お宅訪問

 水曜日。

 雪乃が『空けておいて』と言った日の放課後。


 勉強道具を片付けて鞄にしまっているところに、雪乃が声を掛けてきた。

「じゃあ、行こ」

 僕の腕をつかむ。


「どこ行くの?」


「いいから、いいから」


「今日は演劇部は?」


「無いよ」

 雪乃はそう言って僕の腕を引っ張って教室を出た。


 連れてこられたのは、メトロの雑司が谷駅。

 そして、地下鉄に乗り込んで一駅。西早稲田駅に到着した。

 駅を降りて、徒歩数分のマンションまでやって来た。


 これは、もしかして…。


 エレベーターで昇り、ある部屋に招かれた。

 扉の横のネームプレートに『織田』の文字。

 雪乃の家だ。


「いらっしゃーい」

 雪乃は、そう言って僕の背中を押して、中に入れる。

 

「お、お、お邪魔します」

 まさか雪乃の家に来ることになるとは思わず、動揺しながら玄関で靴を脱いでいると、奥から織田さんの母親が出て来た。


「あら、いらっしゃい」

 母親は笑顔で挨拶をしてきた。


「お、お邪魔します」

 緊張するなあ。


「また違う男の子なのね」

 母親は笑いながら、意地悪そうに雪乃に言った。


「ママ! 余計なこと言わなくていいから!」

 雪乃は母親を奥へ押し戻して行く。


 そして、奥のほうから、男の子がじっと覗いていた。

 そう言えば、小6の弟が居ると言ってたな。あの子がそうなのだろう。


 僕は雪乃の部屋に招かれる。

 綺麗に片付いている部屋の家具やカーテンは淡いピンク色で統一されていた。

 これが、女子の部屋か! うーん、異世界。

 僕は、実は、妹以外の女子の部屋に入るのは初めてだった。

 ちょっと感動。


「その辺に座って」

 雪乃はローテーブルの脇の黄色の座布団を指さした。


 僕は指示通りに座る。

「まさか家に招かれるとは思ってなかったよ」

 そして、家族が居てよかった。

 2人きりだったら雪乃が迫ってくる可能性が高かっただろう。

 さすがに、家族がすぐそばに居るところで、僕に迫ってきたりはしないと思うが…。


「じゃあ、やりましょう」

 雪乃は突然言う。


「えっ!?」

 ヤるって!?

 僕は呆然としてしまった。


「この前、『今後、勉強教えてくれる』って言ったでしょ?」


 ああ、勉強をやるのか。

「も、もちろんいいよ。教科は?」


「今日の数学。さっぱり、わからなくて」


 織田さん、勉強しようと言って来るとは、意外に真面目だな。

 少し勉強していると、雪乃の母親がお茶菓子を持って部屋に入ってきた。

 テーブルにそれらを置くと、話しかけてきた。


「今度の彼氏は真面目そうね」

 母親は僕の顔をマジマジと見てそう言った。


「真面目だよ。頭も良いし、学年9位だよ! だから勉強を教えてもらってる」


「雪乃。今まで勉強なんかしなかったのに、彼氏の影響かしら」


「ママ! いいよ、余計なことは!」


「あなた、お名前は?」

 母親は僕に尋ねた。


「武田純也です」


「武田さん。今後も雪乃をよろしくね」


「は、はい…」


 親に紹介されるとか、外堀を着実に埋められていてそうで、なんか嫌だな。

 僕は、まだ(仮)の彼氏のはずだが…。


 そんなこんなで、数学の勉強は、きりの良いところで終えた。

 今日は雪乃が学園祭で出演した『オセロ』と映研のショートムービーを観ようということになった。

 そんなわけで、雪乃の持っていたノートパソコンでYouTubeを開き、映像を鑑賞する。

 これらも映研が編集したらしく、作りがちゃんとしていた。


 鑑賞終了。

 『オセロ』ってシェークスピアだったのか。雪乃が教えてくれた。

 映研のショートムービーはオリジナルのミステリー。

 学園祭では、自分の舞台の出番があったので、最初の5分だけ見たのみだったが、今回は最後まで。結構面白かった。


「このショートムービーの台本も執筆部の人が書いたの?」


「そうよ。1年C組の森さん。冬公演の台本も書いてもらったよ」


 森さんね。

 まあ、執筆部も演劇部も関与していないので、僕と接点が出来ることもないだろう。


 舞台映像の鑑賞が終わって、良い時間になったので、僕は帰宅することに。

 今日は雪乃とキスしたりすることもなく終わった。

 そして、雪乃は西早稲田駅まで見送ってくれた。


 僕はホームのベンチに座って、それにしても西早稲田に来るの久しぶりだった、などと考えなから駅名標を見る。


 ≪F11 西早稲田≫


 ん? 駅名標、なにか頭に引っ掛かるな…。

 しかし、それが何か思い浮かばなかった。


 地下鉄が来たので、僕は考えるのを止めて乗り込んだ。

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