スキル【超絶陰キャ】持ちの俺が自殺しようとしていた幼馴染の元カノを助けたらなぜか懐かれて家から追い出されました。帰って来いって?もう遅い!

蒼山皆水

スキル【超絶陰キャ】持ちの俺が自殺しようとしていた幼馴染の元カノを助けたらなぜか懐かれて家から追い出されました。帰って来いって?もう遅い!


 俺、小鳥遊海琉たかなしかいるは超絶陰キャだ。


 友達はいないし、作る気もない。

 青春なんてくだらない。


「おい! メロンパン買って来いよ!」


 クラスのヤンキーに言われた。

 こういう奴は大嫌いだ。


 俺は頭の中でこいつをボコボコにする。


 デュクシ! デュクシデュクシ!


 一秒間に五億回のパンチを繰り出した俺は、足元にうずくまるヤンキーを見下ろす。想像の中で。


「すみませんでした。許してください」と涙を浮かべて許しを請うヤンキーを思い浮かべたところで「てめえ、聞いてんのか?」と、肩を小突かれる。


「すみませんでした。許してください」と、俺は言った。超絶陰キャなので、反抗することはできない。


「普通のメロンパンとチョコチップメロンパン、どっちがいいですか?」

 俺はヤンキーに尋ねる。


「お、気が利くじゃねーか。両方買って来いよ」

 俺のことをゴミを見るような目で見ながら、ヤンキーは言った。


 俺はコンビニでメロンパンとチョコチップメロンパンとアンパンを買った。


 アンパンを食べながら歩いていると、人がたくさん集まっているのが見えた。

 彼らの目は上の方に向いている。


 顔を引きつらせている人や、パニックになっている人が何人かいる。

 誰か! 警察に電話! などと叫んでいる人もいた。

 何やら穏やかな雰囲気ではない。


 俺も上に視線を向けると――。


 なんと! 元カノが自殺しようとしていた!


 三階建てのマンションの屋上。その端っこに元カノが立っていた。


 俺は超絶陰キャだったが、中学生のときに幼馴染の女子と付き合っていたことがある。

 クラスの男どもは俺のことを死ぬほど羨ましがっていた。


 やがて受験勉強で忙しくなり、連絡も取らなくなった。

 高校に入るころには、俺と彼女の関係は自然に消滅していた。


「私は今から死ぬのーーー!!!」

 元カノはそう言って、屋上から飛び降りようとしていた。


「やめろ元カノーーー!!!」

 俺は叫んだ。


「元カノーーー!!!」

 周囲の人間が、え、こいつ、彼女いたことあんの? という目で見てくる。


「嫌だーーー!!! 死にたーーーい!!!」

 元カノが叫び返す。


 俺も死にたーーーい!!!


 このままでは本当に飛び降りてしまいそうだ。


「くそっ! あまり使いたくはなかったんだがな……」


 俺は、スキル【超絶陰キャ】を発動した。


 キィィィィィィィィィィン!


 その瞬間、飛び降りようとしていた元カノが、ハッとしたように一歩下がった。


「うわっ! すっごく陰キャだ! あんなゴミクズでも生きてるんだ! 死のうとしたのが馬鹿みたいに思えてきちゃった! ってか、あいつ私の元彼じゃね? ウケる!!!」


 どうしてこんな陰キャが生きているのに、自分が死ななくてはいけないのか。彼女はそんな顔をしていた。


 どうやら、俺の作戦は成功したらしい。ひと安心だ。

 野次馬にも安堵が広がる。


「え、何が起きたの?」

 と戸惑っている人もいた。


 何って、陰キャパワーで元カノを救っただけだが?


「久しぶりだね、海琉」

 元カノが降りてきた。


「ああ。そうだな、ひいらぎ

「相変わらず陰キャだね」


 幼馴染で元カノの星名ほしな柊は、さっきまで自殺をしようとしていたのが嘘のように笑った。


 中学時代から柊は美少女だった。今も変わっていない。それどころか、彼女の美しさは輝きを増していた。


 柊から告白されたときのことを思い出す。


 あれは、俺たちが中学二年生になった春のことだった。




 そこで告白すれば絶対に成功するなどと噂されている桜の木の下で、柊は恥ずかしそうにはにかみながら俺に言った。


「私、海琉のことがきんぴらごぼうの次に好き。付き合ってください」


「俺なんて止めておけ。陰キャがうつるぞ」


「たしかに海琉は超絶陰キャだけど、私は超絶陽キャだもん。陰と陽でちょうどいいじゃん」


 そう言って笑った柊は、まさしく太陽みたいだった。




「それにしても、どうして自殺なんかしようとしてたんだ?」

 俺は柊に尋ねる。


「ねえ、今から海琉の家、行っていい?」

「話がかみ合ってないぞ」


「歩きながら話そうよ」

 そう言って柊が俺の腕をつかんだ。

 柔らかい感触が伝わってくる。


 ヤンキーにパシられていたことを思い出したが、どうでもよくなった。


 俺の家に向かう途中、柊は自殺しようとしていた理由を説明してくれた。


「先月ね、ゴリラを飼い始めたの」

「ゴリラを?」


「うん。毎晩、ドラミングするんだ」

「近所迷惑じゃないか?」


「近所に住んでる人の聴力は私が奪ったから大丈夫」

「えっ?」


「で、ドラミングするのを見てたら、この子はなんにも悩みなんてないんだろうなぁって思っちゃって」

「……おう」


「なんか、突然、死にたくなっちゃったの」

「……そうか」


「そんな感じ」

 彼女はケロッと笑って、そう締めくくった。


 どこか無理しているように見える。


「つらかったな」

 俺は柊の頭をなでた。


「子ども扱いしないでよ」

 そう言いつつも、彼女は大人しく俺になでられていた。


 ストレートの黒髪の隙間から、赤くなった耳が覗いていた。


「泣いてもいいんだぞ」

「うっ……せっかく我慢してたのに……。海琉のバカっ!」


 俺の言葉で、感情をせき止めていたダムが決壊してしまったようだ。


 元カノが抱き着いてくる。

 俺は抱き絞め返しながら、彼女の背中を優しくさすった。


 世界には、俺たちだけしか存在しないんじゃないか。

 そんな気さえしていた。


 家のドアを開けて中に入る。


「おじゃましま~す」

 柊も続けて入って来た。


「別に、誰もいないから気を遣わなくて大丈夫だぞ」

「えっ? ご両親は?」


「仕事の都合で別のところに住んでる」

「ってことは一人暮らし?」


「ああ」

「すごいんだね」


「そんなことはない。家賃を出してるのは親だし、掃除も最低限しかしていない。飯だって、コンビニで買ってるし」


「それじゃあ栄養が偏っちゃうよ。私、料理作るね!」

「いや、それは申し訳ない」


「いいじゃんいいじゃん。さっき助けてくれたお礼だよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


「任せて! いったん準備するね」

 そう言って、柊は一度部屋を出て行った。


 色々なことがあって疲れていた俺は、いつの間にか寝ていたらしい。


「海琉~。起きて~」

 柊に肩を揺すられて起きる。


「すまん。寝てた」

「いいって。ほら、ご飯できたよ」


 テーブルにはすでに二人分のご飯が並べられている。

 サイコロステーキが美味しそうだ。


「いただきます」

「召し上がれ」


 俺はさっそくさいころステーキを口に運ぶ。

「美味いな。なんの肉なんだ?」

 豚肉でも牛肉でもなさそうだ。


「ゴリラだよ」

「ああ、ゴリラか」

 聞かなかったことにする。


「ところで、この後はどうするんだ?」

「うん。私、ここに住むよ」


「はっ!? それはダメだろ」

「いいじゃん別に。私と海琉の仲でしょ~」


「いや、高校生の男女が一つ屋根の下で暮らすのは……色々と問題が……」

「はぁっ!? 何言ってんの?」

「え?」


「勘違いしないでよねっ!」

 柊が顔を赤くして怒ったように言う。そんな表情も綺麗だった。


「どういうことだ?」

「私がここに住む。あんたは出て行く。わかった?」

「……何もわからない」


「いいから、早く出て行きなさいよ」

 完全に目が本気だ。彼女の言うことを聞かないと命の危険がある。


「やれやれ」

 そう言って俺は家を追放された。


 財布とスマホだけは持って、あてもなくさまよう。


 どうして追い出されたのかを考えることにする。


 しかし、何をどう考えても、俺が陰キャだからという結論に至ってしまう。


「キエエエエェェェェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエ!!!」

 突然、鋭い金属音のような鳴き声が響いた。


 次の瞬間――。

「うわあああああああああああああああ!」

 俺は連れ去られていた。


 視界を塞がれ、手足を縛られた。

 揺れを感じて、車に乗せられているらしいことを理解する。


 いったいなんなんだ。


 どこかに着いたらしく、俺は乱暴に車から降ろされ、数メートル運ばれた。


 目を塞いでいた布が外される。

 が、視界は暗いままだった。


 倉庫のようなところに監禁されているらしい。

 電気が点いて、俺をさらった犯人が目の前に現れた。


「メロンパンはどうしたの?」


 目の前に立つ俺をパシったヤンキーだった。


「ごめんなさい。色々ありまして……検討を重ねた結果、残念ながら今回はメロンパンを見送ることとなりました。貴殿の今後の活躍をお祈り申し上げます」


 お祈り申し上げてみるが、彼女には通用しなかった。


「アタシ、ずっと待ってたのに……」

 ヤンキー女は、外見に似合わず一途らしい。


「本当に申し訳ありません」

「いいよ。その代わり、アタシの話を聞いて」


「……はい」

 俺は肯定するしかない。


「アタシ、前からあんたのことが気になってたんだよね」

「は?」


「だからほら、メロンパン、一緒に食べよ? ね?」

 その瞬間、大量のメロンパンが空中から降ってくる。


「なんだ、これは……」

 メロンパンの雨。幻想的とも言える光景に、俺は圧倒される。


「普通のメロンパンと、チョコチップメロンパン、どっちがいい?」

 両手に一つずつパンを持って、ヤンキーが近づいてくる。


「アタシは、君がいいかな。うふふ」

 俺を見るヤンキーの目の焦点が合っていない。


「こわいよぉ。ふえぇ」

 ふっ、好きにすればいい。俺は決して屈しない。


 恐怖のあまり、発言と思考が逆転してしまった。


「おっと、着信だ。どうやら君の元カノからみたい」

 ヤンキーが俺のスマホを持っていた。

 柊から電話がかかってきたらしい。


「出てみるね。あ、遺言とかある?」

 ヤンキーが俺の口にガムテープを貼りながら言った。

「ああ、あっても口に出せないかぁ。残念だね」


 ヤンキーが電話に応じる。


「海琉!? さっきはごめんね」

 今にも泣きそうな柊の声が聞こえてくる。


「私、どうかしてた。ゴリラを海琉に食べられちゃって、それで、ついカッとなって!」


 お前がサイコロステーキにしたんだろ!

 そうツッコみたかったが、口にはガムテープが貼られている。


「本当に反省してる! だから、早く帰って来てほし――」

 そこで電話が切れた。


 今さら帰って来いって? そんなこと言われても――


「ねえ、この女、誰? 答えないと刺すから!」


 もう遅い。

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