その頃、勇者パーティは②

 五〇階層のサイクロプスに敗北してから数日が経った。

 俺たちは、新たに迎えた付与魔術師のカレンと共に《剣の迷宮》へ挑もうとしていた。



「よろしくお願いしますね、みなさん。精一杯がんばりますからっ」


「ああ、よろしくなカレン。頼りにしてる」


「はいっ」



 花を咲かせるように微笑んで、それを見た俺は思わず頬が緩んだ。

 ああ、癒しだ……。

 マリィも可愛いが、カレンはまた別種の可愛さだ。

 こんな美少女ふたりを侍らせるなんて、俺は罪深い。



「まえの付与魔術師は無能な上に冴えない男だったからな。カレンが来てくれてホント嬉しいよ」


「えへへ。そんな言われると照れちゃいます……。でも私、まだ経験浅いですし、大丈夫でしょうか?」


「大丈夫大丈夫。魔術学園を卒業してるほどの魔術師なら問題ないよ。きみは確かに卒業していると、知人のお墨付きでもある。俺たちも安心だ」


「そうですか? 私も安心しました! ……ちなみに、まえの付与魔術師ってどんな方だったんですか? ヘリィンさんの口ぶりから想像するに、相当残念なお方だと推測できるのですが」


「ああ、アイツはな……思い出したくもないが……」



 数日前に追放した無能付与魔術師のアルマ。アイツの顔を思い出すだけで、向かっ腹が立つ。



「アイツは詐欺師なんだ」


「詐欺師……?」


「ああ。アイツは俺たちに、魔術学園を首席で卒業したとホラを吹きながら近づいてきてな。もっとしっかり経歴を洗えばよかったよ……そうしていたら、あんな使えない無能を一年も勇者パーティにおいてなかったのに」


「首席で卒業……ですか。その方の年齢はわかりますか?」


「俺たちと同じだから十九だな」


「もしかしたら私と同じクラスに居た方……かもしれませんね」


「なんでも、優秀なクラスメイトに寄生して卒業したらしい。信頼できる情報筋から手に入れたんだ」


「そうなんですか……。確かに、その人は私の知っている首席の方ではないと思います。あの方は、もはや伝説のような方でしたから。卒業後の所在はわかりませんが、きっとあの方なら勇者パーティを率いていてもおかしくはない存在です」


「……そうか」



 この俺を差し置いて勇者パーティを率いる……か。なんだかムカつく話だ。

 というか……カレンの表情が蒼白い。気のせいか、体を震わせてもいた。



「お、おい……大丈夫か? 顔色が悪いぞ、どこか優れないのか?」


「い、いえ……少し、嫌なことを思い出してしまいまして……っ」


「嫌なこと? その首席に関わることなのか?」


「……はい。実は、その方の取り巻きである後輩の魔術師に……その、色々と……お世話に……なりま……して」


「……」



 ガクガクと体を震わせ、今にも崩れ落ちてしまいそうなほど恐怖を見せたカレン。

 お世話になったと言ったが、きっとヤバイ方向でお世話になったのだろう。

 かわいそうに……。

 やはりあの学園は、噂通りの魔境のようだ。



「あの後輩のせいで……私は……逃げるように……帝国へ……ッ」


「だ、大丈夫だ! 落ち着け、もうそいつはいない! 安心しろ、俺がそばにいるからッ」


「へ、へリィンさん……っ」



 カレンの肩を掴み、揺さぶりながら声をかけた。

 尋常ではない怖がり方に、俺まで冷汗が出てきた。

 一体、本当に何をされたんだ……?



「そ、その……私、つい最近、ようやくメラクに帰ってこられたので存じ上げないのですが……その無能だった付与魔術師のお名前を、聞いてもよろしいですか……?」


「あ、ああ。そいつは――」


「――ちょっと。いつまで話し込んでるつもり? もうダンジョン前なんだけど」


「あ、……すまないマリィ。悪いがカレン、今夜にでもゆっくり話そう。な?」


「……はい」



 拗ねたように睨んでくるマリィを宥めながら、俺たちはダンジョンに足を踏み入れた。




 ――順調に進んでいき、五〇階層。

 ここまではカレンの付与魔術を使うまでもなく、俺たちのスペックだけでなんなく進んでこられた。

 疲労は確かにあるが……余裕そうに歩くカレンを前にして、勇者である俺が根を上げるわけにはいかなかった。



「……ッ」



 ……コーカや他の面々は、今にも死にそうな顔をしていたが。



 幸いなことにフロアボスとの戦闘はこれまでなく、五〇階層のフロアボスである憎きサイクロプスとは戦わずに済んだ。



 五十一階層――ここから先は、一気に魔物の脅威度が上がる。



『シャアアア……ッ』


「ミノタウロスか。……カレン、きみの出番だ」


「はいっ」



 B+相当に分類されるミノタウロスが一体。錆びた斧を肩に担ぎ、鼻息を荒くして俺たちの様子を窺っていた

 油断しているその隙に、カレンが魔術を行使する。



「――《身体強化フィジカル・バフ》!」


「……ん?」



 なんか……こう……思ってたのと、違う感じがした。

 それは俺だけではなく、他の前衛職も同じことを感じていたようだった。

 コーカが、わずかに首を後ろに向けてカレンに問う。



「……カレン殿。魔術は、しっかり発動されているか?」


「え? あ、はい。問題なく皆さんに付与されてると思いますが……」


「……あんまり変わってないような……気がする」

 


 コーカの言葉に、俺を除く全員が頷いた。



「いや……もしかしたら、久々の付与で感覚が鈍っているのかもしれない」


「だが……いや、確かに。多少体が軽くなった……気はするから、発動はしているのだろう」


「大丈夫だ、みんな。自分では気づきにくいだけで、しっかり掛かってる。ミノタウロスなんて雑魚、とっとと蹴散らそう」


「……そうだな」



 気を取り直して、俺たちはミノタウロスと戦闘に入る。

 タンクのコーカが盾でミノタウロスの突進を受け止め―—―られず吹き飛んだ。



「……え?」


「――がはッ!?」


『フュゥゥゥ……ッ」



 壁に激突し、一瞬で意識を刈り取られたコーカ。

 あの堅牢で盾より硬い重鎧を身に纏ってなお、コーカは一撃で戦闘不能に陥った。



「……え?」


『フュううううううッ!!』



 再度、ミノタウロスを見遣る。振り払った斧が前衛職の仲間を次々と切り裂き、鬼神のごとく俺へ突進を仕掛けてきた。



「え?」


「へリィン、しっかりしてっ!」



 マリィの炎魔術がミノタウロスに直撃し、仰反る。突進が止まり、その隙に我へと帰った俺が、必殺の【キーリング・スラッシュ】を決めて、なんとかことなきを……



『シャアアア……ッ!!』


「死んでない……だと!?」


「へリィンッ!?」



 大してダメージを負っていない様子のミノタウロスによって、俺は下半身と上半身をわかたれた。






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