040 篝火の霊廟④
「ぼ、ボス部屋だ……ッ!! このまま乗り込むぞッ!!」
「ま、待って……ッ! 挟み撃ちになるわッ!!」
「つっても、逃げる場所なんてねえぞッ!?」
「……っ、わかったわ。腹を括りましょうッ!!」
「俺がボスを仕留めるから、カティアはイフリートの足止めを頼むッ」
早くも六〇階層に辿り着いた俺たちは……いや、正確には俺とカティアは、覚悟を決めてボス部屋へ続とくバカでかい扉を蹴破った。
「すぴぃ……んんっ……せん、ぱい……それはまんじゅうじゃないデス……シャルのおっぱい……デスぅ」
「だめ、あーくんにだけは……見せないで……秘密に……んぁっ……おねがい……っ」
「クソ、こんな状況だってのにおめでたい夢みやがって!!」
「むしろ眠れる精神を褒め称えたいわッ!! ……っ、アルマ———ボスは、レッド・ドラゴンよッ!!?」
ボス部屋へと足を踏み入れた俺たちの前に立ち塞がったのは、見上げるほどにどデカい
くすんだ赤色の鱗を繋ぎ合わせた肌は、一眼でわかるほどに堅牢。
蛇のように伸びた首が唸り、内に秘めた荒ぶる炎を口からチラつかせた。
生まれて初めて、実物のドラゴンを見たという感動すら噛み締める間もなく、俺は跳躍していた。
「《
出し惜しみなく、最大限の敬意と黒紫をもって拳を振り抜く。
脇に抱えたシャルルと首に絡みつくエルメェスの身体には一切頓着しない、最大火力の拳撃がレッド・ドラゴンの首を胴体ごと粉砕した。
鱗が衝撃で剥がれていき、内側から爆ぜるように血潮が噴出した。
飛びかかる肉片が雨のごとく降りそそぐ中、俺は後ろを振り返る。
「……どうやら、入ってこられないようね」
「……だな。ボス部屋には入ってこられないのか、アイツ」
『…………』
ボス部屋の手前で静止したイフリート。攻撃を仕掛けてくる様子もなければ、踏み入ろうとする気概も感じられない。
「とりあえず……休憩にするか?」
「……でも、アイツに見られながらっていうのは、少し落ち着かないわね」
「そりゃ、そうだな。ンじゃ、すこし進んでから休憩にしよう」
アイテムボックスから水を取り出して、一気に半分ほど飲むとカティアに手渡す。
「水、飲めよ。汗かいたろ?」
「ん。ありがとう」
「……」
「……なに?」
「間接キスだなって」
「……っ、い、今さら……なによ。別に、そんなの気にしたことないし」
「ふぅん……?」
「う、うざい……!」
恥ずかし気に水筒へ口をつけるカティア。
桜色の唇から水がこぼれ、汗に濡れた喉を通って胸元に落ちていく。
「ど……どこ見てんのよ。ばか。場所を考えなさいよ……!」
「い、いや……不可抗力ってヤツ……」
「……。…………帰ったら、ね?」
「……おう。よ、予約な……ッ」
「予約……しなくてもいいわよ。別に……あなた以外には、いないんだから……」
ごくっと、生唾を飲み込んだ。
やばい。
カティアが、めちゃくちゃかわいい。
腕を組んで意図せず胸を押し上げている姿が、汗もあいまってとてつもなく蠱惑的で、艶かしい。
「い、いきましょう……」
「お、おう……そうだな」
背中にイフリートの視線を感じながら、俺たちは六十一階層へ向けて歩き出した。
*
それからというものの、度々トラップを踏み抜いた
『■■■――ッッ!!』
「どうして……! これで何度目よッ!?」
「……四回目……だな」
「デスね♡」
「何かおかしい」
不死身のイフリートと追いかけっこを続け、わずか三日目にして百階層目前に迫っていた。
「先輩先輩っ! 言わないんデスか? 先輩が毎回トラップを踏み抜いて、イフリートが現れてるって……言わないデス?」
「い、言えるワケないだろ……ッ!」
「ふふ♡ じゃあ、先輩とシャルだけの秘密デスね……っ!」
「……クソ」
そう、言えるはずなんてない。
たとえ、腕に抱くこいつの呪いだとしても、イフリートに追いかけられている要因は俺にもあるから。
せめてアイツが不死身でなかったら、こうも逃げ惑う必要はなかったのに。
「逆に考えるデス。シャルのおかげで、早くダンジョンを踏破できる……と。デス」
「おまえ、認めたな? 俺に呪術を使ったって」
「知って、どうするデスか? 先輩がシャルに危害を加えるどころか、あらゆる危険からシャルを守らなければいけないんデスよ?」
「首輪、買ってやらないからな」
「買ってくれなかったら呪い殺すデス。そしてシャルも死にます。デス」
「……」
勝てない……俺では、シャルを打倒することができない……!
「先輩のその顔も大好きデス――ちゅっ」
「――っ!!?」
「みんなには内緒デスよっ?」
……毒だ、こいつは。
首筋に残ったシャルルの感触と熱を感じながら、俺は確信した。
こいつは、俺なんかじゃ手に負えない、猛毒なのだと。
「――アルマッ! ボス部屋よ!!」
「……」
その、己の思考に腹が立つ。
「アルマ……?」
「……あーくん?」
「―――」
一キロ先に見える巨大な扉へ――《
その最中、耳元でシャルルがあえかに笑った。
「先輩、もしかして怒っちゃいましたか? デス」
「……俺は」
「罪悪感、デスか? ふふ、妬けちゃいます。デス。カティアさんのこと、そんなに好きなんデスね…………妬ましい」
親指をかじり、ハイライトの消えた双眸で後ろのカティアを睨むシャルル。
「先に出会ったのも、恋をしたのも、思い出を作ったのも全部ぜんぶシャルが先なのに……」
語尾にデスをつけるのも忘れて、シャルルは血が滲むほど親指を齧り続けた。
「シャルル……カティには手を出すなよ」
「先輩、こわいデス」
「俺は、おまえが一番こわいよ」
「なら好きだといってください。シャルのこと、好きだって。一日一回、シャルに愛を伝えてください。それを約束してくれるのなら、シャルはカティアさんに手は出しません。約束します」
悪魔か、こいつ。
「先輩は優しいデスから、断れませんよね。そうでしょう、先輩……? シャルの愛しい先輩っ♡」
鼓膜を舐るように囁く悪魔の声音を掻き消すように、俺は扉へ前蹴りを放った。
轟音を鳴かせて崩れる扉。
瓦礫の隙間を縫ってボス部屋へと入り――ソレを視認するよりも早く蹴り潰す。
「シャル……俺、おまえが
着地と同時に、俺は冷めた瞳をシャルルに向けた。
「先輩……シャルは先輩が
嘲笑うように、俺の腕の中で表情を崩すシャルル。
天使のツラをした悪魔。手段を選ばず蝕み、気づいたらもう猛毒に犯されている。
どうして俺は、こいつの本性に気がつかなかったのか。
「――アルマ、大丈夫? どうしたのよ、急に……」
「あーくん……?」
追いついた二人の声が背中越しから聞こえてくる。
しばらく無表情のまま見つめ合っていた俺たちは、制約の再発動によってシャルルが離れていくのと同時に、ようやく口を開いた。
「大丈夫だ。先にボスを倒しておいた方がいいかなって思ってな」
「……そう。ならいいんだけれど」
「……」
「……ふふ」
三者三様に表情を浮かべ、俺を見遣る。
俺は、笑った。
笑って、シャルルを睨めつける。
「シャルル」
俺は、負けたつもりはないからな。
おまえは知らない。
俺の諦めの悪さを。
俺の順応性を。
俺の、何かを成し遂げようとする意思を。
おまえの呪術がどれだけ強力であろうと、屈しない。
全て正面から組み伏せてやる。
「……っ」
「……」
俺の目線からその意図を感じ取ったのか、シャルルは一歩後退った。
つぅ、とシャルルの頬に汗が流れる。
性根まで腐ってるなら、叩き直してやる。
それが先輩としての矜持だろう。
「せ、先輩……?」
「……」
たった今、おまえは狙われる側になった。
それを知れ。
「覚悟しておけよ。俺を脅したということが、どういうことなのか……
「…………っ! ハイ……はい、はいデスっ! ぜひ、是非ともシャルのカラダにご教授くださいデスっ!!」
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