第4話 オリエンテーションが始まる

 オリエンテーション当日


 1年生全員がグラウンドに集められ、暖かな陽光を浴びながら校長の開会宣言を聞かされている。

 どうも校長はいい話だと錯覚させる術に秀でているようで、今聞かされている話も頭を空にすれば心に残る名演説と感じるだろう。


 だけど、オリエンテーションを開催した経緯と思惑、加えて今も突き刺さり続ける他クラスと一部の教員の、悪意を持った視線が、それを白々しいものに変えてしまう。


 ―――――――――――――――


 時間は遡り昨日、校舎裏で行った体力測定という名の化け物博覧会を遠目で見ていた。その横には鹿嶋先生がいたので、根本的な部分を聞いた。


「もしかして他のクラスや先生連中は、このクラスが特殊な人の集まりだって知らないんですか?」


「生徒は多分だけど全員知らないかな。教員に関しては一部ではあるけど知っている人もいるよ。だから簡単に敵意を向けられるし、後先考えないでズルも出来る」


「それ、言ってもよかったんですか? 教室では口をつぐんでいましたけど」


「大切なのは相山君が先頭に立つ事だったからね。

 その前に言質を取らせるのは、あまり良い事にはならないと思ったんだよ。相山君が先頭に立つ限りは、ある程度の判断を相山君に任せられるほど、皆さんは大人だからね。

 相山君がやる気を出してくれて助かったよ~。よろしくね」


「出来る限りでいいのなら」


「そうだね~。私達も無茶であると理解しているから、陰ながら協力はさせてもらうからね」


 陰からではなく表立って協力してほしいのだけど、生徒と先生という立場を越えた干渉は、英雄の考えに反すると考えているのだろう。


 面倒な事を思い付いた英雄に、いつか合う機会があればその時は謝らせてやろう。


「このクラスの特殊性を知らないのなら、オリエンテーションを含めて、非現実な力を見せるわけにはいきませんね」


「出来る限りはお願いしたいな~」


「わかりました。出来るだけやって見ます」


 クラスメイトの力を見せてもいいのなら、敵意を向けてくる相手を黙らせる手段として、これほど簡単な事は無い。


 力を見せてはいけないのなら、どうしたらいいのか。


 これが悩ましい問題なのは、目の前の光景を見ていると、俺の中で現実味のある手段の境界線が次第に薄くなる。


「もう1つだけ教えて欲しい事があります。俺達を目の敵にする理由です」


 鹿嶋先生は遠くを見ると口を尖らせて考えている。


「それは……、まあいいかな~。

 相山君を信頼して話しましょう。この高校が名門と呼ばれているのは知っているよね。それを一番矜持としているのは先生の方なのよ。

 そんな名門に紛れ込んだ異分子がこのクラス。立ち上げられたのは突然だったのよ。相山君が中学を卒業するのは、このタイミングしかなかったからね~。


 そんな突然立ち上げられたクラスの生徒、その殆どはまともに試験を受けていないし、素性もはっきりとしていない。何よりもクラスの教室は特別棟にある。


 この特別棟はね、高校創設時の校舎に使われていた建物なの。今は使われていないけど、象徴として、素晴らしき歴史として、大切に保存されていたの」


「そんな誇りの代名詞になっている特別棟に、俺達は隔離されたわけですね」


「隔離と言われても反論できないのが辛いところだね~。でも隔離しているのは他の生徒の方だけどね。

 このクラスで何かが起こった時、私達では止められない。

 だから生徒と職員の安全を考慮して、このクラスから少しでも離れた場所にいてもらっている。このクラスを知っている先生達はそんな解釈よ。

 

 それにね、世界は彼らが理解できる程に小さくはないからね。

 困った事にそれを知らない先生達が憤ったんだよ~。

 

 それに対して、事情を知る先生達が騒動を止めに入ったんだけど、どうしてもその熱量を下げる事はできなかった。

 そんな時に収まらない騒動を見かねた校長が、先生達を前にしてこう言ったの」


『もう決まっている。変える事は出来ない。だから、このクラスが不必要な特別扱いを受けていると思うのなら、世間知らずの無能という烙印を押してやればいい。

 ここは学校である。勝敗を付ける方法などはいくらでもある。中間テストまでは期間がありすぎる。だからオリエンテーションとして競技大会を開こうではないか。

 もし、それでも納得を出来ないと言うのなら、彼らに対する君達の全ての行いに目を瞑ろう。ここまで校長である私が譲歩したんだ。君達はどうする?』


「これがオリエンテーションの開かれた理由であり、相山君達が目の敵にされている理由なの。悪いんだけど、言うことを聞かない先生達に付き合ってくれないかな」


 俺にそう頼んだ鹿嶋先生の笑顔には、少し影が差しているように思えた。

 

 ――――――――――――――― 


 今、オリエンテーションの開会式で俺達を睨んでいるのは、何も知らない人達だとすると、少し可愛らしく思えて来る。

 威圧感を誤魔化す言い訳を考えながら、退屈な開会式の挨拶を聞いているふりをする。


 そしてオリエンテーションが始まった。


 初めの競技は棒倒し。


 グラウンドには2本の円柱の棒が倒されている。長さは4メートルほどである。

棒の両端は形状が違う。片方は円柱の先が平らになっている一般的な棒倒しのそれであるが、もう片方の先には楕円形の膨らみがあり、その楕円を上に掲げるそうだ。その先端は2本とも色が異なり、赤と白で着色されている。

 

 参加人数は多く、俺と【能力者】の青年、【野条 常雪(のさし つねきよ)】以外の男は全員が参加する。


『棒倒し一試合目を始めます。1年1組と1年6組は集まってください』


 司会進行による召集のアナウンスを受けて、真っ先に飛び出したのは【ドワーフ】の【グルール】である。


「行って来る」


 グルールは俺にそう言うと、誰よりも早くグランドの中心に辿り着くと、赤色の棒の楕円形の部分を軽く持ち上げると、再びアナウンスが流れる。


『1年6組は白色の棒です。それと楕円の方は上にしてください』


 グルールはばつが悪そうに小さく頭を下げると、ゆっくりと自陣に置かれている白色の棒に向かった。

 

 棒倒しの参加者がそれぞれの棒の周囲に集まると、司会進行は声を上げる。


『遂に始まりましたオリエンテーションの1試合目、特別棟に潜む正体不明の謎のクラス、1年6組の実力はいかに。一方の1年1組はスポーツの特待生が集まっている優勝候補。オリエンテーションの命運を賭けた戦いを始まる。それでは両者、勝利を願いながら棒を立ててください』


 司会進行による謎の煽りで始まった棒倒しだが、俺は見るつもりはない。

 俺が見るべき場所はグラウンドの中心ではなく、クラスごとに設けられたクラス席こと観覧席だ。

 クラス席は1組から順にグランドを、ぐるっとその1周を囲むように配置されている。

 

 一方のグラウンドでは、クラスメイトが棒を立てている。グルールは身長が低いので周囲からは見えづらいが、他のクラスメイトに目配せをしてから、敵を睨み付けた。


 ―――――――――――――――

 

 棒倒しの結果は1年6組の『敗北』である。


 特に悔しい様子も見せない1年6組の面々がクラス席に戻って来る。

 俺の右横に座った【レプティリアン】の【ドリッドリン】が、腕を伸ばしながら話しかけて来る。


「大変だったぜ。けっこう疲れた。あいつら弱すぎんよ」


「お疲れさん。ゆっくりしておいてくれ」


「そうだな。見ていても仕方が無いし、役目が来たら起こしてくれ」


 ドリッドリンは腕を組んで目を閉じた。


 そして棒倒しがつつがなくは進み、結果は1位が1組、2位が3組、3位が1組となった。




1競技目終了時の点数

 【1組10点・2組6点・3組3点・4組0点・5組0点・6組0点】




 次は玉入れだ。


 この種目は全クラスが一斉に行うので、グランドに玉入れの籠が6本立てられていて、網の色がそれぞれ違う。籠の下には網と同じ色の玉が置かれている。

 クラスの配置は右から1組、2組、3組、6組、5組、4組の順番だ。


 参加者は6人、【植物種】の【マーガレット】が着ている体操着は、サイズが合っていないのか体にピッタリと張り付いていて、その豊満なシルエットをハッキリと見せている。

 【蜘蛛種】の【テラーニャ・アルシオン】は他の5人よりも1歩後ろに下がって籠を見上げている。

 【昔話】の登場人物で女性の【安長 姫香(やすなが ひめか)】は柔らかな微笑みで他のクラスに手を振っている。

 【霊能者】の【水引】はこんな時でも白装束を羽織っている。

 そして【普通の少女】の【大和 弥子(やまとやこ)】。

 最後の1人、【祝福】だと語る女性、【バースデイ】だ。


 今まで通り1年6組は睨まれがちではあるのだが、この6人に向けられるもの関しては多少ばかりその鋭さは柔らかい。

 

 その理由は馬鹿らしいほどに単純である。

 彼女達は可愛らしく、美しく、そして妖艶である。高校生では出せない大人の魅力が溢れているからだ。

 柔らかくなった視線の殆どは、男子生徒からのものである。


 俺は男の愚かさに苦笑いを浮かべながら、目を見開いてマーガレットの体を凝視している。


「どうしたの? 怖い顔になっているよ」


 左横に座る【人造人間】の【フューレ】に顔を覗き込まれた俺は、何事も無かったかのように視線を先に向ける。


「そう見えたのなら直さないとな。俺はクラス席を見ていただけなんだからな」


「ふーん。それにしてもマーガレットさんはスタイルいいよね」


「まったくだ」


 俺は条件反射で即答をしてしまった。咄嗟にフューレを見ると、眉間にしわを寄せて目を細め俺を見ている。


「クラス席を見ていたんじゃないの?」


「目に入るものは仕方が無い」


 フューレは眉間のしわを解くが目は細めている。その表情に色気を感じてしまう。


「そっか。もし僕が彼女のようなスタイルだったら相山君を落とせるのかな」


「どうだろうな」


 体を寄せてくるフューレから距離を取ろうとすると、フューレは小さく笑った。


「フフッ、なんてね。引き続きよろしくね」


「あ、ああ。任せてくれ」


 俺が再び1組から5組のクラス席の方を見ると、司会進行がアナウンスを行った。


『オリエンテーションも2競技目、玉入れ。籠と同じ色の玉を入れれば得点だ。  

 他の色の玉を入れても得点にはならないから、投げる前には注意してくれ。それでは早速始めよう。スタートだ!』


 司会進行の合図と共に笛の音が鳴った。


 玉入れが始まるとすぐに、俺は愕然とした。


「まさかここまで直接的な手を使って来るとはな」


 俺が見たものは、6組の左右の3組と5組の行動である。その2クラスは6組の籠に向けて玉を投げているのだ。


 確かに自分のクラスの玉以外が籠に入っていても点数にはならない。だから6組が玉を入れる前に籠の中を埋めてしまえ、という作戦だと思われる。もう少し何か恰好の良い妨害をしてくれは思うが、有効な手ではある。


 だけど、この手には欠点がある。

 それは6組の玉が籠に入ることを前提としている点だ。


 次から次へと籠に投げ込まれていく1組と3組の玉の中に、6組の玉は殆ど無い。

 

 問題は安長、水引、バースデイの3人である。彼女達の投げる玉は、1つとして籠に入る様子が無い。むしろ届いていない。

 

 マーガレットは誰かの玉に当たると、なまめかしく倒れ込んで色気を振りまいている。完全にふざけている。


 テラーニャに関してはあまりにも普通である。全く届く様子が無い。


 意外だったのは大和だ。まるで機械のように淡々と投げる玉は、1つとして籠から外れてはいない。妨害が無いかのように、着実に同じペースで点数を稼いでいる。


 そんな時、俺は目を疑う光景を見た。


 大和の好調な姿を見た1組の女生徒が、大和に向かって玉を投げたのだ。


 だけど大和はその玉を一瞥もせずに右手で掴むと、流れるようにして女生徒の顔に命中させた。

 何が起こったのか理解出来ていない女生徒は後ろに倒れ込むと、ぼんやりと大和を見ていた。

 

 普通の少女の設定はどこに行ったんだ。


 そして終了を知らせる笛が鳴った。


 結果は1位が1組、2位が4組、3位が2組で、俺達のクラスは最下位である。

籠は一杯になったのだが、殆どは1組と3組の玉であった。

 やはりと言うか、その件に関して誰も何も触れない。ただ黙々と勝者に点が加算されただけだ。


 俺達のクラスが1点も取れないまま、午前最後の種目である玉転がしが始まる。


2競技目終了時の点数

 【1組20点・2組9点・3組3点・4組6点・5組0点・6組0点】

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