第20話『会社を粉々に砕く』ショートショート
Aは大学を首席で卒業した。
当然、内定は決まっていた。
財閥系のM商事だ。
彼の目的はただひとつ。
「M商事を倒産させること」だった。
彼は人事課に配属となった。労務の知識が必要になろうと国家資格の社会保険労務士の試験を6ヶ月の勉強で合格した。
また、人が嫌がる会社と労働者間の労働争議にも手を挙げて解決を図った。
(一日も早く会社を潰すには今の俺は遅すぎる)
彼は6:00出社を自分に義務づけた。他の社員が出社してくるころにはひと仕事終えていた。ただ、仕事はひとりでするものではないことも学んでいた。感じも良かったのだ。
「Aさん、時計止まっちゃた。どうすればいいですか?」
「はい。どこで購入されたのですか?」
「え~と、名前出てこない。あそこですよ、安売り王の……」
「あ~、はいはい、わかりました。電話してみましょう」
「お忙し所すいません。時計販売の部署に回していただけますか?」
「時計?うちはびっくりドンキーですよ?
ドンキーホウテと間違っていませんか?」
「ああね、なるほどそれでは……また」
「Aさん、ドンキーホウテは何て?」
「……すいません。びっくりドンキーにかけてしまいました……」
「アハハ、アハハ、アハハ」
その正直さ故に人の信頼も厚かった。
(アハハ。これも信頼を得るための芝居だ。会社を潰すためならバカのふりさえ何てことはない)
入社して半年後、
Aは係長として経理課に異動した。同期では最短の出世だった。財務諸表を分析するために公認会計士の勉強を始め、一年間で取得した。
入社して1年半年後、
Aは経理課長に昇進した。
(課長まできた。そろそろ潰せるか?)
資金繰りで不正な取り引きを見つけ、取締役会で議題となり、経理部長が更迭された。
部長の後釜はAしかいないとの話しになりAは経理部長となった。
取締役の信頼も得て、資金繰りも任された。もうこれ以上の条件はない。
(ここまで長かったような、あっという間だったような……今の私にはこの会社を潰せる力がある。実行の時が来た!)
スマホが鳴る。
「A部長、社長が危篤です(秘書から)」
「何?」
「それで次の社長は部長にと……取締役会合意です。どうされますか?」
「どうするかではなかろう。決定に従うまでだ」
「はい。部長が了承されたことを取締役会に伝えます」
「待て。社長が亡くなるまで……」
「なぜですか?」
「社長には恩義がある。まだ御存命中に不謹慎だ」
「はい。さすがは部長。敵も作らず人が付いてくるはずですね」
「そんなことはいいから後を頼む……」
(社長になってしまった。会社を潰すためにやってきたことがすべて裏目に出てしまった。私は今まで何をやってきたんだ。よりによって社長とは……)
AはM商事社長として新聞記事にも大々的に掲載された。しかしAの気持ちには何もなかった。
目的を無くしたAは間もなく病で倒れ、死亡した。
おわり
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