第3話 相山隆利の普通が崩壊する
入学式の翌日
オリエンテーションの準備日、その1時間目。
1年6組が勢揃いしている中、教卓に立つ鹿嶋先生を口を開く。
「それではオリエンテーションの内容を発表します」
鹿嶋先生は黒板に白いチョークで、丸く可愛らしい文字を縦に書いていく。
『競技大会』
そう書いた鹿嶋先生は、俺を見ると手招きをする。
「それでは相山君には委員長として最初の仕事をしてもらいます。競技に誰が出場するのかを決めてください。ちなみに競技はこちらになります」
改めてチョークを手に取った鹿嶋先生は、気の抜けるような文字で競技名を書いていく。1つ1つ明かされていく競技名を見た俺は、首を傾げてしまった。
【棒倒し】
【玉転がし】
【玉入れ】
【借り物競争】
【騎馬戦】
【リレー】
俺はこの一覧を見て、単純な感想を抱いた。
「競技大会と言うよりも運動会ですね。サッカーとか野球みたいな団体競技をするのかと思っていました」
「そうそう、私もそう思っていたんだけどね~。いや、そう考えていました」
最初に会った時の鹿嶋先生が少しだけ戻ったのだが、生徒の視線を受けて急激に修正した。
その時の焦った表情を見た俺は、つい笑いそうになり視線を逸らすと、クラスメイトが手を挙げているのが見えた。
「サマンサさん…、かな? どうしたんだ」
手を上げたのが【魔法使い】の少女、【サマンサ・サニー】である事に、俺は驚いた。何故なら俺の印象ではサマンサは前に出るのが苦手そうな少女だと感じたからだ。
そんなサマンサが率先して手を上げるとは何事かと身を乗り出すが、彼女の口から当たり前のことが飛び出した。
「何をするものか、分からない。教えて欲しい」
それもそうである。このクラスの大多数は、日本に住んでいないどころか、地球上にすら住んでいなかった人達なのだ。
「それでは今から知らない人に向けた、ルールの説明を始める」
俺は懇切丁寧に各種目のルール説明をする。しかし、説明をしている最中にすっかり失念していたことがある。それはクラスメイトが俺の思う、普通の人ではない事である。
【エルフ】の女の子である【エンリリィ・ラッセ】が手を上げて、
「僕は玉転がしに出場しますよ。反発の魔法をかけて、触れたもの全てを吹き飛ばしてやりますよ。僕は頼られるのが得意なのです。フフン」
と自信満々に言ったかと思うと、
次は対抗して男性の【ドワーフ】である【グルール・ウッチーリール】が、
「エルフに頼るだって? 喜劇でも始まるのか」とエンリリィに向かって鼻で笑う。2人はとても仲が悪いようだ。
そもそも魔法は存在するんだな。
俺がどうしたものかと困っていると、【レプティリアン】の青年、【ドリッドリン・ダーダーズール】が発言する。
「暴力で勝とうなんてつまらん発想だ。精神を支配する方がずっと意味がある」と何の助けにもならない事を言うと、
色々と放漫な女性である【植物種】の【マーガレット・チューベローズ】が、
「私もその意見に賛成ね。純粋無垢な人達、その蕾を開かせてあげるのは楽しそうだもの。まずは」
と俺に妖艶な視線を飛ばしてくる。
更に次から次へとため息をつきたくなる案が提案されるので、俺は鹿嶋先生を見る。
「ルールには超常的な介入について書かれていますか?」
「書かれていないね~。だけど、相山君はどう思う?」
聞かれなくても分かっている。クラスメイト達が言う通りの事をすればどのような事態になるかは、想像にたやすい。
俺は喧噪の中で声を張り上げる。
「アウトだアウト。お前達が言った事全て、許されるわけ無いだろ。そもそも、他のクラスは普通の人しかいないんだぞ。
お前達が力を使えば全員が逃げ出して、俺たちの不戦勝は確実だ。だけどその後の事を考えろよ」
すると常に目を閉じている女性【霊能者】の【水引 千早(みずひき ちはや)】が、
「委員長の言いたい事を理解したわ。表立ってするなと言っているのね。分かりました。今日中に全対戦相手に、呪いを飛ばして動けなくしてあげましょう」
とノートを取り出して何かの模様を描き始めた。
「呪術も駄目。競技に必要なのは品行方正な態度だ。
正々堂々と肉体だけを使って戦う。からめ手を使って勝利しても、それは誇れる勝利じゃない。明日行われるのはオリエンテーションだぞ。
相手を打ち負かすとかそういう戦いじゃないんだ。楽しく知らない者同士、親睦を深める為のイベントだ。分かったか」
俺の言葉にクラスメイトは納得したようで、「仕方ねえな」、「そういうことね」、「諦める」といった承諾の意思が口々に言っている。
勘弁してくれ。
クラスの中の声が消えたので、俺は鹿嶋先生に詳しいルールを聞く。
「ところで、各種目の参加人数を教えてください。早速、メンバーを決めたいと思います」
「わかりました。それでは人数、そして点数についても説明します」
鹿嶋先生が黒板に数を書きながら細かな説明を付け加えていく。
競技大会最終種目終了後、各種目で与えられた点数によって1位から6位まで決められる。
午前最初の種目である棒倒しは、参加人数が10人で勝ち上がり方式になる。
1回戦は1対1で戦うが、2回戦は1対1対1になり、この2回戦で順位が決まる。
普通の棒倒しのルールなら攻撃側と防御側にわかれて、指定時間内に倒されるか守り切るかで勝敗が決まるのだが、今回のルールは両者が棒を立てて倒された方が負けとなる。
その順位によって1位が10点、2位が6点、3位が3点を獲得する。
次の種目の玉入れの参加人数は6人だ。
全クラスが1列に並び競技を行う。
競技は1度だけ行われ、順位と点数は1位が10点、2位が6点、3位が3点
午前最終種目となる玉転がしだが、3クラスがそれぞれ3人ずつを参加して、3回試合を行う。
この種目は各試合の順位でポイントが与えられ、3試合後にその合計点が高い上位3クラスが競技大会での点数を得る。
ポイントは1位が10ポイント、2位が6ポイント、3位が5ポイントを獲得する。そのポイントの合計から与えられる競技大会の点数は、1位が10点、2位が6点 3位が3点である。
午後最初の種目である借り物競争は4試合を行い、各クラスが1人ずつ試合に出場する。つまり、4人が参加する。
競技大会の点数は、各レース1位が4点、2位が2点を与えられる。
5試合目の騎馬戦は1試合のみ。
各クラスから3チームが出場する。騎士が1人で馬が2人の構成になる。6クラス3チームなので、合計で18騎の馬がグランドに並ぶ。
騎士の全員が頭に鉢巻きをして、それを奪い合う。鉢巻きを取られれば退場だ。更に、鉢巻きを取られるまでに奪っていた鉢巻きは、自分の鉢巻きを取った相手の物となる。
競技大会の点数だが、制限時間内に奪った鉢巻きの数に2を掛けた点数が入る。
オリエンテーション最後の種目であるリレー走は、各クラス5人の走者が出場する。
第1走者から第5走者までバトンを繋いでいく。試合は1試合で、6クラスが同時に走り出し、順位が決まる。
競技大会の点数は、1位が20点、2位が10点、3位が5点を与えられる。
これがオリエンテーションで行われる6種目である。
説明を終えた鹿嶋先生は教卓から、生徒達を見る。
「このオリエンテーションでの順位は、今後の扱いや点数には関係ありませんが、賞状とトロフィーは出ます。校長は言いました。楽しく良い思い出に」
楽しくか……、校長も良い事をしてくれる。
生徒の中には運動が苦手な人もいるだろう。それでも、お互いの事を知らない状況で、競技大会という楽しむ方向が示されるとクラスがまとまりやすい。
今後、クラスメイト達はそれぞれが気の合う少数に枝分かれしていくだろうが、1度でも話した経験があるというのは、次の機会につなげやすい。
などと俺は1人で盛り上がっていたのだが、次の質問で一気に雲行きが怪しくなる。
「ちなみに今日は練習の日だと思うのですが、道具を使った練習をいつできますか?」
鹿嶋先生の表情が一気に強張る。
「それは出来ません」
「そうですか。道具は仕方が無いです。それではグラウンドはいつ使用できますか」
「それも無理です」
「グラウンドが使えない? 何故です? 上級生の授業が始まるからですか?」
「答えを引き延ばしても仕方がありませんね。グラウンドと道具の使用許可は、既に全ての時間で取られています」
鹿嶋先生が話した真実に、クラスが騒がしくなり始めた。ルールを知らない上に、練習もできないとなると一部の種目はぶっつけ本番に近い形になる。
しかも解せないのは、既に使用許可が全ての時間で取られているという部分だ。
声が激しさを伴い始めた教室で、俺はクラスメイトに向かって左手を差し出して制する。静かになった教室で俺は鹿嶋先生をしっかりと見据える。
「グラウンドと道具の使用許可は、どうすれば取れるものですか?」
「クラス委員長が担任に使用許可書の用紙を提出して、担任はそれを受理します。詳しく説明すると、担任は指定の時間に他の予定が入っていないかを確認して、入っていなければ判を押して校長に提出し、校長が判を押すと使用許可が下りるシステムとなっています」
「続けて聞きます。このオリエンテーションの内容の発表日は、どのクラスも今日ですか?」
「その通りです」
「それでは何故他のクラスはオリエンテーションの内容を知らないのに、予定が取れているのですか?」
「昨日の段階で使用許可書を出していたからです」
「偶然とは恐ろしいものですね。他のクラスは何の目的で使用許可書を出したのでしょうか。
まあいいでしょう。他のクラスや担任が、俺達の事をどう思っているのですか?」
「それは答えられません」
嘘でも好意的だと言ってくれれば気が楽だったのに、答えられないという事は敵対的だと言っているようなものだ。
生徒だけならまだしも、先生連中にもよく思われていないらしい。練習を意地でもさせないという強い意志を感じるこのやり方である。
どうやら俺が楽しくしたいと思っていても、相手はそうではないらしい。片思いの強さは次第に苛立ちへと変わっていく。
本当にバカバカしい。
「このオリエンテーションは勝ってもいいんですよね」
「勿論です。あなたの勝利を見せてください」
鹿嶋先生は口が滑りやすい人らしい。俺はそれについて悪い印象は無い。むしろ嘘が苦手な人は大好きだ。
だから俺は確信した。校長は楽しませようとしている訳ではない。俺が委員長として何をするのか、俺がこのクラスで何をするのかを見たいのだ。
何故なら鹿嶋先生はあなたの勝利だと言ったからだ。あなた達ではなくあなたと言った。
俺はこのクラスで何をすればいいのか。教卓に立ってクラスメイトを見渡したところで、答えが出るわけではない。
俺が今、すべきことは簡単だ。
静まり返った教室の、その教卓に俺は立つと全員を見渡すと、宣言をする。
「練習もできない。他の先生からは目を付けられている。ここにはルールすら知らない人がいるから、無様に、呆れさせるような敗北を喫するかもしれない。それは何故か。俺達が誰よりも劣るからではない。疎まれているからだ。
俺達が戦うのは同級生であり、教師が持つべき正義を忘れた愚かな教師である。だから競技大会に勝つのは愚かな教師や同級生ではない。俺達であらねばならない。
ここまでお膳立てをされて、勝たない訳にはいかない。正気を失った教師に自分の立場を分からせなければならない。
だから俺達は競技大会で勝つ。
喧嘩を吹っ掛けた相手が何者であるのかを分からせなくてはならない。
だから俺達は学校に勝つ。
その為に、作戦会議を始めよう。誰がどの競技に出るのかを決めようじゃないか。
さあ、まずは体力測定を始めよう」
グラウンドが使えなくても、俺達がいるのは特別棟だ。他の生徒はここまで来ない。
だから俺達は特別棟裏で体力測定をする事となった。そして俺はクラスメイトの力を低く見積もりすぎいた事実を思い知らされた。
純粋な基礎体力の差があるだけではなかった。俺はこの時、魔法を、科学を、異能を、超常現象を、そして世界を見た。
おそらくは能力の全て見せた者は誰1人としていないだろう。
現に数人は俺が普通だと思っていたもの以上は見せていない。
そして改めて感じた。
俺は覚悟を決めなければならないと。
そして先程したばかりの宣言を、撤回しなければならないと。
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