第10話(50歳・完)

 「借金の額と信用の高さは反比例する」


 15年続けたパチンコによる借金から逃げ仰せる訳がなかった。

 初めはパチンコするためのお金は質屋から調達した。時計が好きだったのでTAG Heuer、グランドセイコ-、CITIZENプロマスターなどを一本づつ質に入れた。

 もうこの時には完全にいかれていた。それが無くなると妻のバック、アクセサリー、義父からもらったゴルフセットなど金目のものは質屋に持って行った。

 パチンコして手元に残ったのは何枚もの質札だけだった。

 質に入れる物が無くなるとクレジットカードを作った。1枚目が限度額までいくと2枚目、3枚目。もう誰か殺して欲しかった。

惜しまれる命があるのなら変わりたかった。

妻にも申し訳なかった。でも努力とかそんなものでどうにかなるレベルではなかった。


 司法書士に相談した。

「こんにちは。山口です」

「こんにちは。どうぞ」

 女性の先生で事務所内には猫が6匹いた。

「もらってきたんですよ。今から飼ってくれる人を探さないと!1匹どうですか?」

 こちらは死ねか生きるかの覚悟で来ていたので拍子抜けしてしまった。きっとお金に関わる修羅場をたくさん経験されてきたのだろうと思う。

 

 話し合いで任意整理をすることにした。後で考えると恐ろしい決断でいわゆるブラックリストにのり、お金はどこからも一切借りることができない手続きだった。また、クレジットカードを作ろうした履歴が残り、さらにクレカの作成の困難さを増した。しかし、どちらにしても後は破産しかなかったのだけれども……学校では全く教えてくれない。なぜなのだろう?


 先生の手続きで毎月一定額を振り込むことになった。これならなんとか生きていけるかな……安心した……結果……

……パチンコはやめられなかった……

 パチンコするには現金が必要だ。クレジットカードの申し込みを何件したかわからないが、当たり前だが無理。兄、姉、妻(この時は別居している)だれからも1円も貸してもらえなかった。通帳残高ゼロ、財布の中もコインだけとなった。


 最後の望みはお母さんだった。実家はお母さん、兄、姪で生活していた。兄がいない

時を見計らって実家に行った。しかし88歳のお母さんにお金を貸してくれとは言い出せなかった。悲しい思いをさせたくなかった。嘘の塊としか見られていない私でもその思いは嘘ではなかった。


 何か金目の物はないか小屋を物色した。この行為自体が頭がおかしい。

 棚の上に箱があった。中には私の小学時代の通知表や特選を取った絵画などが入っていた。そのなかに「父の日に」と題された作文があった。私や姉のものは酒をやめてくれ、とか電話を付けてくれという類の内容だった。


 『父の日に』

          昭和54年6月17日

                 母

 お父さん、今日は父の日です。T実がお父さんに何かやらないかんな-と言っていましたので、皆で手紙を書くことにしました。

 お父さん、毎日お務めご苦労さまです。真面目に働いて頂くお陰で皆何の苦労もなく毎日を過ごして行くことができます。

 心からお礼申し上げます。お父さんに対するお願いはお酒を晩酌だけにしていただきこれだけです。

 休みの日など朝から飲んでおられる時など何か起きなければよいがと薄氷を踏む思いです。ついお父さんの顔を見るとやかましくいうのです。お父さんのは飲むのではなく飲まれているので全くかわいそうだと思います。

 子供達もいやがっています。T実の言葉使いを聞いていると耳を塞ぎたくなる思いです。私をそのまま真似ているのです。

 いけない、こんなことではいけないと反省しています。

 お父さんにももっと優しくあたらなければならないと思いつつもなかなかできなくて自分の至らなさを恥ずかしく思います。

 私も子供達と共に成長していかなくてはいけないと思います。

 父の日の手紙を毎年続けて行きたいと思います。その時々の家庭の様子や子供達の成長過程の記録となるように。


K  12歳 中学1年

T実 9歳 小学5年

T  8歳 小学3年

犬1匹  モルモット8匹 小鳥2匹

                 終 


 依存、遺伝、性格……自分の中を流れる濁った血液に僕は勝てるのかな?二度と作られることのなかった「父の日に」の作文をお父さんがどんな思いで読んだ?のか聞いてみたい。これを境に変わったことは何一つなかったけれど……




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