第11話 男と生まれたからには一生のうち一度は夢見る女子の手作り弁当
あかりの夜這いもとい朝這い事件を涼華の助けによって逃れた俺は、そそくさと身支度をして家をでた。
朝から心臓に悪いやつだ。とはいえ俺も無防備だった。昨日久遠さんという協力者を得たことで少し気が緩んでいたのかもしれない。
ツンデレのツの字もありはしない今のあかりに対して草食系を演じ続けるのは危険かもな。身の振り方を考えよう。
あかりの話に適当に相槌を打ちながら校門を抜け、下駄箱までくる。
さっさと教室に避難しよう。
あかりは朝、俺の教室まで追ってくることはない。自分の席に座れば落ち着けるはず……そういえば、俺嫌がらせされてるんだった。
「あ」
「ん? あ」
靴を脱いで廊下に上がると、すぐ近くで久遠さんとエンカウント。
互いに靴を持ったまま硬直する。
なんて声をかければいいんだ。というか声をかけていいのか。いやまずいだろう。あかりの前では他人のふりをするのが賢明だ。
久遠さんもそう判断したらしく、すぐに俺から視線を外すとあかりに笑いかける。
「おはよーあかり! 今日ちょっと遅くない?」
「清太、早くしないとホームルーム始まるわよ」
「あ、うん」
シカトってこのレベル!?
もはやイジメの領域なんですけど。
俺は戦慄する。
あかりはまるで久遠さんという人間が世界に存在していないかのような振る舞いで、視線すら向けようとしない。
「…………」
久遠さんは軽快に手をあげたままの姿勢で固まっている。まるで石像だ。
あかりに急かされて上履きを履くと、俺は久遠さんの横を通り過ぎる。
すれ違い様にこの世の全ての悪意を濃縮したような目で睨まれた。
俺のせいなの?
これで協力関係解消とかならないよな。不安だ。
あかりと別れて教室に入る。
するとクラスメイトたちの視線が一気に俺に注がれる。
こんなに人に注目されたのは生まれて初めてだ。やれやれ有名人は辛いよ。
俺は気にしない素振りで自分の席まで向かうと、とんでもないモノを目の当たりにする。
「おいおい……」
机の真ん中に花瓶が置かれていた。
生けてあるのはそれはそれは生々とした赤い薔薇。
ここまでくるとむしろ清々しくすら感じる。
近所の花屋で買ってきただろう立派な薔薇だから、捨てるのももったいない。
嫌がらせなのかプレゼントなのか分からない曖昧なライン攻めてくるのやめてくれませんかね。反応に困ります。
クラスの奴らは困惑する俺を見てクスクスと笑っている。
特に女子連中。
ご満悦か。顔を赤くするほど面白いか。そんなだから彼氏に振られるんだぞ鈴木さん……!
机の落書きも健在だ。
消した分が加筆されているが、それ以上の害はない。
昨日は本当に焦らされた。久々だよ、ここまでコケにされたのは。
しかし俺は痛みを糧に成長する系幼馴染だ。あかり関係ないけど。
俺はニヤニヤとこちらを見てくる有象無象を横目に、鞄から究極のアイテムを取り出す。
その後、俺は何事もなく授業を乗り切って昼休みになる。
休み時間が始まるのとほぼ同時にあかりが教室にやってくると、俺の机を見てポカンとする。
「……何これ」
あかりがあっけに取られた顔を見せるのは珍しい。
まあ無理もない。
俺の机にはホワイトテイストのテーブルクロスと、それを彩るように薔薇を添えた花瓶が置かれているんだから。
「なにって、これからランチの時間だろ? なにもおかしいことはない」
「フレンチでも運ばれてくるわけ?」
そんなわけあるか。
いちいち教科書を広げて落書きを隠すのも面倒だから、昨日買い物のついでにテーブルクロスを買っておいたんだ。
効果は絶大。R指定がかかりそうな俺の机も、今ではちょっぴりオシャレな個性溢れるデザインに変わった。
これには先生も困惑。
イタリア文化に興味があり、留学も視野に入れていると言い訳したら長考の末に首を縦に振ってくれた。今年の通知表が気になりすぎて不眠症になりそう。
「それで、なんの用かな。俺は今から午後ティーを嗜みながらパーネを食するんだけど」
「急にかぶれてるわね……。いや、違うわ! お弁当を作ってきたの、よかったら屋上で食べましょ!」
「お弁当!?」
俺は驚いて立ち上がり、ギャラリーもざわつく。
「あかりが弁当? 手作りの?」
「ええ、そうよ」
そんな、もうそこまでの次元にまで至っていたというのか……。
早い。あまりに早すぎる。
この女は最短ルートで俺を攻略するつもりだ。距離の詰め方が尋常じゃない。
く、悔しい。でも女の子の手作り弁当なんて男の憧れ、嬉しくないわけないんだなあこれがッ!!
俺が返答に困っていると、あかりが不安そうな顔で聞いてくる。
「もしかして私の弁当は嫌だった……?」
「まさか、おいしく頂かせてもらいます!」
断ったら何されるかわからないしな!
あかりと恋人状態なのは不本意だけど、仕返しとしてクラスメイトどもに勝ち誇った笑みを向けてやる。
男子が血の涙を流しながら睨んでくるが、全く痛くない。無様な奴らだ。
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