第3話 思ってた状況と違う
俺はジャンルを問わずアニメと漫画が大好きだ。
学園ラブコメ、バトル、ギャグ、スポコン、日常、なんでもござれ。
しかしそんな数あるジャンルの中でも特に好むものがある。
それが『曇らせ』だ。
作品の中で主人公やヒロインが理不尽な悲劇を目の当たりにして苦しむ様を見ると、なんていうか、その……興奮する。
普段は強気なキャラが挫折を経験して荒む様は芸術にすら感じるほどだ。
その高慢な態度が、屈託のない笑顔が、悲痛に歪む様を見たい!
とはいえ『曇らせ』は物語の単なるスパイスであって、俺はハッピーエンドしか認めない派だ。
そんなわけで、俺に告白詐欺を仕出かそうと意気込んでいるあかりさんには絶望を経験してもらおうと思います。
ちょうど誕生日も近いし、今年のプレゼントだと思って受け取ってください。
プランはこうだ。
『その、私アンタのことが好きなの!』
『本当!? 嬉しいやったー!』
『罰ゲームに決まってるでしょこのたわけ! 身の程を弁えなさい!』
『……は? なにそれ』
『え?』
『あかりは口悪いし暴力も振るうけど、俺は今まで幼馴染だから耐えてきた。でもこれは流石にナイでしょ。ほんと最低だよ』
『え、いや……』
『そんなに俺が嫌いならもう関わってこないでくれる? 連絡先も消すからさ。じゃあね、早乙女さん』
『待って、待ってよ清太! 謝るから! ごめんなさい――』
素晴らしい。
完璧なプランだ。
もちろんアフターケアは綿密にやらなければいけない。
壊したものは直さなくちゃ、また遊べないからね(狂人並感)
放課後、俺はしっかり屋上に足を運ぶ。
扉を開けるとまだあかりは不在だった。ギャラリーもいるし、後から来た方が都合がいいんだろう。
暇だからフェンス越しに野球部の試合を眺めていると、背後から扉の開く音が聞こえる。
「いるわね」
「……うん」
振り返ってあかりと向き合う。
夕空も相まってドラマのワンシーンにも見えなくない。知ってるか、これから罰ゲームが始まるんだぜ?
「それで、どうしてこんなところに?」
俺が切り出す。
はよくれ告白の言葉。
緊張もクソもあったものじゃない。
しかしあかりは俺とは違うようで、いつまで経っても口を開かない。
顔を赤くして目を逸らしている。
まああかりからすれば好きな人への告白なわけで。
俺だって満更じゃないけど、罰ゲームって知ってるしな……。
「……その」
「その?」
ようやく口を開いたあかり。
そうだ、言え! 言ってしまえ!
観念しろ早乙女あかり。
今まで菩薩の心で受け止めてきたとはいえ、お前のこれまでの所業を振り返ればカウンターの一発や二発はもらっても仕方がないんだ。
「わ、私……ね」
いまだかつて見たことがない勢いでツインテールをこねくり回すあかり。
くそ! 触りたい……。
あのもふもふに顔を埋めてスーハースーハーしたい……!
「私、アンタのことが――好きなの!」
「あ、うん」
「え?」
やべ、ツインテールに意識持っていかれてた。
俺は慌ててあかりが大好きな陰キャムーブを見せる。
「え、あ、ええ!? ご、ごめん……。一瞬理解できなかった」
「はあ!? どうしてよ!」
「だ、だって。あかりが俺に告白なんて……信じられなくて」
「それ、どういう意味?」
訝しげに聞いてくるあかり。
俺は照れた素振りで頬を指でかく。
「その、嬉しかったから」
「……ふーん」
なぜか身震いして俯くあかり。
なんだ溜め攻撃か? スーパーアーマー付いてそう。
無意識に身構えてしまう。いつ襲われてもおかしくない緊張感が走る。
俺は本当に告白されたのか? 思い返すと殺害予告だった気がしてきた。
「あの、あかりさん?」
少しだけ距離をとって声をかけてみる。
早く罰ゲームでしたと言ってくれ。これでは生殺しだ。
耳を澄ますとあかりが何かをブツブツと言っているのがわかる。聞き取ることはできない。呪詛?
気味が悪いからしばらく放置していると、あかりが唐突にバッと顔を上げる。
顔に満面の笑みを貼り付けて。え、こわ。
「――――じゃあ、私たちこれから恋人ね!」
「……はい?」
思考がフリーズする。
なにが起きた。誰か説明してくれ!
もしかしてまだ罰ゲームとは明かせないのか?
しばらく恋人ごっこをしてからその気になっていた俺を笑うつもりとか?
それだとかなりハードな罰ゲームだな。本当に嫌いな男子相手だったら、あかりの友達がやめてもいいと言っていた理由にも納得できる。
「んふふー」
「え、ちょ!」
急に俺に抱きついて腕を腰に回してくるあかり。
顔が近え! 腰が痛え! なんつー力だこの女! やっぱりスーパーアーマー持ちのホールドキャラか!
「あ、あかり! 胸が当たってるよ!」
「当ててんのよ」
逞しいにも程がある。
あかりのお父さんお母さん、俺はどこかで教育を間違えてしまったようです。
恋人ごっこにしてはサービス精神旺盛ですね。おじさんあかりの将来がちょっぴり不安だよ。
「ねえ、このあと暇よね?」
「え、うん……」
「じゃあデートしましょ!」
「今から!?」
「もちろん! 恋人になった記念日なんだから、もっとたくさん思い出つくらなくちゃ!」
そう言って俺の手を万力で引っ張るあかり。
手の骨が……ッ!
悲鳴を我慢しながら歩いていると、扉の前であかりが静止する。
「……あかり?」
「ちょっと待ってて」
俺から手を離したあかりは、一人で扉の向こうに行ってしまった。
危ないところだ。もう少しで右手が複雑骨折するところだった。
俺は胸を撫で下ろしてあかりの帰りを待つ。
それにしても恐ろしい豹変だ。恋人ごっこに扮して俺を徹底的にいたぶるつもりじゃないだろうな。
五分ほど待つと、扉が開く。
何事もない様子でニコニコと微笑むあかりは、こちらに駆け寄ってきて今度は腕を組んでくる。
「ヒェ」
「は? なによ」
「いえなんでも」
「そう。……それじゃあ行きましょ!」
ボディータッチはほどほどにしてくれ。
胸が腕に押しつけられているドキドキよりも、このまま関節を逆に曲げられるんじゃないかという恐怖の方が勝っているんだ。
いきなり始まった地獄のような恋人ごっこ。
早く終わることを願うばかりである。
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