第17話 戦場に、散りし 花

〖聖霊〗は神仙族の本拠シャングリラ―――にて展開される戦火…その中に叛乱軍の中心人物の意向を受けた者がまかり通っていました。


それに、叛乱軍―――正規の軍隊ではないだけにその規律は緩く、集団での展開はしていませんでした。 そう―――得意とするのは白兵ケリラ戦…無論個人個人が突出している武力ブリキを持ち合わせていたから言うまでもないのですが。


しかし―――“過”ぎたる自“信”は、時としてわざわいとも成り得る……


         * * * * * * * * * *


ニルヴァーナやリリア、ホホヅキもそうしたならいから個別の単独で行動をしていました。 彼女達の目的はただ一つ―――まずはどの様にして女媧と接触をするか。 幸いここは神仙の本拠であるシャングリラであるだけに、ここをくまなく探せばやがては―――と思っていた事でしょう。 ところが、彼女達が想定していたよりも以上に被害が甚大だった。


見渡す限りが瓦礫の山―――且つては『桃源郷』とさえ言われた理想郷ユートピアが、戦火に呑まれてしまうとこうなってしまうものか…それにこれでは女媧の生存すら危ぶまれました。

とは言え希望を捨てる謂れはない、彼女達の“希望”―――それは女媧の存命、ただそれだけでした。 だから手分けをして探しました、ニルヴァーナは戦場の西側に、リリアとホホヅキは南側に―――しかしその南方面でさある難敵と遭遇してしまったのです。


「はあ~ン―――珍しい…まさかこんな処でお前と出くわすなんてね。」

「お前は『レベッカ』!こんな時に一番遭いたくないヤツと遭うなんてね。」


リリアとホホヅキがシャングリラにて女媧の行方を探し出そうとしている時、遭遇してしまった“因縁”の相手―――その名を『レヴェッカ』、“圃人ホビット”でありながら徒手空拳の技に秀で、武器での戦闘よりも無手の戦闘を得意とする猛者でした。 しかもヒト族の小国で武芸指南をしていたリリアとの因縁かんけいは浅からなく、両者とも武者修行時代には互いに“敵”となったり“味方”となったり、ある意味で好い敵対関係ライバル同士でもあったのです。 しかも互いのこわさを知り尽くしている者同士……それに再会の場が戦場とくれば、互いが“敵”同士であると認識するのにそう時間はかからなかったのです。


瞬間―――ピリつく現場…しかもこの時ホホヅキはリリアと行動を共にしていたのでこの現場に居合わせたのです。


「リリア―――ここは助太刀を…」

「いや、ここは離れて―――ホホヅキ。」 「どうして―――…」

「言っちゃなんだけど、ホホヅキが加勢してくれても状況は変わらない…寧ろ私達が不利になる―――そう言ってるの。」 「けれど、私もあなたの足手まといにならぬよう修錬を積んだのですよ!?」

「だとしても―――!いい加減聞き分けてよ! ホホヅキを護りながらじゃアイツと対等以上に戦えない!」


暗に、自分が足手まといである事を仄めかされた―――自分としてはそのつもりでは、そうならないように修錬に励んだものを…それを、一瞬の下に断ち切られてしまった。

ホホヅキは、聞き分けの悪い方ではありませんでしたが、ことリリアに関する事となると見境が無くなっていた。 今回はその悪い方の一面が出てしまったわけなのですが。


「(言っている事は判る―――言っている事は……それだけまだ私が未熟だと言う事、それに相対している二人を見てて判ります、私が加勢をしたところで私のあの人の枷にしかならない事を…。 ですが―――!)」


逡巡しゅんじゅん―――ほんの些細なわだかまりが判断を鈍らせた…それに、ここは戦場―――めぐるましく流動し変化する冷酷であり残酷な地……


「よおーーーなんか面白い事になってんなあ?隊長サンよ。」

「お前か―――『ラスネール』…アタイが愉しもうって時に横槍チャチャ入れてくるんじゃないよ。」

「カッーーーカカカ!言ってくれるじゃねえか…しかしよォ、当初この遠征は気が乗らなかったんだが…なんだ、日頃の行いを善くしてりゃにも預かれる―――ってなもんだなあ?レヴェッカ…」


「(今―――あいつは何だって言った?『ラスネール』…『ラスネール』だ、と?傭兵稼業で常に上位にいるってヤツが、なぜ魔王軍に?!)」


リリアはその男―――『ラスネール』についてもよく知っていました。 ニルヴァーナと知り合い彼女と行動を共にするより以前、リリアは『傭兵団の頭領』でした、だから同業者として知られるラスネールの事をよく知っていたのです。 獰猛にして残忍、報酬の有り様では親や配偶者、子供に友人ですら笑顔で殺せる悪名高き傭兵―――リリアは腕の達つ傭兵達を集めて傭兵団を結成していましたが、ラスネールは徒党を組まない―――まあそれは協調性を善しとはしないその性分の所為もありましたが、単独でやっていける腕だけは確かなもの…そこを見込んでリリアもラスネールを勧誘した事がありましたが。


『(ダメだこいつは…確かに強い―――傭兵としての腕は確かなもんだが、こいつを入れた処で私達の利になる処はありゃしない。 惜しい気もするが断念するしかねえな……)』


人を人とも思わない―――その態度は一度会って見てすぐに判りました。 確かに噂に聞くだけの腕は持ち合わせている―――とはするものの、仲間と連携し合わなければ仕事の一つも出来はしない…そう感じたリリアはラスネールを採用しなかった訳なのですが、それが何故か『魔王軍』に?


『魔王軍』は、これまでも説明してきた通り、魔界の正規軍―――魔王直属のであるだけに、規律が厳しい事で有名、軍令に背いて単独行動にはしろうものならば即座に処罰の対象となってしまう…だとしたら、他人と協調しないこの男が魔王軍にいるのはどうしてなのか?


「それより―――これでようやく数の上では対等…2vs2だね。」

「ちょ―――ちょっと待ってくれ、こいつは関係ない、お前達2人の相手は私がしてやるからこいつだけは見逃してくれ!」

「はあ~?なに勘違いしてんだ―――それがアタイにモノを頼む時の態度か?」

「い…いや―――悪かった、見逃して…下さい。」

「ふう~ン―――さあてどうするね?ラスネール。」 「ふふふん―――そうさなあ…」


自分がそのこわさに憧憬あこがれ、慕って来た女性ひとが、自分の生命を乞う為にその額を地面に擦りつけ嘆願をしている―――その光景はホホヅキにしてみればショックそのものでした。 そして同時に後悔したのです、『ああ、あの時やはりこの人のげんに従っていれば』と―――けれどここは戦場…冷酷であり残酷な…


「まあ…順当に考えて、そいつはねえな。」


この一言で、リリアとホホヅキの命運はついえたと言えました。 ―――と、言うより、悪名高き傭兵に通じるものではなかった…と言うべきか。 そもそも自分はどうしてこの非人道的な男が、自分が提示した条件を呑んでくれるものだと思ったのだろうか…それは生命を軽んじる者が見せる、口の端が歪んだ表情を垣間見ても判るのです。


「なあーーー『頭領』さんよ…あんたがワシを勧誘してくれたのは覚えてるぜえ? だ、が―――運命とやらは残酷だなあ?今や巡りに廻って『頭領』さんは叛乱軍の一員、そしてワシは魔王軍の一員だ。 判らんもんだなあ全く…何がどう転ぶか―――」


「おい、待て―――」 「あ゛?なんだレヴェッカ。」


「そいつはアタイの獲物だ、まさか横取りしようってんじゃないだろねえ。」 「な゛っ―――!チェッ…ワシの相手はこのひょろいのか、敵わんねえ隊長サンには。 まあ…精々遊んでやるか。」


今ので、どことなく判って来た―――この2人の関係。 それにラスネールが魔王軍にいるのかも判ってきました。

経緯の如何はどうあれ、レヴェッカとラスネールは一度対決した事がある、その結果としてレヴェッカがラスネールを下し自分が所属している魔王軍に入る様に勧誘したのではないか。 それにラスネールの方でも自分の実力の程が判っているから、そんな自分を下す者に従わない道理はない…これがリリアの読みでした。

しかし例えそうだとしても自分達の危機は刻一刻と迫ってきている。 果たしてこのまま…自分は幼馴染を無事に護り切る事が出来るのだろうか―――…


          * * * * * * * * * *


一方その頃、奇しくもヘレナもこの戦場に到着していました。 そしてこの度、自分の血肉に取り込んだヒト族の忍の達人―――マキを使い、混沌と化そうとしているこの戦場の情報を掻き集めていたのです。


「(さて、上手く女媧とのわたりをつけましたが、以前ようとして公主様の行方は判らないまま…これはもしかすると既に公主様は亡くなられているのでは。)」


一番の目的である女媧の生存の確認とわたりは付けてきた、そして次なるは魔王軍の手に落ちてしまった竜吉公主の生存と所在の場所を探る事。 しかし優秀な忍の能力を使用したとしても箸にも棒にも掛からない―――これはもう公主様は存命していないのでは…と諦観あきらめる一方で。


「(あれはニルヴァーナ、となると後の2人もこの戦場に…)」


「(む…)何用だ―――お前は…?」 「お久しぶりです【緋鮮の覇王ロード・オブ・ヴァーミリオン】、ヘレナです。」

「ヘレナ―――?それにしては私の知っている容姿ではないが。」 「今は訳あってこの者に偽態なりすましています。 それよりも―――なのですが、もしやあなたがこの戦場を往来していると言うのも…」

「ああ、そう言う事だ。 我が盟友から女媧殿の安否と出来ればシャングリラよりの脱出を…な。」 「ふむ、そう言う事でしたか。 実は私も事態の急変を知り独自の見解で女媧殿の身の保全を―――と。 それにご安心を、先頃女媧殿と接触出来まして生存の確認は取れました。」

「おおそれは僥倖。 して女媧殿は。」 「あの方自身は飽くまでここに居残る決意を表明しましたが、あの方自身でも自らの生死を重要と捉えています。 ですから万が一の時には―――」

「ふむ、委細承知した。 それでヘレナ、実はリリアとホホヅキもこの戦場へと来ていてな。 その朗報彼の2人にも報せてはやってもらえないだろうか。」

「判りました―――それと気がかりなのですが、この戦場で余りに弱弱しくなった気配が2つ…それと近くに強く大きな気配が2つ―――まさかとは思いますが急遽その地点に駆け付けたいと思います。」


この戦場で知り合いの顔を見た、それこそが自分の“主上リアル・マスター”が最も信頼を寄せる盟友―――【緋鮮の覇王ロード・オブ・ヴァーミリオン】ことニルヴァーナでした。

それにどうして彼女がこの戦場にいるか、その理由もニルヴァーナの口から語られた事で奇しくも自分達は同じ目的で行動をしている事を知り、自身が得た『女媧存命』の情報をリリアやホホヅキに報せようとしたのです。


けれどヘレナには懸念される事項がありました。 ヘレナは吸血鬼ヴァンパイア―――吸血鬼ヴァンパイアは生ある者の血を糧として時間を紡ぐ者、これはつまり生者の生体反応に敏感である事を物語っていたのです。

そしてこの地点からそう遠くない場所で、どことなく見知った気配が弱く小さくなりつつある…おまけにその側には強く大きな気配も、その事に憂慮しつつその地点に駆け付けてみれば―――


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


恐らくは―――リリアとレヴェッカとの対決どうにか凌げていた事だろう、けれどそこには不要な存在…ホホヅキが。 とは言え彼女も強い、普通の相手ならばリリアも手助けするまでもなかった事でしょう。 けれど今回ばかりは相手が悪かった、レヴェッカはリリアのライバル―――彼女達の闘争だけで言えば勝敗は早々つくものではありませんでした。 不要―――この場に決していてはならない…ホホヅキがいると言う事で、リリアは常にホホヅキの事を気に掛けながら闘わなくてはならない。 ただでさえ不利―――苦戦は否めないのに、そこにまた想定外が登場してしまう。

彼の者の名はラスネール…非情にして残酷な者として傭兵界隈では余りにも悪名高い有名な人物。 しかもラスネールは獣人―――“人狼ヴェィオウルフ”…満月の月夜になると漆黒の体毛に覆われ、その性酷薄に磨きのかかった【黒狼】と二ツ名さ呼ばれる存在…。


善く評価すれ言えば、この2人もの強者からホホヅキを護っていました、けれどそれは所詮相手が遊んでいただけ―――自分と同等の実力を持つ者と、もう一人の自分と同等の実力を持つ者…しかも片方はリリアをあざける様に―――また、あなどる様にしているだけ。

リリアがレヴェッカを相手している時にも足を引っ掻けたりだとか、不用意な手を出したりだとか、兎角揶揄からかうかのような態度が散見しつつあったのです。

そんな相方を見てレヴェッカは何を思うものか…彼女は特段としてラスネールの事を批難糾合するものでもなかった、例え自身のライバルなる者が好い様にされようとも中止させるでもなく、ラスネールからの妨害も受け入れているようだった……?

ただこの事はホホヅキにしてみれば面白かろうはずもなく、自分か愛する幼馴染みが好い様に甚振いたぶられているのを見ていると、つい“カッ”となって手を―――


「おのれ…1vs2とは卑怯なり!」 「(はッ!)何をするんだ―――止めろ、ホホヅキ!」


「手を…出しちまったみたいだな。 おい、ラスネールここからが本番だ。」 「その言葉、待ってたぜ。 そうだよなあ…自分の相棒がワシらに好い様にされて―――黙っておけるはずもねえよなあ。」


自分の“怒り《感情》”に任せ―――、手が出てしまった。 その途端北叟笑ほくそえみ始める好敵手。 そう…レヴェッカは自分達がリリアを甚振いたぶっていれば、いつしかホホヅキが手を出してくる…のではないかと踏んでいました。 敢えて本気では闘争をしなかった、揶揄半分おちょくる程度にしておいたのです。 そんな事とは露知らず、手を…刀を抜いてしまったホホヅキ―――これで大義名分は出来た、自分とライバルとは見知ったるあいだがらでしたが、魔王軍からしてみると関係のない話し。 それにここ最近派遣されてきた総参謀様の仰るのには『非戦闘員を殺してはならない』…この時のリリアとホホヅキは、依頼主から与えられた魔王軍の装備を外しており見様によっては一般人―――そう非戦闘員と見られてもそうおかしくはなかった。

けれど今、ホホヅキの手には―――非戦闘員にはあるまじき武器が。

これで、自分達の大義名分は成った―――武器を帯びているのは最早非戦闘員ではない。 故にこれからが本番―――愉しい殺戮ショーの始まり…


相手の仕掛けていた罠にはまってしまった―――と思っても、もう遅い、これからリリアは全く勝ち目のない戦いに挑まなければならないのです。 それに易々と嬲り殺しにされるつもりはない、リリアは己が持てる力を発揮しました。 そう―――万象を斬り払い、寄せるわざわいを跳ね除ける≪晄剣≫と≪晄楯≫のスキル。 この戦闘スキルはリリアを後年に於いて【清廉の騎士】と讃えさせるほど優秀でしたが、まだこの頃だと多勢を相手にするのに無理があった…


「あっ―――!!?」


まずは目の前の障害を排除した上でホホヅキの救援に駆けつける―――戦術としてはよく出来た方でしたが今一つ足らなかった…思いもよらない激痛が迸ると共に“ぼとり”と落ちるリリアの左腕―――正面のレヴェッカを気にするあまりに背後のラスネールの事を忘れていたか、リリアの左腕を斬り落としたのはラスネールでした。


「ふん…卑怯―――だなんて野暮な事は言うなよ、『頭領』さんよ。 ここは戦場だ、戦争の現場なんだ、戦争てのはな殺し合いをする場なんだよ! それをまさか…決闘だのと、そんなおキレイな事を考えてたって事を言うなよ?」


忘れていた―――ここ戦場…ここ戦場。 戦争の現場―――慈悲を掛ける謂れも、情けを掛ける謂れもない。 それをなぜライバルとの決闘だなんて思い違いをしてしまったのか…流血の余りに気が遠くなり始めたリリアの耳に、ホホヅキの悲痛な叫びが木霊する―――


「(すまない…ホホヅキ―――あんたを護れなくて……)」


「リリアーーーーッッ!おのれえ~~~リリアの仇!」


意識が遠のく中で、それでもはっきりと捉えていた―――捉えてしまっていた。 自分よりも可憐な一輪の花が散り逝くサマを。


ホホヅキは元をただせばリリアと出身の国を同じくしながらも、彼女自身は地元の神社に仕える神職の娘でした。 ゆえに武にはうといはず―――なのに、人を想うココロがそうさせたのか、見様見真似でリリアの真似をしていた処、地元を騒がせる程の腕前と成っていた。

しかしそれでも“蛙の子は蛙”―――武家として育てられたリリアとは違ってその素地はない。 今も殺されてしまったリリアの為を思い仇討ちを決行するものの、敢え無く返り討ちに。

おびただしい血潮が流れる中でも、慕っていた幼馴染と一緒であればと、彼女の死に顔はどこか満足気でし――――


「中々に面白い余興だったがどこか物足りねえなあ。」 「まあそう言うな、アタイとしちゃ因縁の相手が潰れたことに感謝だよ。」


二人の死体を前に、勝者は誇る―――おごる、が、しかし…それはある者を呼び寄せてしまう契機ともなっていました。


そう、今この場にはおびただしい量の血が在る―――そして血は、吸血鬼ヴァンパイアの好物……


「おやおやおや、どこか美味しそうな臭いがすると思って釣られてきてみりゃ、こいつは大した御馳走が用意されている様じゃないか。」


「な、なんだお前―――!」 「血…?血の臭いに釣られてきただと? そうかお前は吸血鬼ヴァンパイア―――」


大量の、血の生臭さにおびき寄せられたか、一人の吸血鬼ヴァンパイアが血溜りの中から顕現してきました。 しかもその顔は―――


「あ…あんた、『公爵』のエルミナール様―――?」 「な…なに?あの魔貴族である『大公爵』の一族の―――」

「おやおや…私も随分と有名になったもんだ。 数百年来自分の城に籠りっきりだった私の顔を―――なぜ圃人ホビット如きが知っているのやら…」

「こちとら、魔王軍に入る以前あちこちと武者修行の旅に出てたもんでね、それであんたんとこにもお伺いした事もあったはずなんだけど。」

「知らないねえ~?と言うより、記憶に残らなかったんだろうさ、圃人ホビット如きのこわさじゃ―――ね。」

「言ってくれるなあ…この言葉で完全に傷付いちまったぜ、アタイの誇り《プライド》がよ!」


        * * * * * * * * * *


『公爵』エルミナールは元々出不精でぶしょう…引き篭もりでした。 けれどその武は天賦の才だった。 自分の城からは一歩も出ない―――と言うのにその武の腕に覚え有りき…とは、一見一聞すると矛盾しているように思えるのですが、エルナールがその武の腕に覚えがある者達を、自分の城に招いていたとしたら……?

それにエルミナールは自身の“価値”と言うものをよく知っていました。 並の牡なら…男なら、一度は抱いてみたいと思えさせる程の肉欲的な肉体―――それを褒美エサに達人たちを招き寄せたら?


けれどは……エルミナールはこの世の存在ではない―――この場に存在しているエルミナールも、所詮はある存在の別の姿…

ある時節、自分の噂を聞き、自分の城を訪れた者を受け入れました―――またしても、自分の肉体を好き放題にしたい愚か者が訪れてきた…当初エルミナールはそう思っていました。 思っていましたが…自分の目の前に現れたのは、自分と同じ―――


「(『吸血鬼ヴァンパイア』?バカな…吸血鬼ヴァンパイアの一族はお父様である『大公爵』の血の流れを汲む者しか……待てよ?そう言えば―――)」



血の吸えない不良品を棄ててきた事を思い出した―――思い出して、しまった。



「まさかお前!!」

「こんばんは、おはようございます、或いはこんにちは。 それとも『お久しぶり』と申し上げましょうか―――『公爵』エルミナール。 それにしても、私如きのゴミめの事を覚えて下さっていたとは光栄の至り…と、取り敢えずは言っておきましょう。」

「な……なぜお前が―――?生きて…」

「その疑問は、至極当然でしょう。 本来であれば、血を吸えない“不良品”である私は、乾涸ひからびた衰弱の果てに死んでいたはずなのですからね。 しかし私達は不死の身―――そんな私達が“死”する意味とは、輪廻の輪にも入らない存在の消滅ロストのみ―――…そんな私が、未だ“生きて”いる……そのこたえはもう出ているはずですが?」


そう…“誰”かが手を貸した―――在るべき時に“死”ななければならなかった存在を“生”かすべく。

しかし今はそうした詮索をしている場合ではない、どう言った経緯で生き延びているにしろ自分達はこの者を見棄てたのです。 その見棄てられた存在が、自分の目の前にいる―――引き篭もりの自分の城に他人がいると言う事の意味、いわば自分が蒔いて来た種の事をエルミナールはよく噛み締めていました。 それに彼女には、これまでにも武の達人たちを数えきれないくらい屈服させてきてその都度血肉にしてきた―――その自負がありました……が。


「(な…なんだこいつ!今まで私が血肉としてきた奴らが通用しない―――?)」


「この程度…でしたか、正直拍子抜けです。 この私を不要と切り捨ててきたあなた方が、ここまで弱い……ああいえ、別に気にする事はありませんよ、ただ私が強くなりすぎただけですから。」

「(このお~ッ!私達を弱いだと!言ってくれる……)ちょっと待ちなさいよ―――あなた今、なんと? 『あなた“達”』……?『あなた“達”』……って事は!?」

「あら、お気付きあそばされたとは、中々に賢いようです。 ええ―――もう既に『大公爵』エルムドアを筆頭とする、『侯爵』『伯爵』『子爵』『男爵』は、です。」


「(バカな…有り得ない!有り得ていいはずもない!だって私達『大公爵』一族は、あの【大悪魔ディアブロ】ジィルガからのお墨付きを与えられる程―――それを…それを、私を除く全員を既にだ、と!?)」


「『何故そんな事が…』と、お思いでしょうが、こそが私が今まで生き延びているという理由―――私は或る方の血を受け入れる事で存在の消滅ロストから免れることが出来た…不思議ですよね、『大公爵』の一族として生まれながらにして血を吸えない“不良品”としてのこの私が―――その或る方の血を受け入れることが出来た…恐らくあなた方が私の“主上リアル・マスター”の血を受け入れる事は出来ませんでしょう、それほどあの方の血は“毒”なのですからね。」

「(“主上リアル・マスター”?)“主上リアル・マスター”―――だ、と?あなた…それがどう言う―――…」

「これから、私の“一部”となるあなたに言って聞かせてあげる程のことではございませんが…まあいいでしょう。 私の“主上リアル・マスター”こそ、〖昂魔〗…いえ、恐らくは魔界一の『異質ヘテロ』、蝕神族のカルブンクリス様―――」


『聞いた事がある』―――そう思考した刹那、エルミナールの意識に存在は混濁し、この世の存在ではなくなってしまいました。 そう、その時を限りにヘレナはエルミナールの容姿や口調、身振り手振りを借り《マネ》ていたのです。


ただ、そううしたところで変わり映えはしない、今ヘレナの目の前にはおあつらえ向きの餌食エサ用意されているだけ…。



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