の背後に隠れている自分を。

 

 赤い犬は止まる事無く湧いてくる。


 そんな赤い犬を追い払って、鉄製の扉に手を掛ける。


 見た目に反してその扉は簡単に開き、金属が擦れる不愉快な音は無い。清掃が行き届いているのだろう。


 扉を開けると清涼感のある匂いが溢れて来る。これは洗剤の匂いだ。


 高梨さんは1階に洗濯場があると言っていたけど、ここがその場所であるようだ。中に入るとそれが明確になり、薄暗い部屋の隅に数十台の洗濯機が並んでいた。


 そんな部屋の中に待ち構えていた赤い犬を、榊さんが仕留めると全員がそこに入り、部屋の中心付近で集まる。


「電気を点けるスイッチはどこですか」


「あそこだ」


 高梨さんが指差した先は扉の脇だ。暗いので見えにくいけど、確かにスイッチらしき物がある。


「高梨さん、お願いします」


「なに! 私が押しに行くのかね」


 こいつ、何もしないつもりだな。動かないのなら仕方が無い。


「サマンサ、魔法でスイッチを押せるか?」


「任せて」


 サマンサが杖を振ると、デフォルメ化されたペリカンのような生物が現れて走り出した。

 そのペリカンは扉の脇まで行くと、大きなくちばしでスイッチを押した。


 突然明るくなる部屋の中、気味の悪い笑顔の赤い犬! 


 目の前に当たり前のように立っている赤い犬は俺を掴もうと腕を上げるようとしている。


 俺は警棒を顔面に叩きつけてボタンを押し、赤い犬に電撃をおみまいする。

 衝撃で2歩下がった赤い犬の手が、俺の前を止まった。真っ赤な手の指がミミズのようにぐにょぐにょと動き、それが急に動きを止め、赤い犬が姿を消した。


 赤い犬は人が抱く嫌悪感を理解しているとしか思えない。現に俺は気持ち悪さに怯みそうになる。


 だが俺よりも重症な高梨さんを背中に感じ、震えながら「終わりだ。終わりなんだぁ」と呟いている明美さんを見ると、弱音を吐いていられない。

 それに次の赤い犬がもう現れた。出現する間隔は数秒になっている。


 高梨さんが「くそう」と叫びながら胸ポケットに刺さっていたペンを赤い犬に投げつけるが、その赤い犬にじっと見られた高梨さんは俺の後ろ手に丸くなった。


「ここまで来た。どうしたら良い?」


 洗濯場の壁際に立つ幽霊に聞いても何も返ってこない。


 どうしたら良いんだ。阿字ヶ峰に聞くしかない。

 俺は急いで携帯電話を取り出すと、洗濯場の入り口に小さな人影を見た。


「待たせたのう。今から準備をする」


 その人影は阿字ヶ峰だ。

 阿字ヶ峰は俺たちの下に駆け寄ってくると、黒い粒子を体から立ち上らせながら、地面を触る。


「この場所だけでなく、この病院に染み込んでおる怨霊を集める。もう少し待て」


「き、君は誰だ」


 高梨さんのこんな状況でも威勢が良い姿は凄いけど、相手は考えるべきだ。


「おい委員長。こいつ誰じゃ。黙らせろ」


「高梨さん、この人は味方です。だから少し静かにしてもらっても良いですか」


「う、すまない」


 素直ではある。

 

 サマンサが杖を振るいなが阿字ヶ峰をちらりと見る。


「あの、阿字ヶ峰さん」


「なんじゃ」


「ここで、時間を稼げばいいの?」


「そうじゃ。場所としてはここが最適じゃから、動く必要は無い」


「わかった」とサマンサが呟いた後に杖を地面に立てる。するとその杖を中心としたドーム状の膜が、俺達を覆った。その膜は半透明で草花が描かれている。じっくりと見ると可愛らしい毛虫が茎を登り、艶やかな蝶が舞っている。

 なんとアニメーション付きである。


 これで俺たちと赤い犬の間は膜で区切られた。それでも赤い犬は構わずに手を伸ばそうとするが、膜に触れた部分から焼けただれた様になる。


 それでもなお赤い犬は手を差し込んでくる。赤い腕が沸騰しているように気泡が浮かんで、最後には腕が崩れ落ちた。


「外からの侵入を防ぐ。でも沢山は防げないから、お願い」


 試しに警棒を手に持ったまま出し入れして見るが、膜を通ったという感覚さえない。


「なるほど。この膜から出ずに赤い犬を迎撃しろということか」


「うん。そう」


 これならばかなり余裕が出来る。赤い犬が膜に阻まれるので、見落としが無くなる。そう思っていたのだが、赤い犬の攻勢は苛烈になっていく。


 榊さんの近くに赤い犬が現れたので、次はこっちだろうと前を見ると既にそこには赤い犬が俺に向けて手を伸ばしていた。


「榊さん、こっちにも現れました。2体同時です。そちらの武器の弾は大丈夫ですか?」


「今のところ大丈夫だよ。この医療センターに入る直前に補充したからね」


「いつの間に」


「状況は作り出すものだよ。それよりもこうなると2体同時に終わらないと思った方が良いだろうね。青井さん。君にも働いてもらうよ」


 榊さんはそう言うと俺が持っている物と同じ警棒を明美さんに投げた。


「弾と一緒に補充した。これで青井さんも戦ってくれ」


 明美さんは警棒をしっかりと握ると立ち上がる。


「勿論です」


 これで戦力が増えた。後は暇な人が1人いる。


「高梨さんの物は無いよ。まともに体を動かせない人に武器を与えても邪魔なだけだからね」


「な、なに! 私だって動ける」


「知っていますよ。看護師の女性と何があったのか」


「あれは健全だ」


「年を考えなさい」


 高梨さんは顔を歪ませて何1つ言葉を発しない。榊さんは高梨さんの身体の不調と同時に弱みを握っているようだ。

 動けないのなら仕方が無い。3人で赤い犬を迎え撃つしかない。


 膜に前進を阻まれる赤い犬を見つけては、そこへ走り追い払う。モグラ叩きである。もう既に赤い犬は同時に4体が出現するようになっていた。


 そうして1分程続いた後、阿字ヶ峰が叫ぶ。


「準備が出来た。一気に蹴散らす。少し精神にくるかもしれんが、我慢してくれ」


 その瞬間、背筋に悪寒が走った。

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