渋谷

 明けて正月2日。

 この日は、上杉先輩からの連絡も、何事もなく静かな1日を過ごすことができた。

 ベッドに寝そべって、漫画読んだり、スマホいじったり、昼寝したり。

 一生こんな日が続けば良いのに。


 そんな平和な日が終わり、さらに明けて3日。

 今日は上杉先輩に呼び出されていて、渋谷まで出向かないといけない。

 ゆっくり寝ていたいのだが、仕方ないので少々早めに朝起き上がって、朝食を食べにダイニングへ。

 すると妹の美咲がおせちの残りを食べていた。

 僕に気がつくと妹は話しかけてきた。

「あ、お兄ちゃん、おはよう」


 僕は挨拶を返す。

「おはよう」


「お兄ちゃん、さっさとご飯食べて出かけるよ」


「え? どこに?」


「どこにって、渋谷に決まってるじゃん?!」


「は? お前も行くの?」


「そうだよ」


「聞いてないんだけど?」


「そう? まあ良いじゃん」


「まあ、良いけどな…」


 おそらく、妹の荷物も持たされることになるのだろう。

 しょうがないな…。


 妹は続ける。

「私の友達も行くからね」


「えっ?!」

 その子たちの荷物も持たされるのか?!


「何人で行くんだよ?」


「紗夜さんと、私と友達の3人だよ。あ、お兄ちゃん入れると4人か」


 ということは、3人分の荷物持ちか…、やれやれ。


 そんなわけで、僕も朝食のおせちを軽く食べると、準備をして妹と一緒に出発した。

 雑司が谷駅からメトロに乗って渋谷まで、だいたい15分前後で到着。

 相変わらず、渋谷の人出は多い。

 人をかき分けて地下通路を歩き、地上に出て待ち合わせ場所であるハチ公前まで。


 ハチ公前は、待ち合わせの人、ハチ公を写真に納めようとする観光客でいっぱいだ。

 そこで、僕と妹はしばらく待っていると、上杉先輩がやってきた。


「おはよう、武田兄妹。ちゃんと来てるね」


「「おはようございます」」


 そして、背後から聞きなれない声で挨拶された。


「美咲ちん、おはよー」


 振り返ると、どこかで見覚えのある女子が立っていた。

 ショートカットでボーイッシュな雰囲気。


 はて、どこで見たんだろうか。

 僕は、記憶を辿るが思い出せなかった。


「のぞみん、おはよー」

 妹が元気よく挨拶を返した。


 のぞみんと呼ばれる女子は上杉先輩に挨拶をする

「あっ、上杉さんですね、初めましてー。前田のぞみと言いますー。今日はよろしくお願いしますーっ!!」


 前田さんと言うのか…。どこで会ったんだっけ?


「こちらそこそよろしくね」

 上杉先輩は、にこやかに挨拶を返した。


 そして、前田さんは僕にも挨拶をする。

「お兄さんも、こんにちはー」


「こんにちは…。会ったことあるよね? どこで会ったんだっけ?」

 僕は挨拶のついでに尋ねた。


「ええー、覚えてないんですかー? 学園祭のメイドカフェに行ったんですよー」


 ああ、そういえば、学園祭の占いメイドカフェに妹が友達を3人連れて来ていたな。僕の事を、笑うか、落胆するか、ディスったうちの1人か。

 なんとなくしか覚えていなかったが。

「そうだったね。こちらこそよろしく」


 それぞれ挨拶を終えると、女子たちのショッピングの目的の場所へ向かう。

 そこは渋谷のマルキュー。


 年始の数日間は福袋を売っているのと言うので、それが目当てらしい。

 マルキューの中は人出でいっぱい。女子向け店ばかりなので、お客は女子ばっかり。

 上杉先輩一行は、人混みをかき分けつつ移動する。

 洋服店とかアクセサリー店とか、事前に立ち寄る目的のショップを決めていたらしく、さほど迷うことなく福袋を次々と購入する。

 買った福袋は漏れなく、荷物持ちである僕に手渡される。


 5店舗ほど回って、今日の目的は完了したらしい。

 結果、僕は5店舗×3人分=15個の福袋を担いでいる。


 僕らは、マルキューを後にすると、どこかで昼食を食べようと言うことになった。

 近くの適当なパスタ店に入る。しかし、ここは渋谷、人が多い上に昼食時だったので、結構待たされてからテーブルに案内された。


 上杉先輩、前田さん、妹は食事を取りながら世間話をしている。僕はその横で彼女たちの世間話を聞きながらパスタを食べている。

 すると、唐突に前田さんが話しかけてきた。

「お兄さんって、卓球やってるんですかー? 私も卓球部なんですー!」


 突然、話しかけられたのと、質問の内容に困惑しながら答えた。

「え? いや…、やってないよ」


「ええー? 美咲ちんから、やってるって聞きましたよー?」


「えっ?!」

 卓球は、上杉先輩の命令で、確かに12月に少しやらされていた、そのことは妹には言ってないはずだか?

 僕は、妹に確認する。

「美咲、僕が卓球やってるって、誰に聞いたんだよ?」


「えっ、紗夜さんだよ」


 そうか、そのルートで情報が流れたのか。


 上杉先輩が会話に割り込んで来た。

「キミは天才卓球少年なんだよね!」


「えー! すごーい」

 前田さんが、目を輝かせながら驚きの声を上げた。


「はあ?!」

 僕は、そんなこと言われたことないので、当然否定する。

「天才なんて言われたことないですよ!」


「じゃあ、秀才」

 上杉先輩は適当に訂正する。


「どっちでも、すごーい!」

 前田さんは驚く。


「いやいやいやいや、天才でも秀才でもないよ。そもそも、卓球自体ほとんどやったことないし」


「そう? 島津先生が、見込みがあるって言ってたよ」

 上杉先輩はそう言う。本当に、そんなことを島津先生が言ったのか、上杉先輩の創作かはまったくもって不明である。

 いや、他の人からも同じような事を言われたことがあったっけ?


「島津先生って、昔、全国大会で上位常連だった、島津綾香さんですよねー?!」

 前田さんがさらに目を輝かせて尋ねた。

「私の憧れですー」


 そういえば、島津先生は全国大会常連だったとか。これは、卓球部の部長・羽柴先輩だったかに聞いたことがある。


 前田さんは引き続き目を輝かせながら僕に言う。

「あの島津さんが言うなら間違いないですよー」


「いや、卓球、やったことないって」


「でも」

 妹がいつになく真顔で口を挟んだ。

「お兄ちゃんって、スポーツは何でもそれなりにできるよね?」


「いや、スポーツと言っても、僕がやるのは体育の授業でやるやつぐらいだろ。あんなの誰でも出来るよ」


「誰でもできないよ!」

 上杉先輩が怒り顔で文句を言ってきた。

 そうか、上杉先輩はスポーツが苦手なんだっけ?

 歴史研の女子はみんな運動神経が今ひとつなのを思い出した。


「スポーツ万能なんですねー!」

 前田さんは引き続き目を輝かせて僕を見つめる。


「違うよ、お兄ちゃんは、ある程度までしかできないから万能というほどじゃないよ」

 妹が否定する。

「そういうのなんて言うんだっけ…?」


 妹の疑問に上杉先輩が答える。

「器用貧乏。武田君って、貧乏ってワードがなんか似合ってるよね」


 やかましい。


 食事も終わったので、卓球話もほどほどに僕らは渋谷から移動することになった。


 僕は福袋を15個持って女子たちの後をついて行く。人混みを避けながらなので、ともかく歩きにくい。

 この後、女子たちは、武田邸の妹の部屋で買った福袋の中身を全部展開して、欲しいもの物々交換をするんだそうな。


 という訳で、雑司が谷駅に到着。ここは人が少ないので、ホッとするな。

 上杉先輩一行は地下鉄を降りて、僕の家に向かった。

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