第4話 シホホネス

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 シホホネス国。自由民主主義の国である。

 エルティアから南に1000kmに位置する島国で、エルティアの30倍の面積を持つ。横に広く、緩やかなM字型をしている。

 エルティアの南西のリゾートから真南に進むと、シホホネス最北端の島、ヤニ島につく。ヤニ島はシホホネス本土から10kmほど離れており、本土からは船でしか行けない。

 

 ヤニ島は、通称「ねずみ島」と呼ばれている。

 昔より漁業が盛んな島であった。昔は1本数百万する魚が頻繁に採れた。そのため、この島の漁師達は比較的裕福な生活を送っており、本土から島に渡り嫁ぐ女も多かった。

 ところが、数十年前より「ねずみ島に嫁げる」と言うデマで若い女を釣り、「ねずみ島」の一部で性風俗店を営む者が出た。客は当初は島の漁師であったが、次第に本土から性風俗店目的で訪れる男達が増え、需要増に比例し供給も増えた。中には女を騙し紹介料で稼ぐ者、女に借金をさせその返済目的で島に女を強制的に送るものも現れそれは現在でも続いている。ヤニ島は「風俗島」とも呼ばれている。

 ティナは昼の3時頃にやっと一つの地についた。そこはヤニ島であった。

 人がいないことを確認し降り立ち、島の周りに沿って歩くと、上へと登る道があった。ヤニ島は観光地にもなっているようで、白くきれいな灯台、展望台などあり、少し下っていくと小さなお土産屋さんもある。数人の釣り道具などを持った観光客とすれ違った。どの人も珍しそうにジロジロと見つめてきて何やらこそこそと話す人もいた。何やら気まずく、すれ違うたびに顔を隠すように歩いた。

 

 一人の男が話しかけてきた。髪の毛のない、背が高く太ったの中年の男であった。しっかりとした服装で清潔感あるがよく見ると無精髭や鼻毛などが目立つ。歩いている姿も偉そうな態度にみえる。

 「お嬢ちゃんもこの島の人かい?若いのに、家出でもしたのかね?」

 ドキッとした。なぜ女であること、家出したことがわかったのだろう。

 「いいえ。あの、少し観光に来たのです。」

 と嘘をつくと、その嘘をすぐに疑われ

 「お嬢ちゃん。いろいろと複雑な家庭の事情とかあると思うがあきらめちゃあ駄目だ。良かったらおじさんが援助してあげよう。1回1万でどうだ?」

 ニヤニヤしながら偉そうな口調で言ってきた。一切意味がわからない。何だか気持ち悪くなってきた。

 「い、いいえ。良くわかりませんが大丈夫です。」

 と断ろうとすると中年の男は、「遠慮しないで、怪しいものじゃないから」と言いながら、肩の辺りを触ってきた。あまりの気持ち悪さに、身を縮め後ずさりしながら、ばれないように魔法をかけた。すると中年男は、「あれ?あれ?」などと言いながら腰を抑えその場にうずくまり四つん這いのまま立つことができなくなった。その隙に逃げ出した。

 

 少しの間、島の隅のほうで隠れるようにして食事をした。その後森に囲まれた神社のほうへと歩いた。そこには男の一物の形をしたオブジェが祭られていた。何なのだこの島は。何もかも気持ち悪くなってきた。


 夕方ごろ、島の船着き場のほうへ歩いて行くと、不自然なピンク、黄金色のネオンがぎらぎらと光る建物らが見えた。少し距離を置きキョロキョロと様子を見ていると、その入り口あたりに立つタキシードを着た30過ぎくらいの男が近づいてきて優しい口調で話しかけてきた。

 「お嬢ちゃん。どうやってこの島に来たんだい?船に隠れて乗ってきたのかい?」

 なぜこの島に私がいることを不思議がられるのか理解できなかった。しかし、なんだか異様な雰囲気は察知し相手の質問に乗ることにした。

 「はい、隅に隠れてひそかに。」

 「そうかい。そしたら今日は泊るところとかないだろう。良ければ今晩泊る場所を案内してあげよう。」

 とてもやさしい口調で本当に心配してくれているようなそぶりであったが心の奥底に身の危険を感じた。言われるがまま、男と一緒にネオン街のほうへ歩いて行った。ネオン街は老若問わず数人の男たちがウロチョロとしていた。

 あるホテルの脇道に入り裏口の扉からホテルの中へと入る。そのまま薄暗く狭い階段を上り3階へと進む。タキシードの男が失礼しますと言いながら扉を開け部屋の中に入ると50~60近くになるであろう男が足を組み偉そうに座っていた。男は無言のまましばらく目を細めこちら見ていた。

 

 「なんだ、その子は。随分と小さな子だが。」

 「どうやら船に忍び込みこの島に来たらしいのです。家出のようで。この子をここに居させてあげれないでしょうか?」

 「いやあ、そりゃあ駄目だ。こんな未成年使っている事知られたらたちまち摘発されちまう。駄目だ。」

 「でも、もう居場所がないかと。住ませてあげるだけでも。」

 「知らん。駄目と言ったら駄目だ。」

 事務所内を見渡すと、派手な壺や、絵画が飾ってある。机には書類がいくつかあり、その中には女性の写真と経歴のようなものが書かれている。


 「あの、私は大丈夫です。お邪魔しました。」

 立ち去ろうとすると、男はちょっと待ってと引き留めてきた。恐る恐る気になることを聞いてみた。

 「あの、こちらは何の建物なのですか?」

 椅子に座っていた男は足を組んだ姿勢のまま大声でガハハと笑い始めた。

 「そんな事も知らないでこの島に忍び込んだのか。困った子猫ちゃんだ。いいか、明日の船で特別出してやるから今日はさっさと帰るんだ。わかったな。」

 「ここは風俗店で?」

 「そうだ。お前みたいな子供雇えるわけないだろう。本土には摘発覚悟で不法にやっているところがわんさかある。そっちを当たるんだな。」

 「では、騙された女性がこちらで働いているので?」

 男は不機嫌な顔をしながら鼻で笑った。

 「ガキのくせに変な因縁つけるじゃないか?だましてなんかいない。勝手に来るんだ。おいクソガキ。あまり痛い目見ないうちにさっさとここから出てくんだな。」

 ドスの聞いた声が事務所の床を這うように響く。タキシードの男は申し訳なさそうな顔をし、男に何度も謝り、そしてティナにも謝ろうとした。その時、男達は周りの壁が赤く燃えるような色をしながら膨れて始めていることに気が付いた。壁だけではない。天井も床も赤く染まっていき、部屋の空間は陽炎のようにゆらゆらと揺らめく。男の座っていた机からは青白い炎が上る。2人の男は自分達も熱くなっていることに気が付き慌てふためく。

 

 「許せない」

 その言葉と共に、2人の男も真っ赤に燃え、うめき声と共にマグマのように溶け始めた。部屋が噴火したかのように爆発音をあげ破裂し、部屋全体が炎と共に崩れ落ちてゆく。炎の一部は周辺のホテルや建物にも飛び火し瞬く間に数軒の建物を巻き込みあたりが炎で包まれてゆく。ティナはふと我に返り自分の身も守らねばと部屋から出、階段を下り、建物の裏手に回った。火に気が付いた者たちが外へと続々と避難する。中にはパンツ1枚に着替えを手に持った男、上半身裸の男、バスローブや、バスタオルだけを身にまとった女がいた。ティナは見つかってはまずいと逃げ、裏手の川に飛び込み水と一体化し隠れた。

 火はしばらくの間燃え続け、暗闇が赤い炎に照らされ続けた。島の消防が数分後に到着するもたった1台のみ。消化には時間がかかった。数人の男が裏の川の水をバケツですくい火消しの手伝いをしていた。


 遠くで女たちが、両手で口や目を抑え、抱き合い泣きながらその様子を見つめているのが見えた。女達はその場を一歩も動かずただただお互いを慰め合っている様子で遠くからでもその悲しみが伝わってきた。なぜ泣いているの?これでこんなところから解放されるかもしれないし喜ぶべきことじゃないの?悪が一つ滅びたの。良い事じゃないの?わからなかった。

 

 罪悪感が心臓からその周囲を蝕みキリキリと締め付けた。おばあちゃんにもらった薬の事を思い出し、たまらず2粒ほど口にした。

 しばらく水面に溶ける火を眺め、そして暗いほうへと移動した。漁港近くの川に着くとそのままいつの間にか寝てしまっていた。


 翌朝起きると、川から出ずそのまま島を後に、また南へと向かった。

 雲一つない晴天。朝の光が海をより鮮やかにする。体が鮮やかな青と光に調和しながら空を舞うかのように移動する。

 

 しばらくし本土に到着した。漁港の船の近くで数人の男が何やら仕事をしている。見つからぬようなるべく人気のないほうへ移動する。石や貝、流木、ゴミなどが溜まっている小さな海岸を見つけ、そこからゆっくりと上陸した。変な透明の細い糸がバッグに絡みついた。


 とりあえずここがどこだかを確認し、おばあさんの知り合いの家までの道を調べようと思った。海岸へつながる階段を上り、海沿いの道に出る。道沿いを少し歩くと、並行に走る線路が現れた。これに沿って行けばいづれ駅が出てきて場所が特定できる、そう思いひたすら歩いた。1時間近く歩いただろうか、やっと小さな駅にたどり着いた。小さな駅ではあったがコンビニや喫茶店などが数軒あった。コンビニに入ると奥に成人用の雑誌が堂々と並べてあり驚いた。子供も利用するような店だ。エルティアでは違法である。とりあえずさっと食事と地図を選び購入し近くの公園へ行きベンチで座り食べながら計画を立てた。

 電車に乗り、数駅先で乗り換え、また数駅進めば近くまでたどり着けることが分かった。思ったよりも近い。川はあったが日中は見つかる可能性を考え極力使わない事にした。

 駅に入るとき、電車に乗って座っているとき、不思議そうに自分の事を見る人が多かった。変な恰好をしているし荷物も多い。仕方ないか。幸い話しかけてくる人はいなかった。

 地図で見て想像したよりも駅間の距離が長く、鈍行に乗ったせいで、また乗り換えに戸惑ったせいもあり思ったより時間がかかった。やっと昼過ぎに最寄り駅にたどり着いた。昼食は駅から出て目の前にあったパン屋で買い食べた。先ほどのコンビニで買ったお菓子も食べた。おにぎり、パン、スナック菓子。普段お城で食べることがなかったのでとても新鮮で楽しかった。

 

 最寄り駅の駅ビルのショッピングセンターや駅近くの商店街はとてもにぎわっており多くの人が歩いていた。エルティアの城下町も人は多いが雰囲気が全然違った。歩いているだけでどんどんと力を吸い取られていくかのようで強い疲労感を感じた。あらためて地図を見たが、目的地まではまだまだ遠いことがわかった。バスなど乗り継がなければ行くのに大変困難な場所のようだが、どのバスなのかが全く分からなかった。

 駅の周辺で途方に暮れていると、一人の若い男が話しかけてきた。

 「お嬢さん、どうされましたか。疲れているようですが大丈夫ですか?」

 スラックス、ジャケットを着こなし、靴の先まできれいでとても清潔感のある雰囲気の男であった。首にかかった証明書のようなものには「財団法人 少女保護団体」のような記述があった。

 「ええ、大丈夫です。ご心配ありがとうございます。」

 「いいえ、とても大丈夫には見えない。それで思わず声を掛けてしまった次第で驚かせてしまったようで申し訳ない。もし行先に困っているようでしたら無理にとは言いません。私の団体の部屋を無償で貸し出しておりますのでぜひ。もちろんずっといることはできませんが数日の間であれば利用することができますし、もし悩み事があれば相談事にも応じられるスタッフもおります。」

 確かに今までに感じたことのない疲れがありどこかで休みたいと思った。地図を見ても近くに川も池もなく確かに行く当てもなく困っている。エルティアにもこのようなボランティアは存在するし、財団法人だと言っている。信用しその男について行くことにした。

 

 商店街通りを抜け、しばらく歩き住宅街へと入る。隙間なく民家、アパートが隣接する。夕マズメ時。人気も少なくあたりが寂しさを帯びてゆく。

 男が言う施設は、住宅街の一角にあった。最近できたと思われる白くおしゃれな壁の3階建てのマンションだった。男はセキュリティカードをかざすと扉が開いた。一緒に建物内へと入った。

 「今日はこちらの部屋をご利用ください。」

 6畳ほどの畳の部屋。ユニットバス、キッチンなど一人が生活する設備が揃っていた。ちゃぶ台近くに座ると、男は「ごゆっくり」と言って出て行った。

 しばらくするとまた男が来て、小さな弁当とお茶を差し出してきた。「ありがとう」と伝えると、また「気を遣わず、ゆっくりしてください。」と言い、また男は出て行った。

 

 他に人の気配がしないことに気味悪さを感じる。本当に保護施設なのだろうか?

 内側から施錠し、誰も入ってこれないようにし、食事した。弁当はひどく不味かった。シャワールームもカビ臭く、シャワーを浴びれば浴びるほど体が汚されていくよう。布団に関しても同じで、少し横になると体がかゆくなってきた。それでもないよりかマシと思い、なるべく掃除してから使った。それでも何か新鮮で楽しみを感じた。明日の予定を立てるべく地図を見ているうちに疲れでいつの間にか寝てしまった。

 

 真夜中3時ごろ目が覚めた。硬い布団のせいか、首や腰に痛みを感じた。

 トイレを済ませ、また布団に戻ろうとすると、何やら隣で男女が話している声が聞こえた。内容は良くわからないが、時折、鼻から漏れるような声とカタカタと何かが当たるような音が聞こえた。

 玄関の外からも何やら音が聞こえた。恐る恐る、鍵を外し外に出て様子を見ようとするが、鍵を外しても扉があかないことに気が付く。外側からも鍵がかかっている。

 「な、なに、これ?」

 さっと血の気が引いてゆく。しばらく玄関をガタガタ揺らすが開かない。諦めちゃぶ台のほうへ戻った。気味が悪く、その日は寝ずに地図を見ながら朝まで寝ずに過ごした。


 翌朝、朝食を持った男が入ってきた。玄関が開かなかったことについては触れず、外には出ても良いかを聞いてみた。

 「少女が一人で外に出ることはとても危険だよ。中には、勝手に外に出て事件、事故に巻き込まれる子達がいる。だから、実はこの部屋は外からも鍵を掛けさせてもらっているんだ。とても窮屈で退屈だと思うけど、テレビやゲームもあるし、少しここで生活してほしいんだ。極力不自由はさせないように努力するから。何でも言って。」

 やはり、外からも鍵をかけている。とてもやさしい言葉でもっともらしいが、まるで信用ならない。

 

 少しすると男は仕事に行く、夕方に帰ると言って出て行った。

 外に誰もいないことを確認し、玄関を水びだしにして外に出た。確かに外に自作したような鍵がかかっている。外からであれば容易に開けられる。

 ふと昨日声がした隣の部屋から物音と笑い声がすることに気が付いた。気味悪かったが、鍵を開けノックをそっと扉を開けてみる。

 「え、だ、だれ?」

 そこには自分より年上の、中学生ぐらいの女が一人いた。ジャージ姿にぼさぼさの頭をしていた。テレビゲームをしている様子だった。

 「あ、あの。急に申し訳ございません。私も、昨日ここでお世話になり泊めさせてもらったものなのですが。あの、いったいここはどんな施設なのですか?」

 その女はしばらく口を開けたまま不思議そうにこちらを見ていた。やってたゲームでやられたことに気が付き、「あ!」っと声をだす。女はゲームをやめ、再びこちらを見つめて鼻で笑いだした。

 「ねえ、あんたも家出したの?」

 「いいえ。あ、いや、はい。」

 「ふーん。小学生?

 ここ?別に何の施設でもないわ。ここは彼のおうち。私もペットみたいに飼ってもらってるの。ずっと居ていいって言うからさあ。つーか、あんたどうやって部屋から出たの?マジシャン?」

 「え、あ、あの、普通に開いておりましたわ。」

 「へえ、あの小心者がそんなミスするんだ。めずらしー。」

 「あの、昨晩、男性の声もしてたのですが、おひとりなのですか?」

 「え、聞いてたの。やだ。

 あのね、ああいう声だすと喜ぶからわざと出してるの?本当じゃないからね。」

 「では誰か他の人とお二人でここで暮らして・・・」

 「私は一人よ。男はあいつ。たまに夜な夜な来て甘えてくるの。会社でいじめられたとか、嫌なことがあったとかで。それで住ませてもらっている代わりにたまにやるのよ。超気持ち悪いんだけど。でも彼、早漏だからすぐに終わるし、1回やればしばらく来ないわ。超楽勝。」

 全然意味が分からない。

 「あんな顔とひょろひょろな体でさあ、自分はイケメンだと思っているみたいで。でも、仕事はぜーんぜんできないみたい。良くへこんで帰ってくるの。そんな時、優しくしてやると後でお小遣いくれたりすんの。そのお小遣いでネットでゲーム買ってみたり・・・。」

 「あの・・。ご両親は?」

 「はあ?私の?居るわよ。ジジイとババアが。金の話しかしないで酒飲んで酔っ払ってて少しカッとなると殴ってくるジジイと、言うこと聞かないと泣きだして物を壊し始めるババアが。

 なんか、私なんか産んで後悔してるみたい。バッカみたい。死ねばいいのに。」

 

 両親に対し死ねばいいと思っている。本気か?

 そう言った彼女はまたテレビのほうを向いた。ガラス越しに映った彼女の顔は険しくそしてどことなく寂しく、少し泣いているようにも見えた。

 何も言うことができず、少し呆然としていると、邪魔だから居なくなってと言われたので部屋をあとにした。出ていく間際、泊った部屋の扉は軽く壊しておいた。


 じっくりと地図を見てなんとなく地名を覚えた。タクシーを捕まえて目的地近くまで連れて行ってもらった。タクシーの運転手からはさんざん質問されたが、「おばあちゃんのうちに行く。お父さんにタクシー使えって言われた。かわいい子には旅って言われて一人できたの。」と嘘を言い、乗車中は見られぬようなるべく顔を隠した。

 

 タクシーを降りるとそこは高級住宅街できれいな家が建ち並んでいた。木々もきれいに整備されており道も手入れが行き届いておりゴミ一つ落ちていなかった。

 目的の家に着いた。ミヤコさん。彼女も魔女とのこと。家の前に立っていると、家から背の高い一人の女性が出てきた。銀色がかった色のショートヘアーで、目は細く冷たさを感じる。女優と言ってもおかしくないくらいの美人さんだった。

 「誰かしら?」

 「あ、あのー」

 ミヤコは察したようで、超会話で話した。

 『あなたがおば様の言っていたお姫様?』

 『はいそうです。おばあさんに紹介されて。これ手紙です。』

 ミヤコは手紙を受け取ると、それを見もせず、ティナを家の中に招き入れた。椅子に座ると少しして紅茶とお菓子が出された。

 「どうぞ。随分と遅かったじゃない。何していたの。」

 ティナは少しためらったが、意を決してねずみ島での出来事を話した。

 「あれ、あなただったの?派手なことするわね。あの島があんな島だから大々的には報道されないけど。この国であまり派手なことすると危険なの。今後控えて欲しいわね。」

 「も、申し訳ございません。」

 「とりあえずは黙っといてあげる。言ったら私も共犯で疑われそう。」

 あの時に感じた罪悪感がまた体を襲う。背中や腕の辺りに鈍い痛みを感じ、両手で顔を覆い隠す。

 「まあ、してしまった事は仕方ないわ。『永遠にその罪はあなたを襲い続けるけど共存することで強い武器になる』。あなたのお父さんが言ってたじゃない。そのペンダントはそういう意味なんでしょう。これから罪を償いながら生きればいいんじゃないかしら。」

 

 エルティアの代々の王達より言い伝えられた言葉。ハートの形に右斜め上から刀が刺さっている飾りがそれを象徴する。人は必ず罪、過ちを犯す。刀がそれを象徴する。そして心に刺さった刀は絶対に抜けることはなく定期的に後悔、罪悪感、嫌な思い出として心を蝕む。ただしそれを胸に刻み共存することでその刀は心を強くしやがて自分の武器となる。確かに父から教わった。ティナはそれを思い出しペンダントを握りしめる。

 

 「落ち着いたらお出かけするわよ。空いているおうちがあるの。そこでしばらく生活するといいわ。」

 「え、あ、ありがとうございます。」

 「まあ、もう少しゆっくりしてていいわよ。その家の近くからこの辺まで川が流れているの。私たちならすぐ行ける。お疲れでしょう。ゆっくり落ち着きなさい。」

 「あ、あの・・・」

 ミヤコはティナを横目で見る。

 「何かしら?」

 「この国。これが当たり前なのですか?家出した少女を買おうとしたり、風俗店で仕事させようとしたり、成人の雑誌とかも堂々と売られてたり。」

 ミヤコは眉間に少し皺を寄せた。

 「そうね。エルティアでは厳しく取り締まっているものね。この国はそのあたりは自由なのよね。女性にとっては気分悪いけど。」

 「そうなのですか。」

 「相当落ち込んでいるわね。お薬でも飲んだらどう?気分もすっきりするわよ。」

 ティナは素直に1粒だけ薬を口にした。


 しばらくしてから、2人は家を出た。

 住宅街を下り、公園からわき道を逸れて進むと、誰も入らないような草の生い茂る川沿いへ出た。ゴミがわんさか捨てられている。これじゃ高級住宅街も台無しだ。一歩進むたびに四方八方に飛んで行く虫たちがきつい。ミヤコは普段魔法を使うことはないが、たまにここから移動するという。確かによほどの事がない限りこんなところに人が入る理由もないし誰かに見つかることはなさそうだ。

 

 水に入り、言われた方向へ流れていく。水に溶け込んだミヤコは透明の人魚のよう。離れないようについて行く。

 進むにつれ徐々に川の周りが木々に囲われ光が遮られてくる。川は深い渓谷の下を流れているよう。時折、急な滝にぶつかる。それでも進むとさらに暗い山奥へと吸い込まれてゆく。

 数分後、川から上がると、家までの手書きの地図と鍵、そしてチラシを数枚渡され「ここでお別れ」と告げられた。

 「おばさまから聞いていると思うけど、いつでもいいので簡単なお仕事頼まれて欲しいの。ここでの生活に慣れて落ち着いてからでいいわ。チラシと一緒に仕事の内容が書いてあるから読んで、終わったら連絡ちょうだい。よろしくね。じゃあね。」

 少し手を振るとミヤコは足早に行ってしまった。

 

 ティナは地図をみながらミヤコの家のほうへと進んだ。30分ほど歩き、日が落ちる前にその家に到着した。

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