第6話 異世界が動きだす

 4競技目、借り物競争。


 その参加者が集合した一角には、明らかに年齢層の異なるグループがあった。

 

 高校生の中に小学生が紛れ込んだようにしか思えない彼らこそが、1年6組の参加者である。


 メンバーは宇宙連盟政府諮問機関の万物秩序委員会、通称【宇宙秩序委員】の議長をしている男の子【タンラ・ピール】、【エルフ】のエンリリィ、【呪いの人形】の阿字ヶ峰、そして遅れてやってきた【プラズマ生命体】の男の子【アストラル】だ。


 彼らを浮いた存在たらしめている理由は、低年齢だと思える外見だけではない。

 服装がそもそも違うのだ。1年6組の参加者は全員が半袖に短パンの体操着と着用しているが、他の参加者の体操着は長袖に長ズボンである。


「待たせてしまったね。でも僕を待つということは、それだけ僕を思い続けているということだ。君達の胸裏を照らした僕の輝きは、さぞ心強かっただろう」


 迷いなく絶対的な自己肯定をするアストラルに、エンリリィが突っかかる。


「はい? 私はあなたの事をことを考えていたわけじゃないんですけど。それに輝きなら私の方が勝っているんですからね。あなたは次点です。次位です」


 エンリリィがアストラルに向かって胸を張っていると、タンラが楽しそうに2人の間に割り込んだ。


「ねえねえ、これは何の遊びなの? 僕も混ぜてよ」


「何をしているんじゃ。我らの役目は馬鹿になる事じゃことじゃが、始まる前から馬鹿になる必要は無いじゃろ。それとも、本気でそう思っているのでは無いよな」


 阿字ヶ峰は腕を組んで微かに皮肉を込めて言うと、タンラは跳ねるように彼女の前に立った。


「僕はそう思わないな。

 だってここにいる他のクラスの参加者だって、対象になっているのだからね。むしろもう始まっているんだよ。もしかして、阿字ヶ峰ちゃんは恥ずかしいのかな? それとも度量が小さいのかな?」


 タンラの言葉が正論だと感じた阿字ヶ峰は口をへの字に曲げて、組んでいた腕を開放してバタバタと可愛らしく動かす。


「借り物競争、楽しみだね」


 そう言って笑顔を見せる阿字ヶ峰は、先ほどまでの昂然たる態度とは違い、見た目相応の幼女の姿であった。

 そんな阿字ヶ峰の声を聞いた借り物競争の競技者たちは、彼女の姿を見て微笑むがすぐに視線をそらして眉根を寄せる。

 

 エンリリィは敵である彼らの反応を見て呟いた。


「どうやら委員長の考えは正しかったようですね」


「そうだね。僕の輝きが眩しすぎて目を逸らしているよ」


「そんなつもりで言っていませんよ。まあ、彼らの一部には僕の可愛らしさに目を奪われた人もいるでしょうけどね。僕は罪な女ですよ」


 エンリリィとアストラルの言葉は、表面上が違うだけで意味は同じである。阿字ヶ峰はそれに気が付いていない2人を無視して、小声でタンラに言う。


「罪悪感。委員長が我らを借り物競争に参加させた理由は、他のクラスに罪悪感を植え付ける事。

 自分たちよりも幼く純粋無垢な相手に下劣な手を使う。そこまでして手に入れた勝利に価値見出せるほど、性根が腐ってはいないじゃろってな。

 我らの役目は幼子を演じることじゃ。タンラよ、お主が得意な事じゃな」


「何を言ってるの? 得意も何も僕はいつもこんな感じだよ」


「宇宙は幼いお主に大事な役目を負わせるほど、簡単には出来ていないと思うのじゃが」


「阿字ヶ峰ちゃんは宇宙に行った事があるの」


「あるわけないじゃろ」


「想像は人の精神を臆病にさせる。ずっと大切に飾られていたから、とても臆病になったのかな。ねえ、阿字ヶ峰ちゃん」


 タンラの表情は朗らかな少年のものであるが、阿字ヶ峰は彼の眼を見て色を感じ取っていた。


「お主からは澄んだ青色を感じる」


「どういう意味なの?」


「冷静という事じゃ。詳しくは言ってやらんがの。ふひひ」


「ええ~。ずるいよ。教えてよ」


 タンラが阿字ヶ峰の服の裾を引っ張っていると、アナウンスが聞こえる。


『借り物競争の準備が終わりました。それでは選手入場です』


 タンラは阿字ヶ峰の裾を離すと、元気よく飛び跳ねた。


「それじゃあ皆、頑張ろうね!」


 グラウンドに設置された借り物競争の設備は簡素な物で、トラックの上に置かれた長机に、スタートとゴールを示すポールのみである。その机の上には4枚折りの紙が数枚置かれている。

 走る距離はトラックの3/4周で、スタート地点は1年6組の目の前にある。机はスタートとゴールの中間地点に設置されている。


 特に変わった様子は無く、一見しただけでは他のクラスが仕掛けたズルの判断は難しい。


だが1年6組には視ることが出来る生徒がいる。それは【霊能者】の水引である。彼女の声が阿字ヶ峰の耳に届く。

 

『聞こえているかしら』


 阿字ヶ峰が周囲を見るが水引の姿は無く、また1年6組以外の参加者に聞こえている様子は無い。

 クラス観覧席の水引は普段閉じているその目を開いて、阿字ヶ峰の方を見ている。

 

【テレパシー】


 それは声を出さずに意思を伝えることが出来る超能力であり、それが水引の声が届く理由でもある。


 阿字ヶ峰は水引の視線と声に、僅かに寒気を憶えながら借り物競争に参加するクラスメイト達を見ると、全員が頷いた。阿字ヶ峰はそれを確認すると、水引に向かって手を上げた。


『それでは私が視た結果を言う。机の上に置かれた紙、右からコンパス、ハサミ、下敷き、セロハンテープ、修正液、ホッチキスよ。幾つかは走る時に持つのは危ないと思うのだけど、いいのかしら』


(どれもこの場で手に入れるには難しそうじゃな)


『誰かに取りに行かせる。間に合えばだけど』


 水引の声に反応した阿字ヶ峰は眉をひそめて水引を睨んだ。


(おい水引。お主は人の声を盗み聞くことも出来るんじゃな。無作法が過ぎるんじゃないか)


『心配しなくてもいい。簡単に思いを読み取れて、簡単に会話が出来るのはあなたぐらいよ。

 1人が伸ばした1本の糸を掴むのは難しいけれど、沢山の人が伸ばした糸の内の1本を掴むのは簡単という事よ。複数の霊がり合わさ撚り合わさったあなただからこそ可能なの』


(やはりお主は我にとっての天敵という訳じゃな。まあいい。今はお主を当てにさせてもらう。委員長に頼まれたからの)


『今はそれでいい。私もあなたに危害を加えて、入学早々に退学処分を受けたくはない』


 水引は視線を阿字ヶ峰から外すと、振り向いて何かを言っている。阿字ヶ峰はそれを確認すると、第1レースの走者であるタンラの耳元に口を置いて囁いた。


「水引が言うには、借りる物はコンパス、ハサミ、下敷き、セロハンテープ、修正液、ホッチキスとの事じゃ。

 物は今取りに行っているらしい。お主なら足が速いから、好きな紙を選べると思うが、どれを選ぶつもりじゃ?」


 タンラは可愛らしく無垢に見える表情で阿字ヶ峰を見ると、首を傾げた。


「何を言っているの? 僕の役割はそこじゃないよ。だから水引さんに言ってくれないかな。物を取りに行くのは、僕が借り物を探し始めた頃でいい。もし持っていてもすぐには渡さないでねって。じゃあ行って来る」

 

 タンラは楽しそうに手を振ると、スタートラインに走って行く。

 そして、借り物競争の第1レースの走者がスタートラインに揃うと、タンラが屈託のない笑顔で右に立つ生徒に話しかけた。


「僕、借り物競争初めてなんだよ。楽しみだな。えへへ」


 タンラに話しかけられた生徒は苦笑いを返して前を向く。タンラは次に左側に立つ生徒に顔を向けた。


「ねえねえお姉さん。紙を広げ書かれているものを持ってきたらいいんだよね」


「そ、そうよ」


「うん、わかった」


 タンラは左側に立つ生徒に溢れんばかりの笑顔を見せる。すると、その生徒は頬が緩んでだらしのない表情になるが、直ぐに前を向いて顔を引き締めた。


『借り物競争第1レース、位置について。よーいドン』


 アナウンスの声に続いて、スターターピストルの号砲が運動場に響いた。

 それと同時に第1レースの走者達がスタートを切った。


 最初に借り物が書かれた紙が置かれた机に到着したのは1組の生徒だ。


 1組の生徒は開いた紙を掲げると、

「ボールペンを持っている方はいませんか?」と叫んだ。


 阿字ヶ峰はその行動に眉をひそめた。


(おい水引よ。お主から聞いた物の中に、ボールペンなど入っていなかったが、どうなっておる。まさか透視能力は嘘と言うまいな)


『嘘ではない。私が透視して聞かせたのは、あの机の上の紙。彼らは袖にもう1枚の紙を仕込んでいるだけ。次の生徒は消しゴムと言う筈よ』


 水引の言葉通り、2番目に紙を取った4組の走者が「消しゴムを持っている人はいませんか?」と声高らかに言う。


(まったく、分かっておるのに何故言わない)


『私達が取るのは机の上の紙。彼らの持っている紙じゃない。言っても意味があるとは思えない』


(やはりお主とは気が合いそうにない)


『当たり前じゃない。あなたのような者達と、私のような者達はずっと争ってきたのだもの』


(それもそうじゃな。それにしてもタンラの奴、遅くないか? 最下位争いをしておるぞ。頑張っている風に見えるが、そもそも奴は速いだろ)


『見ていたら分かるんじゃない?』


(そうじゃな)と阿字ヶ峰がぼんやりとタンラの姿を追っていると、見ている風景に違和感を覚え始めた。その正体を思案していると、タンラは机に辿り着いた。


 タンラは紙を開けると、眉をへの字に曲げて唇を噛む。


「だ、誰かホッチキスを持っている人はいませんか。誰か、いませんか」


 僅かに肩を震わせるタンラの叫びは、6組以外の方向に向けられるが、生徒達は無反応だ。

 紙を開いて立ち尽くすタンラの悲壮感と、5着がゴールをしたその合図に大半の生徒は耐えきれずに目を伏せていったその時、【昔話】の安長が手を挙げた。

 

「タンラく~ん。ここにありますよ」


 タンラの今にも泣きだしそうだったその表情がパッと明るくなり、安長の元に駆けよっていく。


「ありがとう、安長お姉ちゃん」


「はい、ホッチキス。あともう少しだから頑張ろうね」


「うん。頑張るよ」


 包容力のある安長に頭を撫でられたタンラは、満面の笑みを浮かべて頷いた。安心しきった様子のタンラは手を振りながらゴールに向かって走り出した。


 その時、どこからか安堵のため息が聞こえて来た。

 阿字ヶ峰は観客席を見渡すと、一様にほっとした様子である。


 ホッチキスを持ってゴールをしたタンラは、審査員に紙とホッチキスを見せると、


「大丈夫だよね」


 という言葉と共に、人懐っこく笑った。

 審査員は「はい大丈夫です。お疲れ様です」と言ってタンラの頭を撫でた。


 結果は最下位だ。

 1着は1組で、2着は4組。


 これにて借り物競争の1レース目は幕を閉じた。


 選手控室に戻って来たタンラに、阿字ヶ峰は声を潜めて聞く。


「お主の狙いは罪悪感を抱かせる事じゃったという訳か」


「そうだよ。子供は庇護する存在だからね」


「お主がスタートラインに立った時から、観客席から送られていた敵意が薄くなった。続けて可哀そうな少年を演じる。奴らの目が泳いでおったわ」


「一度ほころんだ決意は、なかなか元には戻せない。小さな子供に悪意を向けられるのは、何かが狂っている人だけだ。後は任せたよ」


 タンラが見せる笑みの奥から滲み出ている黒い圧迫感は、阿字ヶ峰を落ち着かせた。

 

「やはりお主は、我と根本は同じなのだろうな。まあ、お疲れ様じゃ」


 阿字ヶ峰はタンラの肩を軽く叩くと、第2レースの走者であるエンリリィを見る。


「次はお主じゃ、エンリリィ。よろしく」

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