0.5章 6話 せっかちな容疑者S
12時を過ぎた頃、俺たち3人は【神結市】の中心にある鉄道駅の【神結駅】、その西側にある8階建てのオフィスビルの前に立っていた。
神結駅は南北に線路が伸びている。
駅から見て東西は景色ががらりと変わり、西側は高層ビルが立ち並ぶオフィス街であるうえに、高層マンションまで立ち並ぶ地域だ。
背の高い建物がひしめき合っていて、普段見ている風景よりも空が狭く感じる。
更にオフィス街で働く人たちの需要として、俺が通常では入らない居酒屋やオシャレなバーがそこかしこにある。
そんな俺からしたら異世界感のある街の中で、オフィスビルの入り口から次々と現れる財布を手に持ったスーツ姿の女性を見送っていると、写真で見た男性が現れた。
男性は首をしきりに動かして、俺達の姿を確認すると手を上げながら近づいてきた。
「君が相山君だね。連絡が来た時はいたずらからと思った。それと……、君がケイさんかな?」
男性の名前は清水一郎だ。多田篠公園で倒れた女性を発見した、化粧品メーカーで営業をしている人だ。ちなみに写真は警察官の榊さんに見せてもらった。
清水さんはスーツ姿であるが、リュックサックを前抱えにしているので、ネクタイの柄は見えない。
清水さんを1人目にしたのは、今がお昼時だからだ。仕事中に呼び出しても来てくれないだろうから、今の時間を指定したところ快く承諾してくれた。
「ここで話していても時間の無駄になる。君達は昼食を食べたかい?」
「まだです」
清水さんは俺の言葉にかぶせるように言う。
「それなら僕もこれから昼食だから付いて来てくれ。30分しか時間がないんだ」
清水さんは返事を待たずに歩き出したから、俺たちも後を追った。どうやら清水さんはせっかちな性格のようで、言葉も歩くペースも速い。
小走りに近い速度で清水さんを追っていると、一軒の飲食店の前で止まった。
俺は息を切らせながら、ケイと雨井を見ると涼しい顔で店内を見ている。
みんな体力があるな。
息を整えながら、飲食店の看板を見ると、そこには知っている名前が書かれていた。
この飲食店は……、俺もよく利用している店だ。家の近くにもある。
リーズナブルな価格で定食メニューを提供しているから、夕食の用意が面倒な時、まあ殆ど毎日用意していないのだけど、そんな時には高い頻度で利用している。
米のお替りが自由なので食後の満足感が高い。
そんな顔なじみの飲食店を前にした清水さんが俺を見る。
「ここでいいよね?」
清水さんから質問を受けたので、ケイと雨井を見ると2人とも首を縦に振った。
「よし決まりだ。食事代は僕が出す」
清水さんは言葉の途中で店内に入ってしまった。まだ俺の意見が聞かれていないんだけど。と言っても答えはイエスしかないけど、本当にせっかちな人だ。
この飲食店は食券システムを採用しているので、店内に入るとまずは券売機で食券を購入する。
清水さんは店内を一瞥もせず、最短距離で券売機の前に立つと、リュックサックの中から財布を取り出し、その財布から1万円札を掴んで券売機に挿入する。
清水さんの指が券売機の液晶画面の前に置かれた。せっかちな清水さんの事だ、店の入り口で止まっていては不機嫌にさせるかもしれない。
すぐに後ろに並んだのだが、待っていても清水さんがその場から離れる素振りも無い。
そう言えば清水さんは食事代をおごると言っていた。俺を言うのを待っているのか。それなら悪いことをした。
清水さんの肩越しに覗き込むと、ブツブツと何かを言いながら液晶画面の上で指を行ったり来たりさせている。
「何が良いかな? 肉が食べたいんだけど、魚も良いな。野菜も必要だよな。だったら野菜炒めも、いやどんぶりにしようか。だめだ定食じゃないと。肉か、魚か、どうしよう。やっぱりどうぶりか。そばも……、ありか。いや、無しだな」
有り得ないほどの優柔不断っぷりに、思わず苦笑いが浮かぶ。普段からこうなのだとしたら、昼休みの殆どがこの時間に費やされているのではないか?
どうしたものかと振り返ると、ケイが眉根を寄せて腕を組み、仁王立ちしている。苛立っているような顔をする気持ちもわかる。
このままでは話を聞く時間が無くなってしまう。
「あの、清水さん」
「なんだい?」
清水さんが振り返ると同時に電子音が聞こえてきた後に、機械的な硬い口調で『ロールキャベツ定食、1点』と声がした。そして券売機からは食券が排出された。
清水さんはその食券を2度見してから手に取った。
「まあ、いいか。好きなものを押すといい。僕は先に席に座っている」
どうやら故意でボタンを押したわけではないようだ。だけどそのおかげで先に進んだ。俺は迷わずに焼き魚定食を選択した。
清水さんが先に座っているのは、4人掛けのテーブル席だ。
俺が清水さんの前に座り、その横にケイが、そして清水さんの横に雨井が座り「ありがとうございます」と言いながらお釣りを渡した。
ケイは焼肉定食を、天井はペペロンチーノを注文していた。
この店にペペロンチーノなんかあったのか。今度頼んでみよう。
4人が揃ったところで、店員さんがやる気の感じられない「いらっしゃいませ」の後にお茶が入った透明のコップを4人の前に置くと、無言で食券を回収していった。
飲食店の教育としてはなっていない店員になるが、俺はこれぐらいでいいと思う。
大した給料も貰っていないのに、社長が考える形の完璧にしろというのは酷というものだ。
つまりは、俺も校長が思うようには無理だと主張したい。
「清水さん、食事が届くまでの間に話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「それが本題だったね。何を聞きたいのかな?」
「その前に」
俺はケイにアイコンタクトを取ると、ケイは一度頷いてから立ち上がって深々と頭を下げた。
「私のペットがご迷惑をお掛けしました。申し訳ありませんでした」
俺はケイを勘違いしていたようだ。彼女は常に不遜と言わんばかりの態度を取るので、こういう場であっても軽く済ませると思っていた。
ケイがここまでするんだ。俺も相応にケイと向き合わないといけないな。
清水はケイの肩に手を置いた。
「座ってくれ。謝る必要はないよ。僕は別段、被害を受けてはいないのだからね。それに君もペットがした事だから辛いだろう。こうして謝罪しに来た君を責めはしないよ」
「お心遣い、感謝します」
ケイはそう言うと椅子に座った。
「もう1つ聞きたい事があるのだったね」
ここからが本題だ。
「はい。実はそのペットですが行方不明になっていまして、少しでも探す手がかりが欲しいと思っています。事件の事を教えてもらっても良いですか?」
「ああ、僕に答えられる事ならば」
「銅像の首を発見してからの事、詳しく教えて下さい」
「あの時か……。
僕は少し酔っていてね。気が大きくなっていたから、大人として恥ずかしい行動を取ってしまったから、話すのは少し憚られるのだけど仕方がないね。
僕が酔いを醒ます為に多田篠公園を歩いていたのだけど、歩道に顔が落ちていた。その顔に見覚えがあったから、すぐに何の顔かわかったよ。
それで銅像を見ると案の定、顔がない。
酔っていた僕は、どういうわけか顔を抱えて銅像に登り、離れた2つを合わせてやろうと思ったんだ。
そして銅像の台座に登りベンチを見ると、切り刻まれたぬいぐるみが見えたんだ。嫌な予感がして、銅像の首越しに前を見ると真っ白な服を着た人が、うつぶせで倒れていたんだ。
一気に血の気が引いたね。銅像の顔を投げ捨てて駆け寄ったら、女性だということ、そして頭から血が出ている事がわかった。
僕は咄嗟に救急車を呼んだ。ここで話は終わりさ。
その後の苦労話も聞くかい? 深夜まで事情聴取されるし、今日は休みの筈なのに会社に呼ばれるしで、心底疲れて切っているという愚痴の話だけどね。ははっ」
乾いた笑いを浮かべる清水さんの顔をよく見ると、目の下にクマが出来ている。そうか……、休みに呼び出されたのか。社会人は大変だな。
休みの日に仕事をさせられ、見ず知らずの学生に話を聞かれる。頭が下がる思いだ。
そんな話をしていると、テーブルに料理が運ばれてきた。
俺たちは清水の愚痴を聞きながら昼食を平らげた。
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