018 気概

「……アルマ。どういうことになったか、わかっているの?」


「ンぁ?」



 契約後、拠点を出ですぐに、カティアが怒り心頭に言葉を発した。



「あんな無謀な契約して……もし攻略できなかったら、あなたはわたしと――」


「まあ多少さ、公平じゃねえ契約結ンじまったけど……勝算がないワケじゃ、ないだろ?」


「勝算……?」


「おう。


「……アルマ。わたしの聡い脳が、あなたの言わんとしていることを理解して、結果バカだと結論づけたわ」


「うるせえ。俺がいればそンなダンジョンなんとかなるだろ」



 とてつもなく自意識過剰だが、ネガティブになるよりマシだろ。

 何事においても、俺ならできると言い聞かせて行動するのが成功の秘訣だ。



「あなたはダンジョンを舐めているわ。《死骨の舞踏宮トーテンタンツ》のようなC級ダンジョンとは、格が違うのよ。それを理解してる?」


「もちろん」



 約一年、俺はA級ダンジョンの最奥で修行していたからな。

 並の人間よりかはわかっている……はず。



「踏破済みならある程度情報が出回っている。どこの層にどんなボスがいるのか。対策は、必要な装備は等々。でも未踏破は、それらが一切わからない」


「四〇層まではわかってンだろ? それで十分じゃねえか」


「……アルマ。わたしは真剣に言ってるの」



 なんだよ。俺だって真剣なんだ。ふざけてるつもりは微塵もない。



「もう二度と、あなたと会えなくなるかもしれないの。声を聞けなくなるかもしれないの。一緒に、ご飯食べたりダンジョン行ったり、女子会だってできないの」



 無愛想な顔が、歪む。

 カティアの聞いたことのないか細い声に、俺の胸がチクリと痛んだ。

 そんな顔……するなよ。

 俺は、そんなに頼りないか? 



「そんなのは、嫌よ。大事な友達を失うなんて……アルマを失うなんて、わたしは嫌」



 俯いて、コツンと拳が俺の胸を打った。

 


「どうして……わたしなんかのために……こんなこと……」


「……カティ。らしくねえことで俯むくな」


「……っ」



 頬に手を添えて、無理やりうえを向かせる。

 眉根を寄せて、不安気に顔を歪めるカティア。こんな表情は、初めて見た。

 それほどまでに怖いのか。

 それほどまでに、俺と離れるのが、嫌なのか。



 それは、まあなんというか。

 こんな時に思うのはアレだけど。

 ――かわいいな、カティ。



「やる前から負けを意識してるんじゃねえ。絶対に勝つ。その気概だけで十分だろ、今は」


「……でも」


「でもじゃない。勝つって言ったら勝つ。俺は負けねえよ。絶対にダンジョンを踏破してやる」



 そんな程度のことも成せないのなら、俺は今後一生涯、師匠を越える偉業は遂げられない。

 だから、



「こんなところでおまえを失わせない。こんな程度で、つまずいてなんていられない」



 あの日——俺を救い、戦う強さを教えてくれた師匠に並ぶためにも。



「…………わかった。あなたを、信じるわ」


「俺とおまえがいれば、やってやれねえことなんてねえ。そうだろ?」


「本当に、あなたってバカね」



 そうだ、笑え。

 無愛想に笑みだけ綻ばせて、そうやって笑うおまえが一番きれいだから。



「作戦会議しようぜ。どンなダンジョンなのか教えてくれ。それによって、筋トレの方向性も変わってくる」


「ちょっと意味がわからないけど、それには賛成」


「よし。ンじゃ、まずは昼飯から行こうか」


「肉がいいわ」


「昨日もたらふく食ったろ、肉。ていうかおまえとの食事、ほとんど肉なんだが」


「嫌いじゃないわ、別に」


「……そうかい。俺も嫌いじゃないぜ」




 *




「よかったのですか、団長」


「ああ、何も問題ない。どうせ一ヶ月後には泣き喚いて僕に縋ってくるはずさ」



 二人が去った後の執務室にて、オルヴィアンシは部下を前にほくそ笑む。



「悪いお顔。そんなに無理難題をふっかけたのです?」


「いや、あくどいことは何一つしていないよ。その気になれば、逆立ちでダンジョン攻略とか記載できたけど、そんなことしなくともダンジョンは攻略できない」



 たった数人で攻略できるほどダンジョンは甘いものではない。

 Aランクともなれば尚更で、三〇~五〇以上の中堅クラン単位でなければ、ダンジョンを進むことができてもフロアボスで詰む。



 仮に順調に最終フロアまで行けたとしても、一ヶ月では踏破不可能だ。

 


「もしカティアが死んでしまったら?」


「その時はその時さ。彼女単体の戦力は確かに惜しいけど、まあ新たに引き抜いてくればいいし。近頃は、優秀な冒険者が多いからね。これも人魔大戦の影響かな」


うしなった分の帳尻合わせがこの時代に来ていると、そんな噂がありますね」


「実際、そうだと思うよ。キミ然り、僕然り。これから面接予定の付与魔術師……カレンちゃんだっけ? 彼女も然りだ」


「時代の転換期……ですか」


「近頃増えている魔人族の被害も、それに準じたものである可能性が高い。おそらく奴さんも優秀な人材が揃いはじめてるんだろうね。かの勇者が栄華を誇った古き時代の再現だ」



 楽しみだ。その時代に立ち会えるなんて。そして、その戦火に身を置けるなんて。

 愉悦を孕ませて、部下の体を引き寄せる。

 女の匂いで鼻腔を満たし、柔らかな肢体を抱く。



「これから僕たちは天井知らずに名声を浴び、一国すらも覆う特大クランへ成り上がる。その時、ようやく僕の両親は報われる」



 名声も、金も、女も、何もかも。

 ほしいものをほしいがままに、漁って喰らって蹂躙して、あわよくば一国のあるじへと——。

 


 膨れ上がる欲望を噛み締めて、オルヴィアンシは身を預けた部下の唇に舌を這わせた。



 ——それが破滅の始まりだとは、露も知らずに。


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