第2話 召喚魔法と家業

 視界が定まらないうちには、よくわからない恐怖のようなものを感じていたが、それがなくなると、急に新しい興味がわいてくる。


 おのずと自らを取り巻く環境がどんなものなのか考えざるを得ない。


 まず最初に気が付いたのは、おれの母親が信じられないほど美人だということだ。




 これは喜ばしいことである。


 なぜなら、父親は不愛想ではあるが顔自体はそれなりに整っている。


 それはつまり、おれは容姿に関して心配する必要がなくなったという事であり、すごい業績を残したが顔はハエ、などという事態は避けられるということだ。




 しかし、育児放棄とまではいわないが、おれの面倒を見ているのはほとんど乳母だった。


 なにをしているのかは知らないが、きっと母親は忙しいのだろう。


 2~3歳くらいの子供がひっきりなしにやってきては、おれの体をいじくりまわしていくことからみて、兄弟は多いらしいとわかる。




 次に、使用人だと思われる人の数と、その多様性に驚かされた。


 人間ぽいのから、動物の特徴を持つ獣人、亜人まで、さまざまなメイドがいる。


 もはや怖いと思えるほど、人間からかけ離れた顔の者までいるのだ。


 そういう人間離れしたメイドほど、表情が怒っているようにも見えてなにを考えているのかわからない。




 そんなことを考えていたら、やって来た金髪メイドによって、おれを包んでいた柔らかい毛布が剥ぎ取られた。


 非常に寒い。


 生まれたままの姿で怯えていたら、風呂に入れられるだけであった。


 風呂があったことにも驚いたが、おれの部屋が建物の4階にあったことにはもっと驚かされた。




 もしや王族にでも生れたのだろうか。


 立身出世などするまでもなく、もはや最高の地位が約束されている男なのだろうか。


 いや、それにしては窓から見える外の景色がのどかすぎるような気もする。


 風呂の窓からは樹木の根元が見えるので、風呂場が1階にあるのは間違いのないことだった。




 一か月ほどで、おおよその言葉が聞き取れるようになった。


 それからハイハイができるようになるまで、おれはオムツを替える役目のメイドが、目の前で魔法を披露してくれることだけを楽しみにして過ごした。


 なによりスタートダッシュが肝心であるから、魔法の練習に必要な魔力の気配を見つける必要がある。




 おれはおむつ替えのたびに、全身の神経を研ぎ澄ました。


 その努力のかいあって、二か月も経つと体の中にモヤのようなものを感じ取ることができるようになった。


 そしたら今度は、適当にママとかパパとか発音してみせて周りを喜ばせつつ、魔力のコントロールに邁進する。




 モヤを体の中をぐるぐる回していると、少しだけ体を動かすのが楽になったような気がした。さらに魔力を回しながら、少しだけ燃やすようなイメージを加えると、はっきりと体の中に力がみなぎってくる。


 しかし独学では、それより先に進むことができなかった。




 これはなんとしても早めに、伝統的な魔法の練習方法を知る必要がある。


 魔法を教えて欲しいという意思を伝えるために、おれはろくに動かすこともできない口の筋肉でもってして、意思の疎通を試みた。


 しかし、口をついて出たのは不明瞭な発声のみで、意思の疎通などできるはずもない。




 パパとかママとか子供が最初に発するような言葉は、そんな状態でも発声できるようになっているのだ。


 おれとしたことが周りが喜んでいるからといって、それで満足してしまっていた。


 すぐさま発声練習を始めたが、あうあうあーとか言ってる様は馬鹿そのものだ。




 一瞬にして心がくじけたので、発声練習は夜にでもやろうと決めた。


 とにかく体が昼も夜もなく睡眠を求めているので、夜に起きるのはつらくもない。


 仕方なしにハイハイの猛練習にでも精を出すかと切り替えてはみたものの、まだ自力ではうつぶせになることすらできない事実に気が付いただけである。






 それから半年ほどが経って、ハイハイによって鍛えた脚力をさらに鍛えるべく、つかまり立ちでスクワットを始めた。


 周りの人が話している言葉も、かなり理解できるようになってきている。


 周りの人間が、おれと意思の疎通をしようとしてくれているのが言語上達にとって何よりもありがたかった。




 強度がなくて割れる危険性があるのか、あまり近寄らせては貰えない部屋の窓から見える景色は、いつまで見ていても飽きることがない。


 メイドの目を盗んでは、おれは窓から見える外の景色に釘付けになっていた。


 そこからの景色でわかったことがある。




 このバウリスター家の家長である父カーティスは、農業を生業としていた。


 ただの土百姓と侮るなかれ。地平線が見えるほどの麦畑を、使役する魔物によって、たった一人で耕している。


 魔法で生み出された生物を、同時にいくつも操ることができるようだった。




 その使役される魔法生命体は、力において元の世界の重機にも引けを取らない。


 水を撒いたり、肥料を撒いたり、とてつもない作業効率を誇っていた。


 そんな恐ろしい生物を操ることが出来ながら、時には鎧兜の男たちを幾人も率いて森の中に入っていくこともある多才な親父殿であった。




 おれの兄弟は4人、長男が一人と三人の姉たちである。


 そしてどうやら5人兄弟の次男坊であるおれにも、なにやら特別な魔法の力が備わっていて、将来は魔法で農業をすることが期待されているらしい。


 おれとしては、こんな田舎で腐りたくはない。


 なんとか兄あたりが、うまく家を継いではくれないだろうかと願っている。




 窓からは屋敷の敷地内にある厩舎で、大きな鳥が飼われているのも見えた。


 この鳥は前世でいうところの馬のような存在で、父カーティスは敷地内から出て行くときにはいつもそれに乗っていた。


 他にも、槍や剣で武装した者が歩いているなどあたりまえで、とてつもなく巨大なオオカミの群れを率いる男や、モンスターの死体を担いで歩く通行人など、おれを驚かせることには事欠かない。




 このモンスターはどうやら食用のようで、内臓が抜かれ下処理がされている。


 そんなものがしょっちゅう運ばれているから、畜産業は発展していないようだった。




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