1.5章 6話 観察! 謎の生物

 目の前に突如として音も無く出現した赤い犬。こうしてじっくりと見ると、赤い犬の置物よりも生々しさがあって気持ち悪い。


 顔は犬であるが首から下は人間のそれだ。赤い体に多少の筋肉による凹凸とタイツの繊維のような物が見て取れるが、それ以外の胸や股間のふくらみや突起物が無いので、男女の区別が付けられない。


 まるでアメリカンコミックのヘンテコなヴィランのようだ。


 おそらくは8頭身だと思われる。筋肉もいい具合に付いているのでモデル体型と言える。だからか気持ち悪さはあるのだが、どこか佇まいが様になっている。


 顔が犬なので本来は間抜けに見えるはずだが、笑える風貌ではない。

 指の先も足の先も人間のものに近いと思う。


 さすがに近づいたら何があるかわからないので観察に終始しなければならない。


 赤い犬は一切こちらを振り向く事無く目的の懐中電灯を握ると、電源を切ったテレビのように瞬時に姿を消した。


 赤い犬に気を取られていて気が付かなかったけど、右腕がかなり痛い。原因は明美さんである。

 明美さんが力いっぱい俺の腕にしがみついている。


「痛いので離してもらってもいいですか?」


「あ、ごめんなさい」


 腕に痛みの原因が消えたところで、本題に入ろう。


「全員、赤い犬を見ましたよね」


「見ちゃったぁ」と言って肩を落とす明美さんに、「見た」と一言だけ返すサマンサ。「私の世界の何かではなさそうね」とマージエリ夫人。


 言われてみればマージエリ夫人の世界にはUMAがいるので、その内に1つである可能性もあった。完全に見落としていた。


 まったく、世界がいっぱいあったらややこしいな。


「どうしてマージエリ夫人の世界じゃないと言えるのですか?」


「設計思想が違うのよ。私の世界では自他国関係なく、生物兵器は進化の枝葉を操作するから、生物進化の延長線上を想定するのだけど、赤い犬はそのどれでもないわ。

 偶発的な生物というよりも、思想的な生物。つまり宗教上の偶像とか象徴と考えた方が正しいのかもしれないわ」


 いまいちマージエリ夫人の話は難しくて理解できないけど、確かに宗教的な象徴と言われれば納得できてしまう。


「宗教上……」とサマンサと呟いて目を細めた。


「宗教か。その考えは僕には無かったな。その線でも調査をしてみようか」


 榊さんが携帯電話でどこかに連絡を取ってから、再びメールで写真を送っている。どうやら榊さんは先程現れた赤い犬の写真を撮っていたようだ。

 画質の良い写真なので、赤い犬のタイツめいた皮膚がハッキリと見える。


 赤い犬が実像として存在し、何かしらの生物であるということがわかった。

次の問題だ。


「赤い犬が物を盗む時、攻撃をしたらどうなるのでしょうか。そもそもホログラムのように実在が無いのか、それとも触れられる存在なのか。

 触れられる場合、触れたらどうなるのか。問題は山積みです」


「そうだね。触れるという事は邪魔をする事と同じだ。それが反撃のトリガーになるかもしれない。

 試す場合は後戻りが出来ないと思った方が良いだろうね。

 因みに前回から今回までの間は約5分。だからあと4分で決めるか、物が全て無くなる限界まで待つか。相山君はどうしたい」


 部屋の物が無くなり切るまではまだ時間が残されているかもしれない。ただそれは希望的観測に過ぎない。赤い犬が出現するスピードが急激に早くなる可能性もある。


「限界まで待つのは怖いです。明美さんがいなくなるのが確定しますから。

 その前にさっき榊さんが聞いていた宗教の件がどうなるかですね。この世界のどこかに原因があるのなら手も打てるかもしれませんが、他の世界なら手の打ちようがありません。どうしましょうか」


 どうするのが正解なのか。そう言えばサマンサが何かを考えているようだった。


「サマンサ、赤い犬について何か知っていないか」


「もしかしたら、関係あるかも。でも、間違いかもしれない。私、外の事あまり知らないから」


「可能性があるのなら教えて欲しい。もし違っていたとしても、答えへの道筋の助けになるかもしれない」


「うん、わかった。じゃあ話すね」


 サマンサは三角帽子のツバを押し上げて顔を見せる。


「レシートに書かれていた、アリバリア。私の知る世界で、聞いた事がある」


「なんだって! 本当か」


「うん。私の知る世界で、アリバリア教団という、組織があるの。何をしているのか、何が出来るのか、何を理念にしているのか、全てが不明なの。こんな事なら、外に出て調べたら良かった」


 サマンサが下を見ると三角帽子のツバも下に向き、彼女の顔を隠した。


「未来の事なんかわからないさ。だから仕方が無い。それよりアリバリアについて他に何かわからないか?」


「ごめんなさい。でも【エンリリィ】さんや、【グルール】さんなら知っているかも」


 【エルフ】のエンリリィと、【ドワーフ】のグルールだ。


「え? 2人とは同じ世界の出身だったのか」


「そんなところ。あ! その2人には、私が夢の魔女だって、言わないでね」


「サマンサが嫌がる事はしない。でもいつかは話した方が良いんじゃないか。折角クラスメイトになったんだから」


「うん。そうだね」


 笑顔を見せるサマンサの奥で、榊さんが目を細めて俺を見ている。めちゃくちゃ怖いんだけど。


 口にしなくても榊さんの言いたい事はわかる。そんな世界の話を聞いていないんだけど、と言っている目だ。俺も詳しく知らないんだから仕方が無いだろ。


 それに俺が全部話すわけ無い。話してほしかったら俺をもっと大切に扱ってくれ。具体的に言うと金をくれ。

 と言ったら俺の株が下がりそうなので、ここは目を逸らして見なかったことにする。


「エンリリィは連絡先知らないな。グルールに連絡してみよう」


 早速グルールに電話を掛けると、スピーカーから渋く男らしい声が聞こえて来る。


『どうした委員長』


 電話にすぐに出た。ありがたい。どんな話が出るかわからないので、マージエリ夫人と榊さんに聞こえない程度の音量に下げた。


 それにしても渋くて良い声だ。俺もこんな声になりたかった。


「アリバリア教団を知らないか」


『この世界でその名を聞くとはな。アリバリア教団、こちらの世界で言うカルト教団だ。世界の闇で暗躍していると聞く。旗印が赤い犬だったか』


「嘘だろ……。マジなのか」


『と言っても噂でしかない。俺もそれ以上は知らん。本当にいるのかもわからん都市伝説みたいな存在だからな。委員長の口からその話をされて、俺も驚いている。どこで聞いた?』


「アリバリアらしき何かに襲われているんだ」


『なんだと。だが……、すまない。助けに行けそうにない。離れているんだ。俺が世界に戻って調べるにも、世界を渡る準備だけで数日必要だ』


「構わないよ。こちらで何とか片を付ける」


『そうか。十分に注意しろ。アリバリアはとにかくしつこいらしい。狙いを定めるとガスラビールの果てまで追いかけて来る。逃げられた者はいないそうだ』


 ガスラビールが何かわからないけど、たぶん地獄の果てまでと同じ意味だろう。


「ありがとう。参考になったよ」


 通話を切ると榊さんの冷ややかな目線を浴びせられた。マジ怖い。


「通話内容を教えてくれると嬉しいのだけどね」


「どうやらサマンサさんが言っていたアリバリア教団で間違いないと思われます。

旗印が赤い犬らしいので。後は狙いを定めるとどこまでも追いかけるそうです。それ以上の事はわからないと言っていました」


「そうかい。ちなみに電話の相手はクラスメイトかな」


「はい」


「そうかい、そうかい」と言う榊さんの表情は笑顔だが、完全に作ったものだ。この件が解決したら逃げよう。


「それと相山君の言う事の信ぴょう性を高める内容だけど、僕の方で調査してもらったところ、該当する組織は見つからなかった。つまりは本体を直接つぶすという解決方法は現実的ではなない事になる」


 つまりは明美さんがバリアリア教団に連れていかれる前に解決しないと追えなくなり、明美さんにとっての完全なゲームオーバーとなる。そのタイムリミットは不明だ。

 やはり行動に移すなら出来るだけ早くする必要がある。


「攻撃します」


「わかった。では僕に任せてもらおうか」


 榊さんはそう言うと懐から拳銃を取り出し、その先に筒のようなもの装着した。たぶんサイレンサーだ。


「頭を狙う。先程の間隔と同じならば、数秒後には出現する。いいね」


「はい。お願いします」

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