0.5章 12話 容疑者Sのつまらないダジャレ

 寶川さんが入院をしていた病院を出た俺と天坂が次に向かったのは、化粧品メーカーが入居しているオフィスビルである。


 時間は12時を少し過ぎている。


 そのビルの入り口から出てきた営業の清水さんは、相変わらずリュックサックを前で抱えている。清水さんは俺たちの姿を確認すると、早歩きで近づいてきた。


「昨日ぶりだ。何か進展でもあったかな?」


「はい」


「そうかい。昨日と違ってケイさんは……、いないようだね。今日は居酒屋で話そう」


「居酒屋ですか?」


「そうだよ。この辺りの居酒屋は昼食時には定食メニューを出している店が多い。僕たちのようなサラリーマンをターゲットにしたメニューだから、安くて量も申し分ない。

 何よりも栄養のバランスがいいからね。なんて話をする時間が勿体ない。付いて来て」


 清水さんは俺たちの返答を待たずに、やはり早歩きで進むのでその後を必死に追った。


 居酒屋に到着した俺たちが早速店内に入ると、店員に案内されたのは個室であった。

 その部屋は狭く、奥の席に行くには前傾姿勢で綱渡りをするかのように進まなくてはならない。


 俺は太っていなくて良かったし、これからも太るわけにはいかないと思い知らされた。


 清水さんは席に座るなり、ランチメニューをテーブルの上に置いた。


メニューの数は4種類で、AランチからDランチという名前だ。それぞれ肉、魚、野菜、油物を主体としたものとなっている。


「さあ、選んでくれ」


 そう言う清水さんはやはり、唸りながらメニュー表の上で指を彷徨わせている。せっかちな性格はどこに行ってしまったのか。


 仕方がないので俺はBランチの焼き魚の定食を選ぶと、天坂がCランチの野菜炒めの定食を選ぶ。


「肉と油物、どっちにするか。油は胃がもたれるかな、肉もかわらないか。う~ん。どれにしようかな。相山君はどっちが良いと思う?」


 まさかの俺に聞いてきた。好きにしてくれよ。


「Aランチはどうですか? これは焼肉ですよね。お得じゃないですか」


「よし、僕はAランチだ」


 速攻で決まった。


 清水さんに再び悩ませないために、直ぐにメニュー立てにメニュー表を置いて店員を呼び、3人分の注文をした。


「さあ食事が運ばれる前に、話を終わらせよう」


「ではこれを見てください。これは事件があった銅像の上から撮った写真です」


 俺はテーブルの上に写真を置いた。これは先日の夜、警察官の榊さんに許可をもらって撮ったものだ。

 夜中なので暗くて見えにくいけど、手前に見切れている銅像の首の断面、右端にぬいぐるみが置かれていたベンチとその手前の木、そして奥には人型に置かれたテープは見える。


 俺はその写真から見てベンチの左端に指をあてた。


「ここにぬいぐるみが置かれていた。それで正しいですね」


「そうだよ。この位置にぬいぐるみが置かれていた」


「その点に疑問があります。実はぬいぐるみは猫によって左端から右端に引きずられました。だから、清水さんがこの位置にぬいぐるみを見たのなら、それは猫がぬいぐるみを移動させる前になります。

 つまり清水さんがぬいぐるみを見た時は、まだ猫がここに来ていない事になります。では首を折ったのは誰なのか」


 1度言葉を区切って清水さんを見る。


 初めから全ての証拠は出さない。徐々に追い詰めるためて、不安を駆り立てる事で口を滑らせる。

 相手は営業をしている清水さんだから口も嘘もうまいだろう。キャバクラ嬢の寶川さんには困らされた。だから今度こそは俺が主導権を握る。


 そんな強い意志の持っていたのだが、予想外の言葉が清水さんから発せられた。


「猫じゃなかったら、僕だな。いや~ばれちゃったか。そうだよ。銅像の首を折ったのは僕だ。

 こんなに早くにばれるなら、僕の言い訳は首折り損、いや骨折り損になったな。なんちゃって。ハハハハハ」


 ちょっと待ってくれ。まったく話が入ってこない。想定外に早く白状したのもあるけど、全く笑えないギャグに頭が付いてこない。


「え! ちょっと。抵抗しないんですか?」


「抵抗だって? 相山君は知っているだろ。僕はせっかちなんだ。君から連絡が来た時点で、ある程度の覚悟は終えていた。ハハハ」


 何この人? 俺はどんな反応するのが正解なんだ。手に負えないので天坂を見ると、それは美しい愛想笑いを浮かべている。


「僕はこう見えて人を見るのは得意でね。相山君は理屈っぽい人だから、証拠を積み重ねないと納得しない。今日だっていくつも持ってきているのだろ」


「は、はい。地面に残された銅像の頭が落ちた後が1つしかないとか、台座に登る方法とか、いつ猫がこの場所に来たのかとか、色々と用意してきたのですが無駄になりました」


「無駄という言い方は相応しくない。使わない資料だっただけ。プレゼンで大切なのは海中にある氷山の、質と量を担保することだ。しつりょうに、いや執拗に悩むことは無い。ハハハ」


「ありがとうございます」


「まったく、あの時は相当酔っていてね。気持ちが大きくなっていた。

 だからあの銅像に登れるって思ってしまった。無事登れて、嬉しくなった僕は何度も銅像の頭を叩いてしまったんだ。そしたら首が折れちゃって、あの時は焦ったよ。

 しかも目の前に女性が倒れているし、ぬいぐるみが切り刻まれている。こんなに意味不明な状況に置かれたのは初めてだった。」


 とても楽しそうに話す清水さんに、昨日感じた暗い雰囲気の一切がない。もしかしたら、本来の清水さんは目の前の姿なのかもしれない。


「これで踏ん切りがついたよ。僕はこれを機に会社を辞めるよ」


「いや、そこまでしなくても」


「僕は前から考えていたんだ。

 どうも僕の肌に合わないとね。仕事というのは個人のパーソナリティを閉じ込めないといけない。僕にとって今の会社はあまりにも窮屈過ぎるんだ。

 僕とは真逆のキャラクターが求められるからね。気掛かりなのは、ケイさんの猫に罪を押し付けてしまった事だ。悪いのだけど、ケイさんとの橋渡しをお願いできるかい」


「はい勿論です。だけど少しだけ待ってくれませんか。ケイに会う前に寄る場所が残っていますから」


「相山君は頑張り屋だね。無理がたたって、けむりを立てないようにね。ハハハ」


 愛想笑いを返したその時、俺たちが頼んだ昼食が運ばれてきた。


―――――――――――――――


 昼食を終えて清水さんと別れた俺と天坂は、一度警察官の榊さんから荷物を受け取ってからボロボロのアパートに向かった。


 そのアパートは2階建てで、ブロック塀に囲まれている。良く言えば趣のある、悪く言えば時代に取り残された建物である。加えて左右に建つ8階建てほどのマンションが立派な外装をしているので、余計に異物感が大きい。


 ブロック塀は上部が欠けていて、補強するための鉄筋が飛び出している。ブロック塀越しに見えるアパートの敷地内は雑草が生い茂る。


 目的の人物はそのアパートの2階に住んでいるとの事なので、その経路を目で辿る。

 錆び付いた階段は今にも底が抜けそうだし、雨除けの為に設置されているトタン屋根は透明の筈が薄汚れて灰色になっていて所々穴が開いている。

 

 そもそも、気になる箇所が多すぎる。階段の下に置かれている自転車は片方のペダルが無いし、1階の玄関先に置かれている洗濯機には花が咲いている。

 一見すると廃墟のようであるが、室外機が起動しているので人は住んでいそうである。


 天坂を見ると引きつった表情で帽子を強く被り直した。


 こんなところで躊躇していても仕方がない。勇気を出して敷地内に入り、軋む階段を上って目的の家の前に着いた。


 壁をくまなく探してもインターホンが見当たらない。仕方がないので塗装が剥げた扉をノックした。


 誰も出てくる様子は無い。だがこの部屋にいる筈だ。俺がそう言い切れる訳は、事前に隣のマンションから部屋の中を見て、目的の人物が携帯電話をいじる姿を確認したからだ。


 出てくるつもりが無いのなら、興味がある話をしてやれば良い。

 郵便ポストを指で押して、そこから声を投げかける。


「コンビニで金を盗んだ事について、聞きたいのですが開けてもらっても良いですか?」


 すると家の中からドタドタと足音が聞こえた後、ゆっくりと扉が開かれる。


 そこには眉間にしわを寄せて俺を睨み上げる、コンビニ店員の三島の姿があった。三島は俺を見るなり舌打ちをした。


 めっちゃ怖いんだけど!

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