第10話 オリエンテーションが終了する
オリエンテーション最終種目 リレー走
オリエンテーションの勝敗を決める種目であるだけに注目度が高く、ここに集まった生徒と教職員の全員がグランドの中心に集まった走者を見ている。
俺の勝手な見立てだが、他クラスの走者達は一様に、スポーツによって正しく身に付けた筋肉を持ち合わせているように思える。
リレー走のルールは、各クラスで用意した5人の走者がグランドに整備されたトラックを走りながらバトンを順番に繋いでいき、5人目がゴールした順位を競うものである。
走者は1人につきトラック1週を走る事となるので、トラックを5周すればゴールとなる。
1年6組からは【サイボーグ】のジアッゾ、【レプティリアン】のドリッドリン、【童話】の浦島、【天狗】の鞍馬、そして【ヒーロー】のアマナが出場し、走る順番もこの並びである。
俺はこの種目の招集が掛かる前に5人を集めて、最終確認を行ったのだが不安は払拭されていない。
「いいかみんな。勝てばいいんだからな。あんまり派手な事はしないでくれよ。特にジアッゾはその変形みたいなのはするなよ」
ジアッゾは全身を機械のスーツのような姿に変形できる。今は足だけがメタリックな姿になっている。
「承知しました。スペックは落ちますが、人間の形態で戦いましょう」
ジアッゾのメタリックな部分に細かい割れ目が走ったかと思うと、足の先から波打つように人体のそれに変化していく。
ジアッゾが人間に擬態していると俺が知ったのは、昨日の体力測定の時である。全身が機械のスーツのような姿になった時は、その余りにもSFチックな変形に男心をとてもくすぐられた。
だが、その姿を他のクラスに見せるわけにはいかないし、そもそも出場させてくれないだろう。
「それよりも、どうして黒幕の成敗に僕を誘ってくれなかったのかい? 悪を倒すのは私の役目なのだけどね」
話に割り込んできたアマナは口をへの字に曲げている。
「アマナを呼んだら文字通り倒すになってしまうだろ。今回は暴力で解決する話でもなかったんだ」
「そうかい。それでも悪の成敗を、この目で確認したかったのだけど、委員長がそう言うのなら仕方が無いかな」
背が高くスタイルも良いアマナの、一挙手一投足の全てにカッコいいと思わせる魅力がある。
その魅力は既に他のクラス、特に女子生徒に伝わっているようで、アマナに熱い視線を送っている人がいる。
「次に悪が侵略をしてき時に頼らせてもらうよ。走るだけで満足してくれ」
「悪が現れたらいつでも言って欲しい。私は光の速さで駆け付けるからね」
「そうだな。鞍馬は大丈夫そうだな。いちおう言っておくが空は飛ぶなよ」
「勿論ですとも。見世物は儲かるからする興行だ。だから無料で見世物になるつもりは毛頭ない」
鞍馬が背筋を正してそう言うと、浦島が俺の肩に手を乗せた。
「委員長、俺をこの種目に選んでくれてありがとう。全力を出させてもらうよ」
浦島は爽やかに白い歯を見せて笑う。浦島は問題ないだろう。
「ドリッドリンは…、体操服をちゃんと着てくれよ」
ドリッドリンの服装だが、ズボンは問題なく体操服を着用している。だが上半身は体にピッタリと張り付いたTシャツ1枚で、体操服の上着は肩に掛けている。
「仕方がねえな。委員長の頼みなら聞いてやるよ。お前も来るか? 俺達の勝利を最前席で見せてやるよ」
「遠慮しておくよ。それよりも体操服を着てくれ。それで反則と言われたら困る」
「そうか」
意外にも物分かりの良いドリッドリンは、体操服の上着を素直に着る。
「このリレー走で1位を取れば、1年6組はこのオリエンテーションで優勝だ。だから勝とうじゃないか。俺達の高校生活、良いスタートを切れるように。後は任せた」
そう俺は5人の前で宣言したのだが、肝心な事を見落としていた。それは自然に勝つ事である。
そもそも普通の人があの5人と競って勝てるわけはない。
一応の注意をしておこうかと口を開くと、1年1組の観覧席から強力な熱視線を送っている女子生徒が目に入った。どうやら彼女は高原桜のようだ。視線の先はドリッドリンだと思われる。
ドリッドリンはどんな説得をしたんだ。
そんな事を考えていると、司会のアナウンスが聞こえて来る。
『遂に楽しかったオリエンテーションも最後の種目、リレー走。この種目の順位によって優勝が決まってしまう! 優勝は1組なのか、それとも6組が逆転してしまうのか! 他のクラスにもまだチャンスはあるぞ。それでは第1走者はスタートラインに並んでくれ』
6クラスの第1走者が1列に並ぶ。
ここにいる全員が、目を走者に向けて、耳を司会者に向けている。
『最終種目、リレー走。位置について。よーいドン』
聞きなれた号砲が打ち鳴らされて、第1走者が一斉に走り始めた。
我らが走者のジアッゾはというと…、圧倒的速さを見せている。背筋をまっすぐに伸ばし、等間隔に運ばれる足は一切の乱れが無い。
彼が走るそのフォームは、スタイルの良さも相まって見る者を釘付けにしてしまう。
1歩進むごとに後続との距離が離れていく。この光景を見た誰もが思うだろう。1年6組には勝てないであろう。
まるで幼稚園児相手に本気を出したオリンピック選手のような実力差は、ジアッゾだけではなかった。
次の走者であるドリッドリンは豪快な走りを見せる。その走りによって上がった砂埃は、彼の迫力となって息を呑ませる。
そして、この第2走者で早くも最下位のクラスの1週抜かしを達成した。
そのあまりにも予想通り過ぎる展開に、もはや静観するしかない。
この後も浦島、鞍馬と続き、最後のアマナがバトンを受け取った。
今までの4人も十分に早かった。現に2位の1組を既に2週抜かしをしているからだ。しかし、アマナは更にレベルが違った。彼女の速さはまるでスポーツカーのようであり、人間業を遥かに超えていた。
司会も口を開けて固まっている。ゴールテープを持つ係の2人は、テープを張る事を怖がっている。
「おい、貸してみろ」
そんな恐怖に怯えている2人に声を掛けたのはドリッドリンだ。彼は地面に放置されているゴールテープの片側を持つ。
「じゃあ俺が反対側を持つよ。誰も持ってくれそうにないからね」
浦島がそう言ってもう片側を持って、トラックを跨いでテープを張った。
「踏ん張れよ」
「頑張らせてもらうよ。君も頼んだよ」
「はん、誰に言ってんだ」
このオリエンテーションで使用しているゴールテープは、紙ではないので中心から切れるという事は無いと思われる。だから、ゴールテープを離さなければならない。
しかしアマナの速さではそのタイミングが難しい。誰もやりたくないだろう。
あの場にいなくて本当に良かったと思う。
アマナが最終カーブを曲がり、弾丸のようにゴールテープに向かって来る。
「来たぞ」
ドリッドリンと浦島の体に力が入る。
だがアマナがゴールテープまで後数メートルというところで、地面を抉りながら急激な減速を行った。今までの速さが嘘のように、ピッタリと動きを止めた。
「ありがとう、2人とも」
「オイオイ、折角覚悟を決めたのに、消化不良じゃねえか」
「怪我をしなくて済んだのだから、良いのではないかな」
「ごめんね2人とも、ゴールテープが可哀そうだったから」
そしてアマナはゆっくりとゴールテープを切った。
『リレー走の1位は1年6組、そしてなんと大逆転。オリエンテーションの優勝は1年6組がもぎ取った!』
司会の声から一拍置いて、グラウンドから騎馬戦の時よりもさらに大きい歓声と拍手が巻き起こった。これは称賛のものであり、誰も異議を申し立てる者はいないようだ。
一部からは野次が飛んでくるが、「午前中は手を抜いていたのかよ」、「本気が見たかった」等の内容である。
勝手を言ってくれる。本気を出したらグラウンドがどうなっても知らないぞ。
かなり遅れて2位の1組、3位の3組がゴールをした事で、最終種目のリレーは終わった。
オリエンテーションの結果
【1組54点・2組9点・3組10点・4組8点・5組6点・6組56点】
1位は俺達のクラスだ。
結果を見ると、俺達の勝利を不服に思っている人はいないだろうということが分かる。
それは当たり前である。何故なら圧倒的な力でねじ伏せたからだ。普通の神経をしていたら、スポーツでは勝てないと思うだろう。
リレー走から戻って来たドリッドリンが俺の背中を力強く叩く。
「よくやった。お前はやはり出来る男だ」
「俺は別に役に立っていない。普通に戦っても勝っていたよ。少し違った勝ち方になっただけさ」
「違うな。お前がいたからこのクラスはまとまったんだ」
ドリッドリンからの無駄に高い評価に、俺は戸惑いしかない。
「何故ドリッドリンは俺をそれほど評価するんだ」
「俺の直観だ。俺が認めたのはお前なんだ。他の誰かじゃない。だからお前を信じる。俺は自分を疑わない」
「そうか。ありがとう」
好意は素直に受け取っておこう。悪い気もしないしな。
こうしてオリエンテーションは1年6組の優勝で幕を閉じた。
―――――――――――――――
帰宅時間になり、昨日と同じように【人造人間】のフューレと一緒に帰路についている。
「昨日の帰りに僕が委員長に言った事、今日のオリエンテーションで何か分かったかい?」
これは昨日の帰宅時の話だ。
俺は教室で待っていたフューレと一緒に帰る事にした。家もそう離れていないので、殆ど同じ帰路のようだ。
「委員長は自己紹介でびっくりしていたね。もしかして僕達の事を聞いていなかったの?」
「何も聞かされていなかった。騙し討ちをされた気分だ」
「それだったか気を付けた方が良いよ。自己紹介で嘘を言っている人や、野心を隠している人がいる筈だからね」
「そうだろうな」
「分かっていたんだね」
「どんな嘘や野心かは知らないけど、校長はこう言っていた。ただの人間は俺だけだってな。だから自分を普通の人間だと宣言する人は全員、嘘をついていると証明した事になる」
「そうだね」
「自分の正体を偽っているとしても、野心を隠し持っているとしてもかまわない。校長はこうも言ったんだ。
このクラスをまとめられないのなら、この世界は荒れる。逆を返せば、あのクラスは世界を安定させる為にある。だから、あのクラスにいる人は敵ではない。味方とも言えないけどな」
「僕は君の味方だよ。僕には帰る場所が無いからね」
「ジアッゾとかリアナに頼ったらどうだ。ご近所さんだろ」
ジアッゾと【第2王女】リアナ、そしてフューレは同じ太陽系に住み、星も近いらしい。
「僕はもうあの太陽系には戻れない」
フューレは太陽に照らされている筈なのに、暗い影が落ちているようだった。今の俺にはフューレの事情を聞いて、どうしてやる事も出来ないのでこれ以上は踏み込まない。
問題を抱えているのはフューレだけでは無いのだろう。クラスの全員が何かを抱えてここに集まっている。
だから俺は今日というオリエンテーションを使って、クラスメイト達を見ていた。
「今日分かった事は、無くは無い。だけどそれを追求するよりも、今日で1つ片付いた事を喜びたいな」
「何かな?」
「同級生からの嫌がらせだ。たぶん当分は何もしてこないだろう。あいつらに構っていられないからな」
「そうだね。力を隠して対処するなんて面倒だよね」
「まあ、リレー走で隠せていたとは言い難いけどな」
「確かにね。特にアマナさんはやり過ぎている感があったよね」
「俺はあれを見て確信したよ。これから対峙しないといけないのは、ただの人間ではないんだってな」
「これからが本当に大変だよ。君は26の世界、その委員長になったのだからね」
「せいぜい頑張らせてもらうよ。フューレは助けてくれるんだろ」
フューレは満面の笑みで「もちろんさ」と答えた。
これからの事を考えると憂鬱になる。何が起こるのか分からないからだ。
だからこそ改めてクラスメイト達が何者なのかを把握する必要がある。まずは初日の自己紹介を思い出そう。
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