010 きょうは帰りたくない
「改めて謝らせてほしい。あなたのこと、貶めるようなこと言ってごめんなさい」
「いや、ホント気にしてないから。こっちこそ、見せつけるような真似してごめん」
転移陣を前にして、俺とカティアは互いに頭を下げていた。
「Aランクスタートなのは、納得した。……ホントはね、少し気に食わなかったんだと思う。わたしの今のランク、知ってる?」
「一年前はBランクだったよな? だから今はAか?」
「そう。四年かけて、わたしはようやくAランク冒険者になった。自分でも、それなりに優秀なのは理解してるし、四年でも早い方だってのは判ってるけど……」
「じ、自覚しているのはまあ、悪くはないことだけど……」
「あ……ごめんなさい。違うの、また、わたし…………だから、嫌われちゃうのかな」
「……えと」
下手に慰めるのは危険だと思ったから、俺はあえてなにも言わなかった。
たぶん、男はさほど気にしないが、女性陣相手だと煙たがられる
少なからず、自慢話を期せずして言ってしまう人間は、男女問わず一定数いる。魔術学園にも、よくいた。
そして、そういうヤツは大抵嫌われ者だった。
本人が自覚しているか否かは置いておいて、酷く嫌われていた。
だが、こうして自覚できているあたり、まだマシな部類であって。
俺から言えることは、なに一つもなかった。
「とりあえず、帰ろうか。いつまでもここにいたってしょうがないし」
「そうね。帰りましょう」
デス・スケルトンハウンドをアイテムボックスに回収してから、俺は転移陣を起動させ――地上に戻ってきた。
「もう夕方か。早いなあ、時間が過ぎるの」
「……そうね。お腹がすいたわ。きょうはお昼ご飯を抜いてきたから、余計に」
「それはまずいぞ。筋肉が衰える。――よかったらこれ、食べるか? これ一本で一日に必要なカロリーを摂取できるんだぞ。すごいだろ?」
「それ、食べ飽きたから視界に入れたくないの。ごめんなさい」
「……美味しいのに」
カティアの代わりにポリポリ食べて、腹に貯蔵する。安定のうまさだ。
「もう……帰らなくちゃいけない時間なのね」
足を止めて、カティアが夕日を眺める。
森の中に沈んでいく夕日。
茜色の空に、藍色が侵食をはじめていた。
境界線が曖昧な空模様。
冷たい風が、カティアと俺の前髪をさらった。
「帰りたくないのか?」
「……そうね。できるなら、もっとあなたと一緒にいたい」
「え……?」
「冗談」
「なんだよ……一瞬ドキッとしたじゃんか」
そんな冗談も言うのかよ。意外だった。
しかし、帰りたくないのは本当のことなのだろう。
なんとなく、カティアの横顔から感じ取れた。
「——なあ。これから飯食いに行かないか?」
だから、俺は彼女を誘ってみることにした。
まだ帰りたくないという、彼女を。
「夕食の誘い?」
「おう。久々のメラク飯、一人ってのは寂しいだろ。だからどうかなーって」
「……いいわよ。あなたに聞きたいこと、たくさんあるから」
「じゃあ決まりな。言っとくけど割り勘だから」
「どうして? 支払いは男の役目って聞いたけど」
「彼氏にでもしてもらえ。俺は彼女に据えた女にしか財布は緩めないんだ」
「ふぅん。彼女、できたことあるの?」
「……ないけどさ」
おまえはどうなんだよ。と視線で投げかけてみる。
想いが伝わったのか、カティアは首を左右に振った。
「わたしは、そういうの興味ないから。ただ、剣を振っていられれば、それでいい……。わたしは、一振りの剣であれば、それでいいと思ってるから」
「……なんか、男みたいだな」
自分で言った言葉が、やけに腑に落ちた。
ああ、そうか。
カティアは、女性としての魅力は確かに半端ないが、そういう気分になれないのはきっと、距離感が男同士のそれだから。
それに、どこか師匠に似てるんだ、こいつ。
だから恋愛感情よりも先に、親近感や友情が湧いて出る。
「……わたしのこと、馬鹿にした?」
「いや、そういうつもりじゃないンだ。ごめん」
「すぐ謝るなんて、男としてどうなの?」
「辛口だな、結構。だから嫌われるンじゃないか?」
「……しゅん」
「いや、ごめんて。悪かったよ」
わざわざ擬音にしてまで落ち込んだアピールをするカティアが面白くて、俺は声に出して笑った。
*
その日を境に、俺はカティアと仲良くなった。
「――おーいカティ、飯行こうぜ飯」
「アルマ、馴れなれしい」
「そう言わずについて来いよ。そこにめちゃ美味しそうな焼肉屋を見つけてな」
「わかったから引っ張らないで」
こんな感じで、俺はカティアを愛称で呼び、男友達感覚で絡むようになっていた。
「明日ひま?」
「……時間、作るわ」
「ならダンジョン行こうぜ。またエクセリーヌさんから指名依頼入ってさ。一人じゃ寂しいから一緒にどうよ?」
「わかったわ。なら焼肉奢って」
「割り勘な」
新たに冒険者登録してから、一ヶ月が経っていた。
師匠に言われた『儂を越える偉業を成し遂げろ』云々について考えながらも、とりあえず依頼を成し遂げる日々。
カティアと一緒にいるのは、居心地が良かった。
彼女は俺のことを詮索しないし、俺も彼女のプライベートに関してはあまり
俺は訊かれたら答えるつもりだけど、そういう話にはならないので、カティアは未だに、俺が追放された勇者パーティの無能付与魔術師だということ知らないし、あの〝ディゼル〟の弟子であることも知らない。
その逆も然りで、クランでうまくいってなさそうな噂や彼女の表情からもそれは窺えるが、カティアがなにも言わないから俺もなにも訊かない。
俺たちは、そういう関係だった。
「どうしてアルマはずっとソロなの?」
「ん? 俺がどっかのクランに入るとカティと潜れないじゃん、ダンジョン」
「……パーティは組まないの?」
「今のところはな。一人でなんでもやれるし、カティアぐらいの実力のヤツらなら組んでもいいけど、そういうのって大体クラン作ってるか入ってるかじゃん? 俺、自由にやりたいのよ自由に」
「もったいないわ。数多くのクランから誘いがかかってるのに。ウチでも話に上がってるわ。わたしに勧誘して来いとも言ってくる」
「んー……俺さ、師匠から偉業を成せって言われてるから。きっと、誰かの下についてたら、偉業ってヤツは成せなくて、一人でやるからこそ意味があると思うンよ」
「……まあ、好きにしたらいいわ。――ちょっと、それわたしが育ててた肉よ」
「わり。じゃあこの肉やるよ」
互いの領地で焼いていた肉を交換して、互いが育てた肉を口に入れる。
互いに稼ぎがいいから、遠慮なく高級肉をバンバン頼む。
カティアはこう見えて、かなり大食いだ。
あっという間に頼んだ肉がなくなり、新たに注文しようとしたその時。
「――あれぇ? やっぱりおまえ、アルマじゃん」
焼肉屋に入ってきた魔術師風の男数人が、俺を見るなりそう声をかけてきた。
「ンだよ。おまえ、メラクに帰ってきてたのかよ。つうか、よく帰ってこられたな? あんなことがあったってのによ」
魔術学園時代の同期ガンジャが、下卑た笑みを浮かべた。
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