019 一触即発

「まず、前提から――二人でダンジョンに挑むのは無謀よ。いくらアルマが強くとも、法は侵せない。B級から上のダンジョンは、でないと入ることは許されていないの」



「え、そうなん? そンなこと師匠から聞いてない」


「そんなことも知らないで勇者パーティやってたの?」


「い、いやあ……だって俺、付与してればよかったし?」


「……まあいいけど。たとえ二人だけでダンジョンを踏破しても、法律違反だ、って衛兵に差し出されれば、結果的にあなたとわたしは会うことができなくなる」


「なるほど。なら仲間が必要ってワケだ」




 昼飯を終えた俺たちは、そんなこんなで仲間探しの旅に出た。




「——つっても、やっぱ冒険者ギルドしかねえよな」


「そうね。パーティ募集と掲示板にでも貼っておきましょう」


「でもA級ダンジョンの攻略だから、生半可な実力のヤツじゃダメだよな。最低Aランクからにして、犯罪歴のない、パーティ戦の経験があるヤツ。これが最低限だ」


「前衛はわたしとあなたでこなすとして、回復術師と支援を一括で行える魔術師も必要ね。強化だけの脳筋術師ではない、ちゃんとした魔術師を」


「ごめんて。その分しっかり殴って働くから」


「期待してるわ、アルマ」


「へいへい」



 冒険者ギルドに到着し、昼間っから騒がしいギルド内へ入る。

 瞬間、喧騒が止んだ。



「……なンか、見られてね?」


「気にする必要ないわ。いつものことよ」


「そりゃ、おまえは人目を惹く美少女だから……」



 そこまで言いかけて、俺たちの前に立ち塞がった巨漢に言葉を遮られた。



「よう。相変わらず仲良いじゃねえか、〝斬撃公ヘル・クォーツ〟に〝アルマ〟ァッ」



 腕を組んで、酒臭い巨漢が嘲笑を浮かべた。

 、か。

 ただ名前を呼ばれただけじゃないのは、巨漢の声音と、周囲の冒険者たちからの視線でわかった。



 どうやら、俺があの〝アルマ〟だということが知れ渡ってしまったようだ。

 受付嬢のサレンに一瞥を送ると、彼女は申し訳なさそうに顔を背けた。



「そのぶら下がった使えない筋肉でドヤってないで、さっさと退いてくれない? 邪魔なのよ」


「ハハッ! 言ってくれるねえ、筋肉は好みじゃねえってか? そりゃあそうだろうな、てめえは優男やさお風なモヤシにしか喘げねえ奴隷ペットなんだからよォッ」



 巨漢の言葉に、周囲の冒険者も笑い声を漏らした。

 カティアは、うんざりした様子で巨漢を見上げる。



「そう。図体に似合わず言葉責めが好きなのね。娼館で話術ばっかり鍛えているから、あなたは万年Dランクなのよ」


「……おいおい、おいおいおい。このガキァ、俺がてめえらとおンなじAランクだってことを知らねえみてえだ」


「わたしより弱い男に興味ないの。あいにくとね」


「――ハハッ」



 甲高い声で笑い、周囲を一瞥したその刹那――巨漢が腕を振り上げた。

 振り下ろされる右拳。

 数瞬後、血を撒き散らしたのは巨漢の方だった。



「ぶっころぶばらぁぁッ!!?」


「――おまえ程度が触れていい女じゃねえンだよ」



 巨漢の拳に合わせて、カウンターの大砲ストレートが顔面に炸裂した。

 一発ノックアウト。

 顔面を陥没させ、目を開けたまま意識を飛ばした巨漢が後ろへ倒れる。



「おい、そこの。おまえも笑ってたよな?」


「え゛? あ、い、いや――」


「おまえも同罪だよ。そこのおまえも。おまえも。おまえも。お嬢ちゃん、女だからって容赦しねえぞおい」


『……』



 倒れ伏した巨漢の頭部を足裏でぐりぐりしながら、カティアを笑っていた連中を見渡す。



「今すぐに謝ったら許してやる。冒険者のプライドを捨てて、頭を床に擦り付けろ」



 冗談でもなければ、嘘でもない。ただただ、本気の殺意を以てめつける。

 その中で、一人……。

 膝を震わせながら、立ち上がった。



「じょ……冗談じゃ、ねェ……ッ!! 俺ァ生まれてこの方、一度だって誰かに頭を下げたことァねーんだァ……ッッ!! 誰が謝ってやるかよ、クソガキが……ッ! ガキみてェなこと吠えてんじゃあねェ……ッッ!!」



 全身をガタガタ震わせて、頭部にバンダナを巻いた青年が得物を抜いた。 

 一眼でわかる、圧倒的彼我の実力差を考慮して尚、その男は俺に牙を剥いた。



 なんて。

 なんて——美しい気概だ。



 俺はおまえみたいな漢を待っていた———。



「お、オレだって……オレだって謝ってなんかやらねェぞッ!! ふざっけんな、本当のこと言って何が悪りィんだよどちくしょうがッ!!」


「ぼ、冒険者舐めてんじゃねえぞッ!! 冒険者はなァ、舐められたら終わりなんだよォォッ!!」


「と、年下のガキがイキってんじゃないわよ……ッ! こっちはね……アンタなんかの倍は修羅場を潜ってんだから……ッ!!」



 次々と、触発された冒険者が立ち上がり、得物を俺に向ける。

 その数、三〇。

 俺とカティアを除く全ての冒険者が、低ランク高ランク関係なく全ての冒険者が、たった一人の冒険者に対して、震えながらも牙を剥いた。



 思わず、笑みが溢れる。



「それでこそ冒険者だ。舐められたら終わり――ああ、そこのおまえ。全くその通りだよ。自分のケツも拭けねえ野郎がイキってんじゃあ、みっともねえわな」



 上着を脱いで、カティアの肩にかける。

 さらにシャツもその場で脱いで、刹那…………ギルド内の空気が変わったのを筋肉素肌で感じた。








「な……なんつう……肉体カラダをしてやがる………ッッ!!」



 その場の全員が、敵意関係なく魅入られた。



「で、でけえ……とは、思ってたが……ンだよあの筋肉は……肉体カラダはッ!?」

 


 その、あまりにも美しく荘厳で、強靭で、屈強な――一種芸術とも呼べる完璧なプロモーション。



 幾千……幾万……いやもっと、それ以上の、果てなき闘争の歴史傷痕を内包したその肉体美に……その場の誰もが、魅入られていた。



 それは、この場の誰よりも長い時間を過ごしてきたカティアも例外ではなかった。

 筋トレをしている人間を、時間の無駄だと一蹴してきた彼女が。

 ダイエットなどとは無縁の、女性の理想ともいえる肢体を持つ彼女が。

 


 今、初めて――彼の筋肉に、魅せられた。




「……綺麗」




 果たして、そんな言葉で片付けてしまってもいいのだろうか。

 この筋肉美を、肉体を、筋繊維の群雄割拠を――たった二文字の言葉だけで表現してしまっても、いいのだろうか。



 否。断じて、否。

 しかし、それを表現するには、あまりにも――



 あまりにも、言葉は陳腐に過ぎる。



「――なら、やろうか。おまえら全員かかってこいよ。冒険者たる誇りを拳に秘めて、俺を倒してみろ」



 

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