第31話 後日譚④ 魔法の水
「それにしても意外であったな、ホホヅキは絶対そなたと一緒に暮らしたいと強く願うと思ったのに。」 「ま、そりゃあいつにはあいつなりの暮らし方があるからな、最低限自分の事は自分でしなけりゃならないって事は判ってるんだろう。」
意外とも思われたのですが、この度リリアとホホヅキは別々に居を構えた……ここが重要だったのです。 それに今のニルヴァーナの
それはそうと―――以前ニルヴァーナの手前で啖呵を切っていたリリアでしたが、では彼女はどうやってこのスオウで生活を営んで行こうと?
「ん~?まあ色々考えはしたんだが―――ここは一つあんた達に喜ばれる事をしようとな。」 「それが…以前言っていた『
そこで以前話題に出した『
それにどこか自信に溢れていた…自分と一緒に行動をしていた時には料理の“り”の字の欠片もなかった者が―――けれどそれはその仲間さえ納得させられる腕の持ち主がいたから何も自分からしゃしゃり出る事をしなかっただけだったのです。
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それから
「(な―――)何をしているのだ?そなたは…」 「ああニルか、もう少しばかり待っててくれないかな、他の食材とかは用意出来たんだが肝心のがまだなんでね。」 「(『肝心』?)とは行っても私から見たら今すぐにでも店を出して構わないと思うんだが?」 「だあーから言ってるだろ?他は準備出来てるって…だけど目玉が完成しないんじゃ出したくても出せれないと言った処さ。」 「言っておることがサッパリなんだが?」 「だろうな、それにこれはスオウにはない…けれどサライにはある―――ま、もうちょっとの辛抱だ待っててくれよ。」
リリアの言うように外装や内装も整えられており、色々な献立を記した木札に仕込みの終わった品が一揃えとしてあった―――なのに、開店に踏み切らない…一体何故かと問うた結果が『肝心なモノがまだ』…と言う事だった、リリアにしてみれば妙な事を言うものだと思ったニルヴァーナの視界の片隅には、何の用途で置かれているか判らない大甕が3つ…それ以外は変だとは思いませんでしたが―――
「なあ…リリア?あの大甕は一体何なんだ。」 「あれが私のとっておき―――あれの仕込みが終わるまでもうしばらく時間がかかるんだよ。」 「(仕込み…)一体何を用意しているのだ、私としては非常に気になる。」 「まさかあんたまでも興味を持っちゃうなんてなあーーーいいけど、見るだけだぞ、絶対に揺らすなよ。」 「ほう…私もと言う事は私以外の誰かが興味を持ったとでも。」 「まあね、今回私がする事のある意味での商売敵…ギルドの食堂のおばちゃんさ。」 「ふむ…どれ―――拝見。 (うん?)これは…“水”?“液体”?それにしては僅かながら臭いがあるが―――この臭いはひょっとすると…」 「鼻が利くなあ~そうさ、その“液体”の底には天日干しした小魚がまるのまま沈めてある…まだ完成品じゃあないんだから気を付けてくれよ。」
その店の中で一際異彩を放つ謎の大甕3つ―――果たしてその中には天日干しした小魚…いわゆる『煮干し』を水に浸した“液体”がありました。 そう、リリアがひたすら待っていたのはこの“液体”の『完成』―――つまり今の時点ではまだ『完成』はしていない…だから『完成』をするまで待っていたのです。 それにある意味では今回リリアが出店する食堂の商売敵…ギルドの食堂に務める女店員が快く思わない訳はない―――だから敵状視察に来たと言うのですが、その時にもリリアはこの大甕に近づかない事を条件に開店前の店の状態を見せていたのです。(そこを考えると今回ニルヴァーナにこの液体を『見せた』と言うのは、それだけ彼女を信頼している証しでもあるし、リリアなりの心意気も伺えると言えよう)
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一方その頃ホホヅキは―――
彼女はリリアとニルヴァーナとの会話を
幼馴染みの“魔法の水”の事を知っている自分としては、かの逸品に華を添えたいとも思ってもいた…それにここスオウは鬼人の郷―――ここには幾つもの銘酒がある事も知っていました。 そう…今ホホヅキが
「ごめんくださいませ。」 「うん?どうした嬢ちゃんここに何しに来たんだ。」 「あの、よろしければ『
そして告げられた単語―――その短い一言に
「まさか―――あんた、サライ出身の…」
そして頷く女性…すると杜氏は『持って行きな』と一
そこからまたしばらく時間は進み、リリアの方からニルヴァーナに、ある“お誘い”がありました。 その話しによると例の“液体”が完成したのだと言う―――そこで期待に胸を膨らませてリリアが開くと言う食事処に顔を出せば…そこにいたのは自分だけではなく、スオウのギルドマスターや数名の冒険者、ホホヅキに
「『ギルド食堂』の女将…リリアよ大丈夫なのか。」 「何を言ってんだ、こっちは準備は万端仕上げを見て御覧じろだ。 さあてお集まりの皆さん、本日は私の食事処の開店前を祝ってほんの心ばかりの“おもてなし”だ、遠慮なく召し上がってくれ。」
「それよりあんた、聞いたところによると小魚を天日干ししたのをまるのまま使ってるって話しだよねえ。 まるのまま―――って、まさか…」 「ああおばちゃんか、そう言う事さ…“尾”も“
「(そういう事か…私は料理の事は全く判らない、判らないからリリアのしている事が正しいと思って来たが―――だがギルド食堂の女将がそう言うのなら…まずいのではないのか?)」
その例の“液体”を試飲する時、ギルド食堂の女将からの鋭い指摘がありました。 そう彼女もギルド食堂に勤務してから50年以上も経っているからリリアがしたことを判っているのです、小魚を天日干ししたところで魚本来の生臭さやエグみはあると言う事を、でもそこを―――
「確かにおばちゃんの言い分は
そんな事など先刻承知とでも言うように、まるで挑発めいた言葉を発した―――そこで客として招かれた、ギルド食堂の女将を筆頭とする者達はその“液体”を呑み干した―――
「「「「!」」」」 「「「!?」」」
「な、なんだい―――これは…これが小魚をまるのまま使ったってのかい?“
「火に、かけちゃいないよ―――」
「(え?)でも火にかけずにどうやって―――」 「確かに私の
「そなたの厳しい師匠とは―――以前聞いた事のあるそなたの父の事か。」
「いや―――確かに剣の師匠はお父さんさ、けど『
恐らくは、食前に出す乾いた咽喉を潤す為に出されるお茶やお水の代わりに出されたとしても何文句一つない味―――その“魔法の水”こそはヒト族の食文化に伝わる『お出汁』というものだったのです。 それを知り、ギルド食堂の女将も納得はしたのですが…
「さて、リリアの供したのは済みましたね。 ならば今度は私の番―――リリアのお出汁に付け加えるようですか…こちらをどうぞ。」 「(ん?)なんだこの濁り水…香りはどこか豆を彷彿とさせるような?」 「本来なれば、野菜や色々な具材を入れるのですが…まあこの度はそのままの味でどうぞ―――」
「「「!」」」 「「「!!」」」
「こ…っ、これは―――?!」 「驚いたか、まあ儂もこの嬢ちゃんの出自を知った時にゃ
『神宮味噌』とは、サライでも一部の職業―――神社に務める神官職が拵えているとされている高級食材(調味料)でした。 大豆や麦、米を材料にしてそれらを発酵させる為に必要な“
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「それにしても以外ではあったな、まさかそなたに剣以外でも才能があったとは。 しかし、これほどの腕であればノエルとも―――」 「言いたい事は判るよ、けど私のは手間隙は物凄くかかるもんさ、それに依頼や戦時中にはとにかく手早くそれなりに食えて栄養になるものを―――となった時、お腹空かせて指の一本も動かせられない時どっちを選択する?」 「む…むむむうーーーそ、それは究極の選択だな。」 「おいおい究極の選択―――だなんて大袈裟な、けどだから思ったものさ、手間暇のかかる私の『割烹』と、手早く頂けるノエルの『忍飯』どちらが私達の為になるかってね。」
「それに自慢ではありませんが、私の神宮味噌も携帯用としても用いられますしね、第一味噌には滋養強壮にもなりますし。」
「ふうむ…ならば尚の事サライはそなたらを流出させたのは痛いのではないのか。」 「さあて知らないねそんな政治的な事は、そう言う事を判ってるんだったら私たちを
ニルヴァーナの言うように2人のサライの食文化の流出は殊の外痛かった、その一番に割りを食っていたのは『神宮味噌』であり、長らくの間生産もサライ限定だったものがスオウでも生産されるようになり、その希少価値としての高級さは薄まってしまったのです。
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