流れに任せるってのは大概外れが無い

  『流れに任せるってのは大概外れが無い』



 眼前の艶髪をただ撫ぜる事に集中すれば良い私と違い彼女は視線の遣り場に困ったらしい。暫時平静に過ごしていたが、次第に此方の目線を伺っては逸らしたりと落ち着きを失っていくのが分かった。思えば、此れだけ至近で相対する機会もそうは無かったろう。


 「ふっ…あんまり見つめるなよ、照れるだろ」

 思わず零れた笑いの勢いで冗談めかして呟く。


 「ふぇっ?あ、ご、ごめん」

 常の彼女ならばこの程度の軽口は底抜けの明るさでもって笑って受け流すものなのだが。とは言え状況からすれば此れこそが自然な反応と言うのも理解はできた。


 粗方の湿り気が拭い取れた所で持っていたタオルを傍らに放った。


 「後でまた入るだろ?ドライヤーはやめとけ」

 「…ん、わかった」

 何気ない会話を途切れさせない様に努めた心算だったがあまり手応えも無い。薄布一枚では心許無いらしく先程から身動ぎの止む気配が無い。


 「あんまり動くなよ…その、色々と危ない」

 「え?…あっ!」

 察しの悪い彼女にしては珍しく言わんとする意図が伝わったらしい。体の動きに合わせる様にして下がりかけていたタオルを慌てて引き戻さんと胸元を手で押さえる。


 「ガン見しすぎだよ!もう!」

 成程察しが良いのは此方の視線が原因だったか。


 「こんな良い身体目の前に置かれといて見ない方が却って無粋だわ」

 「ううぅ…」

 我ながら酷い居直りだとは思えど覿面ではあった。異性から面と向かって褒められる事も無かったろう彼女は返答に困り短い呻きを上げている。


 「…見たい、の?」

 これ以上ないだろう程に赤面した彼女は俯き加減の顔で視線だけを此方に向けて問うた。よく見れば既に両の手は一度締め直された筈の薄布の縁に掛けられている。


 「そりゃ当然…ま、だからって一人だけ脱がすんじゃ不公平だわな」

 言うが早いか上体をやや逸らし部屋着のシャツを脱ぎ捨てる。


 「ほれ、俺も脱いだ」

 気遣いの心算が事急く脅迫になってしまわぬ様に飽く迄自然な所作で、笑顔を絶やさずに。自身の初体験を除けば其れなり経験者ばかりを相手取ってきた。故にこの作法で相手に負担を掛けず済むかの確信が有る訳では無かったが、流れに任せるってのは大概外れが無い。

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