その頃、勇者パーティは③

「どういうことなのよカレンッ!? アンタの魔術、たいして使えないじゃないッ!?」


「ひぅっ!?」



 なんとか回復魔術の発動が間に合い、生き延びた俺たちは死に物狂いで逃げ帰ってきた。

 貴重な転移石を使い、地上へ戻った直後に、マリィがカレンを鬼の形相で問い詰めた。



「た、たしかに《身体強化フィジカル・バフ》は発動してました……っ! わた、私はしっかりやりましたっ!」


「でもアンタの魔術それがクソだったせいで、勇者のへリィンが死にかけたのよ!?」


「そ、それは……、でも仕方ないです! あんなに人数が多いと、分散されるんですから!」


「……分、散?」


「はい! 付与する対象が多ければ多いほど、力は分散されて半減するんです。だから前衛が多いと、強化系の魔術は微々たるものしか……知らなかったんですか?」


「そんなの、聞いたことないわ。あのだって一人ひとりに分散させることなく――ってちょっと大丈夫!? どうしたの、なんでそんな――—ちょっと誰かッ!?」



 ガタガタガタと、なぜか急に震え出し、地上に打ち上げられた魚のように痙攣するカレン。

 白目を剥いて、口から泡を吹く。

 一種、ホラー染みたその光景に、全員が面食らった。

 


「――はぁ、はぁ……はぁ……かえ、帰ります……無理です、わた、わた、私……帰ります!」


「ま、待ってくれどうしたんだカレン!?」


「無理です、無理無理無理——そんなの聞いてないです!!」



 見た目からは想像できない叫び声をあげて、カレンが怯えた目で周囲を見渡す。



「あ、あ、なんて……こんなの、こんなの知られたらころ、殺される……っ」


「お、落ち着くんだカレン……! アルマのことを、知ってるのか……?」


「あ、アルマさんに、わた、私……あの方に関わっちゃ、関わっちゃいけないんです……ダメなんです、……そういう約束で……関わったら、今度こそ――ひぃぃぃッ!?」



 茂みが風に揺れた音で過剰に反応し、失禁するカレン。

 そのまま座り込み、涙を大量に流しながら「ごめんなさい」と謝り、この場にいない誰かに向かって言い訳を吐いた。胃のなかの液体と一緒に。



「違うんです、知らなかったんです……ホントです、ホントに知らなかったんです、まさか追放されたのがアルマさんだったなんて、知らなかったんです、だってあの方はとても優秀で、伝説でそんな方が追放されるなんて――ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ッ」


「か、カレン……ッ」


「あ……あ、……あは、あは、あはは、あはははははははは――——へリィンさん、やばいですよ。もうダメです、あの人ほどの付与魔術師はいません、そんな方を追放したんですから、もうダメですよあはははは、


「ちょ、ちょっと……アンタどうしちゃったのよ……ッ」


「あの方は、あの歳で上位魔術の《剛体強化フィジカル・ハイ》に成功しているお方なんです、わた、私だけには教えてくれました、あの方は究極たる《天鎧強化フィジカル・ブースト》にまで至っていて——ああああああああああそのせいで私はああああ——秘密って言ったのにぃぃぃあああああああ——」



 錯乱し、とうとう気を失ってしまったカレン。

 その場の全員が、ドン引きした様子で目の前の少女を見つめていた。



 いや、それよりも——。

 彼女の口から放たれたありえない言葉の数々に、息を呑む。



「アルマが……究極の強化魔術を……いや、そんなのあり得ない……だって、アイツは《身体強化フィジカル・バフ》しか使えないはずで……!」



 付与魔術に詳しくない俺でさえ、知っている。

 《剛体強化フィジカル・ハイ》は長い年月を、研鑽の果てにようやく至るという上位魔術で。

 《天鎧強化フィジカル・ブースト》なんて、もはや伝説でしか聞いたことがない。



 と、その時――一つの記憶が、脳裏を掠めた。



『――実は《剛体強化フィジカル・ハイ》も使えるんだ、俺。だから全員に分散されることなく平等に強化できて、しかも疲れにくく……』


『ハイハイ。そういうのいいから、早く強化してくれー』



 いつだったか、ダンジョン攻略中にそんなことを言っていたアルマを思い出す。

 嘘っぱちを並べていると思って聞き流していたが……まさか。



 いや、そんなはずはない。認めない。

 あのアルマが、あのアルマが……



「…………そうか、そういうことか!」


「へ、へリィン……?」


「単純な話だ……きっと、俺たちの知るアルマと、カレンが言ったアルマは別人だ……そうに違いない!」


「で、でも…………そうね! きっと、そうなのよ! へリィンが言うんだから、そうに違いないわ!」



 俺の導き出した答えに、マリィが大きく頷いた。

 そうに違いないと自分に言い聞かせて、今回の話は忘れることにした。



「カレンは疲れてたんだ。初めてのダンジョンで、緊張して……それで、混乱してしまったんだ」



 ミノタウロスの迫力にやられてしまったんだ。そうに違いない。



「今日は帰ろう……明日から、本気でやろうぜ」


「そうね……明日から、いつも通りの勇者パーティとして頑張りましょうっ」



 全員で頷きあって、俺たちはカレンを担いでメラクへ戻った。



 その日から、カレンが俺たちの前に姿を現すことはなかった。




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