第9話 クラスメイトがやり過ぎる
オリエンテーション5競技目
騎馬戦
グランドには各クラス3騎ずつ、合計18騎の騎馬が円形に並んでいる。1騎つき騎手が1人と馬の前足・後足がそれぞれ1人ずつの合計3人で構成されている。
馬役は前後に並び手を握り合う。その手の上に騎手が足を置く。バランスは前足役の肩に手を置くことで取っている。
競技は1試合だけ行われ、時間内に奪った鉢巻きの数×2がオリエンテーションの点数として加算される。勿論、点数が入るのは他のクラスの鉢巻きを奪った場合だけであるので、自分が巻いている鉢巻きは点数にならない。
鉢巻きを取られるとその場で即退場となる。
この競技では全ての鉢巻きを奪う事が出来れば、最高で30点が加算されるので一気に逆転が可能だ。
1年6組の参加者だが、1騎目の騎手が【地底人】の青年【ナシウス・バード】で、馬が【何者でもない男性】の【品川 佐平治(しながわ さへいじ)】と、【金持ち】のヘンリーである。
2騎目の騎手は【魔法使い】のサマンサと、馬が輝きの国から来た【ヒーロー】の少女【アマナ・スバル】と【普通の少女】大和である。
3騎目の騎手は【能力者】の野条、そして馬が俺と【プラズマ生命体】のアストラルだ。
俺は馬の経験どころか騎馬戦に参加した事すら無い。前足を買って出たものの、野条を乗せて待機しているだけで既に疲れて来た。
アストラルは身長が高くないので、野条が倒れないように支える役割に徹しているから、俺は余計にしんどい。
オリエンテーションは全員参加が絶対条件なので、運動が得意な人ばかりを参加させるわけにもいかずこの人選となり、俺が参加せざるを得なくなった。
理由はそれだけでは勿論無い。
俺とナシウスが目配せをすると、ナシウスの騎馬が1歩前に出る。
「騎馬戦の参加者と観客のみんな、どうしたんすか。そんな怖い顔をして。折角のオリエンテーションなんっすから、楽しまなくちゃ損っすよ。
もしかして、ここにいるみんなは俺達に勝つ事を楽しむって事っすか。それなら問題はないっすよ。楽しければそれが一番っす。でも1つだけいいっすか。
もしそうだとしても、憎しみとか妬みみたいなネガティブが原動力だったら、それは止めた方がいいっすよ。俺達に負けた後は何も残らないっすからね。
その気持ちは勝って初めて昇華されるっすからね。だからポジティブを原動力にしてほしいっすよ。
もし俺の言う事が分からない、ネガティブしか原動力にならないのだとしたら、かかってくるっす。ここからは俺達は俺達の出来る範囲で手を抜かない。叩き潰してやるっす」
ナシウスが楽しそうに言う口上に、息を呑む6組以外の生徒と教職員。中には下を向く者までいる。口上にして軽すぎるナシウスの言葉遣いであっても、目を逸らしてしまう様子を見て俺は確信した。
既に敵は精神的に負けている。
だから後は、記録として負けせてやろう。
ナシウスは6組以外の騎馬に向けて端から順に指を差すと、今までの常に頬が緩んでいる軽さが消えて、表情を引き締めた。
「だからその上で勝ってみろ。その気持ちや行動が無駄じゃなかったと証明して見せろ。徒花になりたくなければ本気で来い」
その言葉を聞いた6組以外の騎馬は焚きつけられて体に力を入れた。
俺が決心をした敵を見て苦笑いを浮かべていると、ナシウスは俺を見て小声で言う。
「弱った相手に勝っても楽しく無いっすからね。俺達はオリエンテーションをしているっすから」
司会者がマイクを持って口を開こうとすると、今度はサマンサが真っ直ぐに手を上げた。静まるグラウンドで、視線がサマンサに集まる。
「騎手は…、地面に落ちたら失格? 落ちなければいいの?」
その質問を受けて司会者は教職員と何かを話している。司会者は再び前を向いてマイクに口を近づけた。
『地面に落ちなければ問題ない。だけど、たとえ腕であっても地面につけば失格だ。他に質問は無いか』
俺は誰も手を上げるな。早く始めてくれと祈っていると、司会者が一度頷いた。
『それでは騎馬戦を始める。18騎が並ぶ戦場で最後に立っているのはどのクラスなのか。心躍る試合を見せてくれ。カウントダウンを開始しよう。5、4、3』
司会者のカウントダウンに合わせて、観客席の生徒達も数えていく。
『2、1…、開始!』
司会の言葉と号砲の音が重なり、騎馬戦か始まった。
予想通り6組以外の騎馬はわき目も降らずに俺達に向かって来る。
迫って来る15騎は中々の迫力であるが、身体能力は
「先制する」
サマンサはそう呟くと、馬から飛び上がった。突如として視界から完全に消えたサマンサに、6組以外の騎馬は困惑して立ち止まってしまう。
「お前、いつの間に!」
その声の主はサマンサの騎馬から最も遠くにいた騎馬である。6組以外の騎馬が一斉にそちらを見る。
そこには後足役の男子生徒の肩に立つサマンサがいた。手には鉢巻きが握られている。その鉢巻きは、サマンサが立っている騎手の物だ。
「次」
サマンサはそう言うと、隣の騎馬に飛び移って鉢巻きを奪う。それだけでは止まらずに、更に隣の騎手の鉢巻きを奪取した。
「散会しろ! 動け! 残った奴らを仕留めろ」
どこからか聞こえて来た声に反応した騎馬達は、我に返って動き始めた。
「先制、終わり」
サマンサは再び飛び上がると、自分の馬に戻った。サマンサはほんの数秒の間に3枚の鉢巻きを奪い取り、1クラス分を潰した。
全て取ってくれたら楽だったのにな。こればかりは仕方が無い。
それにしても注目すべきはサマンサの身体能力である。初めて見た時は魔法使いで尚且つ、覇気のない話し方なので運動は得意ではないのだろうと勝手に思っていたのだが、そうではないと昨日の体力測定で知った。
驚いた俺は予想外だとサマンサに伝えると、彼女はこう言った。
『私が目指すのは、こちらに来てテレビで見た魔法少女。戦える、格好いい、魔法少女に』
恥ずかしそうに言うサマンサに、俺はもう十分に格好いい魔法少女だと言うと、彼女は顔を赤らめて俯いた。
俺も驚いてばかりはいられない。
「俺の出番っすね。任せるっすよ。前進っす」
ナシウスの騎馬は勇んで突撃していく。俺達も少なからずは活躍しなければ。
「野条、指揮は任せた。能力を使ってでも勝つぞ」
「いいだろう。僕の能力は使っていると分からないから都合がいい。君が僕を選んだ理由は理解しているつもりだ。本当は前に出たいタイプじゃあないんだけど、今回は協力させてもらうよ。明日は筋肉痛かな。まったく、困ったね。それじゃあまずは彼にしよう。あの騎馬だ。僕の事はことは気にせずに進んでくれ。すれ違う形でお願いする」
野条が指差した先にいる男子生徒は何者をも寄せ付けない形相で、まさにこちらに向かってきている。更に体格まで良いときている。
一方の野条は一般の平均よりも痩せているので、普通に考えれば負けるであろう。だが野条は普通ではない。
俺は言われたままに前に進むと、野条が前のめりになる。肩の痛みに耐えながら、指定された騎馬の横を通り抜けようとすると、敵の騎手は手を伸ばしてくる。
しかしその手が野条を掴む事はことは無い。野条はその手を寸前のところで避けると、逆に敵の騎手の鉢巻きを取った。一切の無駄の無い、流れるような動きに敵の騎手は未だに鉢巻きを取られている事にすら気が付いていない。
すれ違う俺達になおも手を伸ばす。
野条はため息交じりに振り返ると、奪った鉢巻きを見せる。
「今の君に必要なのは手を伸ばす事でないと思うよ。頭に手を置いて今の状況を考え直す事だよ」
敵の騎手はやっと鉢巻きが無いことに気が付いて、手を伸ばすのを止めた。
「さすが野条だな。能力は【未来を視る】だったか」
「う、うん。そうだよ。だから負けはしない。勝てるかはその時次第だけどね。次はあの向かって来る彼にしようか」
野条の返事に一拍の引っ掛かりがあったが、今は気にしないでおこう。それよりも大切なのは、少しでも敵を倒す事だ。
俺は次のターゲットの方を向くと、その奥で繰り広げられている光景が見えた。サマンサは馬役の2人の上で、体操競技をしているように体をくねらせたり、回転をしたりしながら、時には敵の騎手の攻撃を避けて、時には鉢巻きを奪ったその流れで敵の騎手を地面に投げている。
サマンサ1人でどうにかなるのではないか。
だけど、何もしないのは委員長として良くない。
俺はサマンサを思考から削除して、向かって来る敵の騎手に意識を集中する。
先ほどと同じように、敵の騎馬とぶつかる寸前に左方向に曲がる。敵の騎手から伸ばされた左手を野条は難なく避けると、続いて敵の騎手は右手を伸ばす。
2重の攻撃を繰り出したものの、野条は涼しい顔をして体を反らしてかすりもさせない。
続いて野条が手を伸ばすと、机の上のコップを取るように簡単に鉢巻きを奪った。
野条の能力には目をむく。敵の1打目を避けて、更に打ち込んできた2打目をも避け、迷う事無く鉢巻きを奪う。
未来を視ただけでこれだけの事が出来るとは、野条の身体能力が高いのだろうか。
サマンサが順調であるのなら、ナシウスはどうだろうとそちらを見ると、一進一退の攻防が繰り広げられている。まだ奪った鉢巻きは0本のようだ。
よし見なかったことにしよう。
「次は誰を狙う?」
「委員長に任せるよ」
俺達はその後、数を伸ばし続けて4本目を奪取した時に、終了の合図が鳴った。
騎馬戦の結果であるが、グランドに残っているのは3組で、全てが1年6組の騎馬である。つまり全勝だ。
ここで予想外の事が起こった。それは拍手と歓声である。罵倒ではなく感嘆を6組以外の生徒達が俺達に送っている。
特に熱狂させたのはサマンサであり、10本の鉢巻きを手に持って掲げている。
ちなみにナシウスが奪った鉢巻きは1本だけだ。肩を落として、馬役の2人から降りる姿は痛々しく、目を逸らしてしまった。
なんにせよ僅かでも6組とそれ以外のわだかまりが薄れたようで良かったと思う。今後、同級生に度重なる嫌がらせを受けたら、6組の本当の力を見せなくてはならなくなってしまう。
それは大変に困る。
騎馬戦はこうして終わり、1年6組は固まって退場する。
そこで意外な組み合わせで話す2人を見た。
それはヘンリーと、大和である。俺は2人がどんな話をしているのかと聞き耳を立てる。
「君の右耳のイヤリングだけど、それは宝石かい? もしかして、結構良い物なんじゃないかな」
「そ、そんな事ないよ。安物だよ」
「それなら安心だね。競技中に落としたり傷がついたりしないかって、僕は心配していたのさ。付けている事に意味があるのなら、無くしたら一大事だ」
「意味なんてないよ。ただ取るのを忘れていただけ。心配してくれてありがとうね、ヘンリー君」
「明るい君が悲しむ姿は似合わない」
「そ、そうなんだ」
俺から見えるのはヘンリーの温和な表情と、大和のはにかんだ横顔の耳元に垂れるイヤリングだ。
俺はイヤリングに詳しくないから正確には分からないが、安物と言われればそう見えるし、高いと言われればそう見える。
話に加わろうと思ったけど、いつの間にか仲が良くなっていそうな2人の邪魔はするのも悪い。
それよりも、次が最後の競技であるリレー走だ。オリエンテーションの順位は次の競技で決まる。
5競技目終了時の点数
【1組44点・2組9点・3組5点・4組8点・5組6点・6組36点】
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