階段の怪談

@aikawa_kennosuke

階段の怪談

 あれは高校1年生のころの話です。


 夏になったばかりで、蒸し暑い日が続いてました。




 僕の家はよくある二階建てで、父母と中学2年生の弟の4人で住んでいました。




 地元の進学校に進んだのですが、当時は部活動が忙しかったのもあり、正直勉強についていけていませんでした。


 そのストレスのせいか、夜もぐっすり眠れず、早く布団に入っても夜中まで眠れないでいました。








 僕の部屋は2階にあったのですが、その日もなかなか寝付けず、布団の中で体の向きを変えながら、外で響く虫の音を聴いていました。




 夜中の0時を回ったころでしょうか。




 外で相変わらず鳴っている虫の声に混ざって、こんな音が聞こえたんですね。






 ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ






 誰かが外を歩く音でした。




 散歩をしている人がいるんだろう。


 そう思ったのですが、少し違和感を覚えました。






 ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ






 よく聴くと、靴を履かず、裸足で歩いているような音なんですね。




 それがだんだんと近づいてくるんです。






 ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ






 恐怖はありませんでした。


 疲労も溜まっていて、うとうととしていましたから。


 深夜徘徊している人がいるんだな、くらいに思っていました。






 ヒタ、ヒタ、ヒタ……ヒタ






 その足音がちょうど僕の家の前くらいに来た途端、足音が止みました。




 しかし、少しするとまた、






 ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ






 と、音が続きだしました。




 その時、また足音に違和感を覚えたんです。


 さっきまでは外から聞こえていました。


 けど今度は、家の中、1階から聞こえてくるんです。




 父と母は1階で寝ていましたから、どちらかが起きたのだろうとその日は考えました。






 ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ






 足音は1階の廊下を歩いているようでした。




 そしてだんだんと2階へ続く階段に近づいてきました。






 タン、






 階段の一段目に足をかけた音が聞こえました。


 しかし、それっきり、音がしなくなりました。




 疲れていましたから、多少の奇妙さを覚えながらも、その日は眠りにおちていきました。






 しかし、それだけでは終わりませんでした。




 翌日も同じように寝られずにいると、またあの足音が聞こえてきたんです。






 ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ






 また家の前で止まり、昨日と同じように、次に家の中でも音がするんです。




 昨日と違ったのは、階段に足をかける音でした。






 タン、タン、






 その日は2段目まで音が聞こえ、それっきり音が聞こえなくなりました。






 ここまで話せば、これから先の話の想像がつくのではないでしょうか。




 はい。




 次の日も夜中に同じ足音が聞こえ、階段を3段まで登りました。


 その次の日は4段、さらに次の日は5段…。




 という具合に、日を追うごとに足音がこちらに近づいてきているんです。




 家の階段は14段あります。


 あれが全部登りきったらどうなるのか。






 強い恐怖を覚えた僕は、父と母に足音のことを聞いてみました。


 しかし、二人ともそんな足音は聞いたことがないと言います。




 弟に確認してみても同じでした。




 家族の中だけで自分だけがあの足音を聞いているんです。




 そして6段、7段と近づいてきます。




 あと1週間もすれば自分はどうなってしまうのか。






 僕のただならぬ様子を見て心配したのか、弟がこんな提案をしてくれました。






「それ、もしかしたら部屋の問題なんじゃない?


 俺と兄貴の部屋、交換してあげようか。」






 僕に聞こえてくるのは部屋の外からの足音ですから、部屋を交換したところで効果は見込めないと思いました。


 しかし、僕の部屋は階段を上がってすぐ目の前にあり、弟の部屋は2階廊下の突き当りにありました。


 少しでもあの音から離れられればと、藁にも縋る思いでその案に乗りました。






 部屋を交換したその夜、布団の中で、あの音を待っていました。


 いや、正しくはあの音がいつ聞こえてくるか怯えていました。




 しかし、0時を回っても、1時を回っても、あの不気味は足音は聞こえてきません。




 今日は聞こえないんだ。


 そう思って安心したのか、その日は久々にぐっすりと眠ることができました。




 そして、その翌日も、あの足音は聞こえてきませんでした。






 解放された。助かったんだ。


 そう思いました。






 弟に部屋を交換してから何か異変はないか聞いてみたところ、




「大丈夫。何にもないよ。やっぱり兄貴、疲れてたからじゃない?」




 と言っていました。






 なんにせよ、あの音は聞こえなくなりましたから、


 ひとしきり安心し、早く忘れようと思うことができました。








 部屋を交換して、数日たった日。




 その日は部活もなく、早めに帰宅でき、自分の部屋でゲームをしていました。


 弟も早めに帰ってきており、自室にいました。




 陽も沈みかけ、暗くなり始めたころでした。


 突然、






「ぎゃああああああ!!」






 と弟の甲高い悲鳴があがりました。




 ただ事ではないと思った僕は、急いで弟の部屋へ駆けつけました。


 部屋のドアは開いており、中で弟がドアの方を向いて尻もちをついていました。




 大丈夫か、と聞いても弟は震えるばかりで、何も言うことができない様子でした。




 両親を呼ぼうと思い、立ち上がろうとすると、


 弟がどこかを凝視していることに気が付きました。






 部屋のドアの方を見ているようです。






 僕は弟が見ている方を振り返りました。








 弟の部屋、かつて僕の部屋だった部屋のそばには階段があります。


 だから、ドアが開いていると、階段が見え、誰が上がってくるのか見えます。








 その階段の下から、知らない女の人の顔だけが覗いていました。




 髪の長いその女は、こちらと目が合うと、




 ニーっという不気味な笑みを浮かべて、




 すっと消えていきました。









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