015 独占欲
《
「これから夕食でもどうよ?」
「いいわね。肉が食べたいわ、肉」
「顔に似合わず肉食だよな、おまえ」
「悪い?」
「いや、好きだぞ。そういうの」
「ありがとう」
「………」
と、最近見つけた会員制の高級焼肉店に向かう道すがら、前方から見覚えのある金髪の男が歩いてきた。
そいつは、真っ直ぐ俺たちの方へ――というより、カティアの方へ向かってきていた。
「……ッ」
「知り合いか?」
「……団長よ」
「あー、道理で見覚えが」
しかし、むかし一目見た時とは、随分と印象が違うように見える。
二十代半ばくらいか。剣より薔薇を持っていた方が似合いそうな、貴族感あふれる男だ。
「――カティ。探したよ、どこに行ってたんだ?」
カティアを愛称で呼び、にこやかに笑みを崩す。
俺には一切目もくれず、カティアに視線を固定した。
「わたしがどこに行こうとわたしの勝手だと思いますが」
「忘れたかい? きみは組織の人間なんだ。緊急の用事があったらすぐに伝達できるよう、行き先は常に誰かへ伝えておくようにと言っているだろう?」
「それは……ええ、確かにそうですね。ごめんなさい」
「いいんだ、わかってくれればね。それで――」
そこで初めて、そいつは俺を視認した。
スッと細くなる双眸。
わずかに不快の色を滲ませた団長は、カティアを一瞥する。
「彼はいったい?」
「彼がアルマです。Aランク冒険者の、アルマ」
「そうか。きみがあの……」
俺を一瞥して、唐突に団長はカティアの手首を掴んだ。
「なんですか、いきなり。離してください」
「離さないよ。きみが僕のもとに帰ってくるまではね」
「ちょっと……っ!」
掴んだ手首を無理やり引き寄せる。カティが嫌悪を表情いっぱいに滲ませて、抵抗する。
見た目にそぐわず強引なおぼっちゃまだな。
奮戦するカティアを尻目に、俺も助け船を出そうと一歩踏み出した刹那――
「きみは彼がどういう人間なのか、知っているのかい?」
「……どういうことですか?」
「彼はあの〝アルマ〟だよ。勇者パーティを追放された無能の付与魔術師。悪い噂が絶えない半グレだ。きみのような高潔な人間が、関わっていい相手じゃないんだよ」
……なるほど。しっかり調べているようじゃないか。
初めて見ました、みたいなフリしやがって、俺のこと興味津々かよ。
「きみは自覚しているのかい? 僕たちのクランはまだまだ大きくなる。いずれ【
「——また、それですか。くだらない」
「……なんだって?」
吐き捨てたカティアに対して、団長が鋭い視線を向けた。
カティアは動じず、その視線を真っ向から返す。
「聞こえなかったんですか、団長。くだらないと言ったんです」
「……わかっていないようだね、きみは」
「わかっていないのはあなたです。そのくだらない独占欲で彼まで傷つけないで。彼氏面もいい加減にしてください」
「……カティ、僕はね――」
「――その辺にしておけよ」
二人の間に割り込んで、カティアの手首をつかむ団長の腕を俺が掴んだ。
「……離してくれないかな。きみは、僕たちとは関係ないと思うんだけど」
「俺の愚痴言っといて関係ないです、はないだろ。生憎と煽られ耐性皆無なんでね。やられた分はしっかり返さないと、俺を育ててくれた師匠にも泥を塗ることになる」
「……ッ」
「わかンねぇかな……見逃してやるから、その手を離せって言ってんの」
ミシミシと、団長の腕から悲鳴が上がった。
早く離さないと握り潰すぞと、握力で暗に示す。
「抵抗しても潰す。叫んでも潰す。カティが痛がったら、殺す」
「……クソッ」
やがて、冷汗を額に浮かべた団長が手を離し、俺も腕を離した。
団長は腕を抑え、瞳に水滴を溜めながら踵を返し……やがて雑踏に消えていった。
「……ごめんなさい。不快な思いをさせたわ」
「気にすんな。もう慣れてる」
「……慣れさせたくないわ。そんなの」
「それはこっちの
言いつつ、俺はカティアの手首をとる。
若干、握られた痕が残っている。痛々しい赤の手形をさすって、すまんと謝った。
「もっと早く助けてれば、こんな痕残らなかったのにな……ごめん」
「……アルマも、痕をつけたい?」
「……は?」
「男は、身近な女にマーキングしたいって……だから」
「それも……噂か?」
「……ええ」
そういう噂、どっから拾ってんだよおまえ。ボッチのくせに。
でも、まあ。
「……つけたいって、言ったら嫌がるか?」
「……いいえ。あなたがしたいのなら、受け入れるわ」
真剣な目で、真剣な声音で。
受け入れるって、おまえ……それもどういう意味で言ってんのか、わかってんのかな。
「冗談だよ。彼女でもない相手に、そんなことするわけないだろ」
「……じゃあ」
「……ん?」
「…………早く、肉食べたいわ」
「おう」
名残惜しくカティアの手首を離して、俺たちは止まっていた足を再開させた。
カティアが言いかけた言葉に、ドギマギしながら——。
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