第12話 毒も喰らう、栄養も喰らう

 屋上にやってきた俺は、あかりと一緒にベンチに座る。

 あかりの膝の上には二つの弁当箱。

 そのうちの一回りほど大きい方を手渡される。


「はい、これ清太の分よ」


「ありがとう」


 手に持った弁当箱を見つめる。

 少し不安だ。

 幼馴染の手料理はゲテモノと相場が決まっている。

 いままであかりの料理を食べたことがないから、味の保証はない。


「どうしたの? 早く開けなさいよ」


「……うん」


 意を決して弁当箱を開く。

 弁当の中身は見るからにヤバい劇物が入っているわけでも、禍々しいオーラを発しているわけでもなく。

 大きめのハンバーグに唐揚げ、ソーセージ等々。いかにも男子が好きそうなおかずの数々がこれでもかと敷き詰められていた。


「うわあ、美味しそう!」


「清太が好きなものだけを入れてるからね。二段目には白米じゃなくてナポリタンが入ってるわ」


「本当に!?」


 流石に小さい頃から一緒にいるだけある。

 母さんが運動会とかで作ってきた弁当の内容を覚えていたようだ。

 どれも俺が美味しいと太鼓判を押した一品だった。


「さ、食べましょ」


「いただきます!」


 すっかり味の不安が消え失せた俺は、躊躇いもなくハンバーグを口に運ぶ。

 冷えているけど肉厚で、冷凍では再現できない食感がある。これは本当にあかりの手作りなのだと一口でわかった。


「うまい!」


「そう? ありがと」


 正直舐めてた。

 女子高生の手作り弁当なんて、昨日の晩ご飯の残りとか冷凍食品のオンパレードだろうと。

 あかりは今日この日、俺のために作ったんだろう。いったい何時から起きて料理を始めたのか、つい思いを馳せてしまう。


「味も塩加減が絶妙ですごく食べやすいよ」


 俺が素直に褒めると、あかりは嬉しそうにはにかむ。


「本当? 隠し味のおかげかしら」


「なにを入れたの?」


「…………」


「なんで黙るの?」


 え、なんで教えてくれないの?

 俺は箸を止めてあかりを見つめる。

 対してあかりは無表情で黙々と弁当を食べていて、俺の話なんて聞いていない様子だった。


「あ、そうだ! デザートもあるからね」


「話題逸らした? 隠し味ってなに?」


「ほら、清太ショートケーキ好きでしょ? じゃーん、今日はなんと私の手作りケーキを持ってきたのよ!」


「マジで!? うわー美味しそう!」


「調理室の冷蔵庫を借りて保存してたから、溶けたりもしてないわ」


 あかりが見せてくるケーキ箱の中には、切り分けられたショートケーキが二つ入っていた。

 しかも俺の好みに合わせて苺が少なめだ。俺が生クリームを楽しみたい人間だっていうのをしっかりわかっている。


「こんなに手が込んだ昼食を食べるのは初めてだよ。ありがとうあかり!」


「どういたしまして!」


 あれ、俺さっき何か考えてなかったっけ。

 ……まあいっか。






 弁当とデザートを完食した俺は、一息つきながらあかりと談笑に耽る。

 幼馴染の手作り弁当。悪くないな。

 逆に作り込みが凄すぎて、タダでいただくことが申し訳なくなるくらいだ。

 毎日持ってくるわけじゃないと思いたい。


「そしたらその子がね!」


「へえ」


 談笑といっても俺があかりの話を聞いて反応を挟むだけだ。

 あかりはとにかく喋る。昔からおしゃべりが大好きなんだ。

 物心ついた頃から俺は聞き役だったから、苦痛にも感じない。

 もうすぐ昼休みも終わる。

 話に夢中になっているあかりは時間なんて気にしてないだろうから、そろそろこっちから切り上げなくてはいけない。

 タイミングを見計らっていると、俺のポケットのスマホが振動する。俺は急いで取り出して、待ち侘びていた名前を確認する。


「ごめん、あかり。涼華からだ」


 あかりに断りを入れてベンチを離れて電話に出る。


「昼に電話なんて珍しいな。どうした涼華」


『定時連絡を開始します』


「あーそうなんだ。それで?」


『報告。人材Aを確保。ポイントαへの集合を求む』


「ずいぶん早いな。昨日買ったばっかなのに。うんわかった。牛乳ね。買って帰るよ」


『終了』


 電話が切れる。

 俺が昼休みにあかりと行動を共にしている間に、久遠さんにはめぼしい人材を探してもらっていた。

 そして昼の成果を涼華を通して俺に報告してきたわけだ。

 朝のことが気がかりだったけど、しっかり働いてくれたようで安心した。


 チラリとあかりを見ると、あかりも誰かと電話をしている最中のようだった。

 十分に距離をとっているし流石に涼華の声までは聞こえていないだろう。


 俺は素知らぬ顔であかりの下に戻る。

 あかりもそのタイミングで電話を切って、こちらに駆け寄ってくる。


「そろそろ昼休みも終わるし、教室に戻ろうか」


「うん」


「放課後はどうする? 一緒に帰る?」


「あー……ごめん、ちょっとまた先輩に呼ばれてて。今日は先に帰ってて」


「あ、うん。わかった」


 なんだ。

 一旦家に帰ってから目的地に移動しようと計画を練っていたから、ちょっと肩透かしをくらった気分だ。

 でもまあ、あかりの側に用事があるなら心置きなく行動できる。運が良かったと思おう。

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