第36話 復活の指輪
アガサから商会をまとめられそうな人材はいないかとの、打診の手紙を受け取った。
そんな人材は軽々しく転がっているとは思えないから、バウリスターの家名に期待して聞いてみただけではないだろうか。
そこには王家がおれを取り込みたがっている、というような噂話を聞いたというようなことについても書かれていた。
第一騎士団か近衛騎士にでも勧誘されるという話だった。
近衛騎士の方が身分の高いものから選ばれる名誉職とされているので可能性は高い。
戦力として見込まれている以上、護衛のためか、魔族と戦争でも始めるつもりなのか、どちらにしても望ましいことではない。
別に言いなりになる必要はないので、そんなものは断ればいい。
人材についてはアルバートが最初に思い当たったが、あいつは商会の番頭程度に収めるにはもったいない。
そういえばしばらく会っていないが、あいつはどうしているだろうか。
手紙にはもう一通あって、兄貴からの手紙だった。
その歳で王都で遊んでいられるお前がうらやましいと書かれている。
心配をかけたが、俺の方はうまくいっているとも書かれていた。
もうすぐ子供が生まれるそうで、召喚魔法の継承はまだだが、幻想級との契約も無事にできたそうである。
手紙を読んでいたら久しぶりにバウリスター領の景色を思い出して、なんだか無性に帰りたくなった。
そんなことを考えていたら、授業に時間になってエステル先生がやってきた。
「エステル先生、魔法壁の魔法を極めたいと思っているのですが、何かアドバイスはありませんか」
「物理的な障壁にする対物障壁か、完全魔法障壁というような進化をさせるのが一般的ですね。どちらも魔法壁を極めた先で、オリジナルの魔法として発見した人がいます。対物障壁の方は敵を近寄らせることもなかったそうですし、完全魔力障壁は魔法を破壊してしまうほどのものだったそうですよ。どちらも古い時代の偉大なる賢者が使ったとされる実績のある魔法ですから、そこからヒントを得て自分なりの魔法にするのがいいでしょう」
魔族の魔法を防いだら、肩まで凍り付いてしまった話はすでにしてある。
もし地面を伝って相手を凍らせる魔法だったら、おれは負けていたかもしれない。
それに幻覚とまではいかなくても、光を遮って暗視ゴーグルをつけるような、一方的に視界を得る魔法があってもかなりの脅威になる。
「最初の魔法はなんとなくわかるかもしれません」
口を挟んできたのは隣で授業を聞いていたシーズだった。
朝の訓練が終わってしまうと彼女は暇になるので、その後は屋敷内をうろついていることが多い。
訓練では、銀貨一枚にして賭けを継続しているので、服装がずいぶんと普通になった。
シーズは手の先に丸い砂岩のような魔法壁を展開してみせた。
真円になっているので、見た目からして普通の魔法壁ではない。
外に出て実験してみると、なんとハウルの弾丸すら通すことはなかった。
柔軟性で受け止めるのではなく、広い範囲が細かく砕けて威力を外に逃がしているようだった。
「そのハウルというのは凄い魔法ですね。一回受け止めたら創りなおさねばなりません」
「その魔法は、いったいどこで覚えたのでしょうか。私も初めて見ます。非常に珍しい魔法ですね」
「剣闘士の養成所に古くから伝わる魔法です。魔法はこれしか知りません」
シーズはかなりの拾い物だったらしい。
たしかに剣闘士だって強化魔法くらい使うだろうから、普通の盾や剣なんかで攻撃を受けながらまともにやりあうのは不可能だろう。
剣奴にオリハルコンの盾を持たせてくれるとも思えない。
「その魔法を教えてもらえないかな」
「別に構いませんよ」
それで教えてもらうことになったが、シーズの教え方は感覚的過ぎてエステル先生の通訳が必要だった。
やはり、この魔法は細かい粒子によって作られているので、ハウルの弾丸すらも防ぐことができるようだ。
この魔法を使えるようになれば、物理的な攻撃を防ぐ手段は他に必要が無くなる。
しかし高度な複合魔法なので、習得にはかなりの日数がかかりそうだった。
シーズは習得するのに8年かかったそうだが、魔法を基本からしっかり習ってきたおれならそこまではかからないだろう。
魔法を防ぐ方は、魔法によって作られたものを弾くか分解するようなものでないと、完全に防ぐことは難しいような気がする。
「周囲の空気を冷やしているわけですから、冷気が魔法壁を通ってしまうのかもしれませんね。魔法壁は相手の魔力干渉を止めるだけではないかという研究を聞いたことがあります」
魔法壁が魔力の干渉を通さないだけで、魔法壁自体が熱伝導するというのなら、いっそ魔法壁の中を真空断熱にでもしてみようか。
それだけで熱の伝わりは遮断できるはずだ。
魔法のイメージはできたので、とりあえずはシーズの魔法から習得してみたい。
「次の授業は、シーズの魔法を習得するという事でもいいですか」
「では、その魔法を一緒に練習しましょうか。もともと複合魔法の練習をするつもりだったので、レオンがその魔法を覚えたいならそれで構いません。複合魔法は一般的な魔法を変化させたものですが、実戦的な魔法が好きなレオンにはちょうどいいでしょう。魔法壁の変化にはいろいろあるのですが、その中でも、この魔法はかなり実戦的なものになります」
それでエステル先生とシーズの魔法を練習することになった。
剣闘士たちからは赤刃防ぎと呼ばれているらしいが、鉄壁と名付けることにした。
もともとは強化魔法により赤く染まった刃を止めるためだけに創り出された魔法らしい。
練習方法はひたすら魔法壁を発動させて、その魔法の魔力操作を変えていくだけだ。
神から与えられた詠唱によって発動する魔法を、仕組みから変化させて、様々な魔法の特性と組みかえ、その効果を変えるのが複合魔法である。
ハウルのような物質化を含んだ魔法よりは習得が楽だが、それでも簡単なことではない。
練習が終わったらエステル先生と夕食を食べて、おれはスラムに顔を出すことにした。
迷宮都市で着ていたぼろに着替えて、迷宮産の剣を持ち、窓からナイアルの触手を使って抜け出す。
誰かに出くわしたら説明が面倒だからこうするしかない。
久しぶりに売春宿に行くと、そちらでもちょうど夕食の最中だった。
外に薪を積み上げて、その上に真っ黒になった肉が吊るされている。
しかし火を囲んでいる人数はアルバートを含めてずいぶんと減っていた。
「おお、レオンか」
「他の奴らはまだ帰ってないのか」
そう聞いたら、アルバートは少し寂しそうな顔をした。
「あいつらは、もう一人でやって行けるようになって、一般区画へ移ったよ」
三人組はアンのほかに四人ほど女の子を連れて、売春宿を出て行ったらしい。
アルバートが魔法使いとして戦えるようになり、心配がなくなったことで、ひとり立ちしたのだろう。
彼らもスラムの孤児を抜け出して、冒険者を目指し新しいスタートを切ったのだ。
「それじゃ、残りはお前ひとりで養っているのか」
「まあな。そんなことより、この世界の魔法はまるで呪われてるぜ」
「そうか?」
「ああ、核融合も起こせないし、一酸化炭素も硫化水素も発生させられないんだ」
その単語を聞いた途端におれは冷静さを失った。
こいつがそういう事をする奴だとは知っていたのだから、釘をさしておくべきだった。
もし成功していたらえらいことである。
「お前は、この星ごとぶっ壊すつもりかよ。二度とそんな物騒なもんを試すなよな」
「俺が知ってる知識を活かすとなったら、そういう方法しかないだろ。どんな魔法を組み合わせたって化学反応ひとつ起こらないんだ。まるで悪夢だぜ」
「ほかの魔法はどうなったんだ」
「中級までは覚えたさ。だけど化学反応を起こせば魔力が節約できるだろ。それがどうしてもできなかったんだよ」
まあ言いたいことはわかる。
魔力によって化学反応を起こしているような感じがするから、もとの世界の知識があれば色々と応用したくなるのだろう。
しかし魔力によって代替品を作り出しているだけで、化学式で表記できるようなものを作り出すことはできない。
「それじゃ、弱点の克服はまだか」
そう聞いたら、アルバートは手ひらを広げて見せた。
指輪に腕輪がいくつか見える。
どれもそっけないただの金属の輪っかだ。
「それがなんなんだ」
「魔力を貯めておく俺のオリジナル魔法だよ。物質化で作り出したんだ。長いこと首輪をはめられてたお陰で、思いついたらすぐにできたぜ。この腕輪はなんでもないただの魔力タンクだけどな。余った分を貯めておけば魔力総量が少ないことは克服できる。それと指輪には、特殊な能力を持たせることに成功したぜ」
なんでも小指の指輪は命を失うような大けがをしたとき、一度だけ自動で回復魔法を使ってくれるらしい。
そして薬指の指輪は、魔力を集める指輪だそうだ。
空気中にある魔力は少なすぎて、一日集めても氷結一回分にもならないそうだ。
ただ指輪を相手に直接触れさせれば、かなりの量を奪うことができるらしい。
「よく回復魔法なんて覚えられたな」
「俺は教会で8年も過ごしたんだぜ。詠唱のひとつぐらいは盗み聞きしたことがあったよ。今のところ指輪は二つしかないが、あと三つの指輪にも能力を持たせるつもりなんだ。この指輪はお前が貰ってくれ。いろいろ世話になったからな。おかげで今じゃモンスター狩りで困ることはない」
アルバートは小指の指輪を放って寄こした。
「これって、ゲームとかでよく見る、身代わりの指輪って奴じゃないのか。こんな大切なものおれに寄こしてどうすんだ。エミリーにでも渡しておけよ」
「いや、俺の周りで一番死にやすいのはお前だぜ。昔から無茶ばかりするだろ」
「そうか? だけど神聖魔法は気を付けろよ。お前なら言われなくてもわかってるだろうけど、変なのに見つかると火あぶりになるそうだぜ。それで、どのくらい戦えるようになったんだ」
「今じゃ俺の稼ぎだけで、みんなを養ってるよ。俺の世話になるのが嫌だったのか、自分で稼げる奴が7人ほど出て行っちまったけどな。もうすぐエイミーの借金も返し終わる。そしたら俺はハーレム王になるぞ!」
ハーレム王と言った途端にエイミーから睨まれている。
しかしこいつはそんな空気が読める男じゃない。
すでに女7人に囲まれているというのに、これ以上なにを目指すというのか。
「ハーレム王ねえ」
「ああ、今日はこれから大旦那の所に最後の借金を返しに行くんだ」
借金をさせたのは、奴隷にして売っぱらった方が儲かるからだろう。
それを、金ができました返しますってんじゃ向こうは面白くないはずだ。
「なんだか揉めそうな話だな。おれもついて行くぞ」
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