028 ゴブリンの巣穴①


 クラン『光の騎行フォルサリア』の団長オルヴィアンシと、カティアを賭けて結んだ契約の期限が四週間後に迫った今日。

 


 A級ダンジョンに入場するにあたり、必要な最低人数である四人を揃え、かつ連携を高めるためシェアハウスを実施した俺たちは、



「一回、皆さまで手頃な依頼でも受けてみてはどうでしょう?」



 という、サレンの助言の元、Cランク依頼を引き受けて現地までやってきていた。




「ゴブリンの巣穴一掃……Cランク程度だから、キングがいる可能性は低いわね」


「ゴブリン・キング? 居たらどれくらいのランク帯になるんだ?」


「Aランクは行くでしょうね。キングの繁殖力、統率力、そして単体の戦闘力ともにB+ランクに匹敵するわ。加えて、キングのつがいともなるクイーンが産み出すゴブリンは、亜種系統のゴブリンを多く産み出すの」


変異種オルタとはまた違うゴブリンってことか?」


「ええ。ホブ・ゴブリン、ゴブリン・ウィザード、ゴブリン・ファイター等々が亜種と呼ばれるゴブリンで――」


変異種オルタにはレッド・キャップ、バグベア、グレムリンが確認されている。特にレッド・キャップは極めて獰猛よ」



 崖下で見つけた巨大な穴口を前にして、情報共有を行っていた俺とカティアに割り込んでエルメェスがメガネをくいっと押し上げた。



「他にも、数々の戦場を生き残り、経験値を詰んだことによって進化したゴブリン・ブレイブ、その派生であるゴブリン・キング、クイーンはあまりにも有名。最上位種とも呼ばれる究極のゴブリン・ロードは、ランク帯でいうところのA~Sに匹敵する」


「へ、へえ……物知りですね、先輩」


「あーくんは勇者パーティだったくせに知らなさすぎるだけ」


「ははっ、世間知らずっスから俺」



 しかし、ゴブリン・ブレイブか。なんだか妙に波長が合うというか……こう、肉体カラダが疼く。


 その名を聞く前から……この虎穴こけつを前にした時から、早くりたくて仕方がない。


 一種本能とでもいうべきか。あるいは、この穴奥から感じる闘気にあてられたからか。

 


 純粋な闘争欲が、久方ぶりに溢れていた。


 

「はいはーい、デス。疑問なんデスけど、ゴブリンの巣穴でも変異種オルタは発生するんデスかぁ?」



 手を挙げて、小首を傾けるシャルル。

 シェアハウス二日目の成果か、嫌っていた女性陣とはなんだかんだあってまともにコミュニケーションを取れるようになっていた。



 これだけでもやった甲斐があったというもの。

 ただ……



「……ふふっ」


「……」



 目線は相変わらず、俺に固定したままだった。

 カティアやエルメェスに話しかけることはあっても、目線は俺に固定したまま。

 器用というべきか、不気味というべきか。


 棚に置いていた人形が、部屋の隅でジッと俺を見つめているかのような。

 そんな得体の知れなさを背筋に感じる。



「ゴブリンの巣穴は立派なダンジョン。ゴブリンという種は比較的に雑魚の部類だけど、生まれながらに『迷宮創造者ダンジョン・マイスター』という固有能力スキルを持っている」


「『迷宮創造者ダンジョン・マイスター』?」



 エルメェスの説明に、シャルルと俺が同時に疑問符を浮かべた。

 カティアがエルメェスの言葉を継ぐ。



「簡単にいうと特徴のようなもの、かしら。あの魔物は空が飛べる、あの魔物は気配に機敏だ、あの魔物は人の言葉がわかる……もちろん種によって備わっていない魔物もいるけれど、最弱と名高いゴブリンには、ダンジョンを創造し支配するという能力が天から与えられているの」


「もっと簡単に置き換えると個々の才能。あーくんが筋肉に恵まれたように、生まれながらに剣才を、抜きん出た術技を、記憶力がよかったり人を惹きつけるカリスマ性だったり。それら非凡性を分け隔てなく備える魔物という種全体に固有能力スキルと単一化して、名を与えた」


「はいっ。デスっ。もっとわかりやすく説明してください。デス」


「これ以上は無理」


「使えない無職デスね。だから陰でインテリマウント巨乳無職と呼ばれるのデス」


「巨乳は頭のいい証拠。俗に、頭に良いとされる不飽和脂肪酸は胸部と臀部に蓄えられる。頭がいい=スタイルが良くて巨乳。その逆であるあなたには——ええ申し訳ないわ。そばに立っているだけでマウントを取ってしまうのだから」


「先輩っ! 先輩っ!? 先輩はシャルの幼児体型がタイプなんデスよねっ!? シャル、知ってるデス! 幼児体型にも需要があるって! デス! 先輩っ!?」


「おまえら、少しは緊張感もてよ」


「あーくん、先輩のことおまえって呼んだ?」


「先輩、緊張感持ってください。あと体型でイジメないであげてください。シャル、意外と気にしてるンですから」


「私も無職を気にしてる」


「あなたは頑張ればなンとかなる問題でしょ。——あと、もう冒険者なンで無職ネタ使えないですよ」


「……っ」


「シャル、真面目にやらないと首輪買ってあげないぞ」


「はぁい♡ デスっ!」



 鬼を相貌に宿し、つま先を地面に何度もぐりぐりしてるカティアを横目に、俺は二人を仲裁することに成功した。



「ンじゃ、慎重に行こうぜ。優秀な回復術師がいるとはいえ、怪我しねえように気をつけてな」


殿しんがりはわたしが務めるわ。ゴブリンの狭い巣穴で挟み込まれると厄介だから」


「じゃあシャルは先輩の二メートル後ろから先輩を見つめてるデスっ!」


「私はその後ろの安全地帯で読書してるから」


「いや狭いとはいえ一列って……まあ、いいや」



 むしろ、戦い易いし問題はないか。

 


「先輩、灯りください」


「ん」



 エルメェスが松明たいまつ代わりに浮かせた火球で視野を保ちつつ、俺たちはゴブリンの巣穴へと進軍を開始した。




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