傷心の手当てなら趣味の範疇だ

  『傷心の手当てなら趣味の範疇だ』



 単純に肉欲を満たす事だけを目的にした接近で在れば苦労は無かったろう。まぁ抑にしてそんな下卑た狙いだったなら『三角関係のあぶれ者』などと言う特一等級の不発弾に触れる事もあり得はしないのだが。


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 「…何度も言うが、身を引く心算で自棄になってるなら付き合えんぞ」

 滴る涙の冷たさに反射して手を振り払わず耐えた自分を誉めたい。その上冷静さを欠いた捨て鉢を穏やかに窘めているのだ、成る程御人好しには相違無い。


 「ただな、何もかも放り出して逃げたくなったら俺の処おいで」

 誰かを守る心算で引いた心身は先々で抱えた毒を外に向ける。しかし飽くまで自衛の為に逃げを打ったなら、自己嫌悪はその名の通り内に向けての責め苦に収められる。頑固者共も、斯様な様を見せられれば愈々観念するだろう。

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 そんな話を現文赤点の脳味噌に咀嚼させるのに数分を要して、何とか言い含めて家路に付かせたのが三日前の事だった。少女の辛抱不足をまさか責めはしないが、代案だ説得材料だを仕入れる間も無い程の困窮度合いを読み違えた己に胸中で舌打ちを飛ばしたのは間違い無い。


 玄関に立つ彼女は、明らかに私ではない誰かの為にめかし込んだ出で立ちだった。浮き立った自身の服装を恥じ入るように両腕で己の身体を包み嗚咽を上げる姿の痛々しさに、何を恨めば良いのかも分からなかった。


 落ち着くのを待って部屋に招き入れ事のあらましを聞いて後も不明が解消する事は無かった。誰が悪い訳でもない。そんな話はありふれてもいるのだろうが、身投げの他に逃げ道を失った事もさもありなん。


 「…言ったろう、逃げ道にならなってやる」

 一頻りを語り尽くして後は謝辞を繰り返す許りだった少女の乱れ髪を梳かすように撫ぜながら口を開く。


 「自棄っぱちに付き合う道楽は持っとらんが、傷心の手当てなら趣味の範疇だ」

 進退も極まった今、吐いた唾を飲み込む器用も無い私に出来る精一杯を眼前の少女に捧ぐ覚悟が定まっていた。

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