第10話 “絆”の始まり

現在より数十年前、〖昂魔〗の領域にある一都市に両手首と首に枷をさせられ憲兵に引かれて行く罪人がいました。 その罪人こそベサリウス―――この伏魔族の青年が、また一体何の因果で罪人の扱いを受けなければならなかったのか。 『窃盗』?『傷害』?それとも『殺人』?? まあ確かに殺人の罪を犯してはいたのですが、その経緯というものが……


「ベサリウス―――またお前か、面倒ばかり起こしやがって。」 「へへへッーーーこりゃあ旦那、いつもお世話なこってす。」(ヘラヘラ)

「お世話じゃねえだろう……全く。 しかも今回は人殺しにまで及びやがって、判ってるのか?殺人といやあ……」 「第一級犯罪―――でしょ?判ってますよそんな事ァ……」(ヘラァ)

「(…)まあ一応事情の聴取はしてやる。 それによって情状の酌量てヤツがあるかもしれんからな。 で……なぜ人を殺したんだ。」 「(……)―――オレのダチが、謂れなき罪に問われ、個人としての権利も侵害され、挙句の果てに殺されたからですよ……。」


ただ単なる、衝動的な殺人ではなかった―――彼の友人の尊厳が損なわれ、おとしめられ、その果てに殺されてしまった……ただ、その場では話されていなかった事情があったのです。


彼の友人とは、女性―――……その彼女が職場の上司から無理矢理肉体の関係性を迫られ、激しく拒絶してしまったがゆえに上司の怒りを買い、嫌がる彼女を力で捻じ伏せると無理矢理“行為”に及んだ……ただ、それはそこで終わりではありませんでした。

上司は自分が及んでしまった“行為”が表沙汰になってはならないと、身内の検事長に相談を持ち掛け、彼女に対しての処遇が検討されたのです。 当然のことながら被害者である自分が何故か謂れの無き罪を着せられており、個人としての権利も奪われ職も失ってしまった……それでも安心が出来なかったのか、上司は口封じをする為に『掃除屋』を雇い、あたかも自殺を図ったかのように見せかけ―――殺した……

そこまでが、彼女の友人であるベサリウスが調査をした結論でした。


ただ、その事を憲兵の取り調べで言わなかったのは、友人に対しての配慮から―――…

彼女と彼は誰に指摘されるでもなく世間的には“はみ出し者”でした、義務的な教育も受けず、だとして職にも就かず……ただ仲間内とその日その日を特に何もするでもなく無為に過ごすだけ。 その間でも色々とバカをやらかし、憲兵にも言っていたようにそうしたところの厄介になるなど1度や2度ではありませんでした。

それでも……大切な仲間だった―――そんな仲間の一人が権力の暴力により命を落としてしまった。 仲間内では一番仲の好かった女性の友人の無念を晴らす為、つまりは“義憤”で彼女の元上司を死に至らしめたのです。


ただ―――…


「おーーーいベサリウス、出ていいぞ。」 「(…)はあ?そりゃまたなんで―――」

「お前感謝しろよ?お前みたいなのを身元の引受人になってもいいって言う気の毒な人物好きがいてなあ。」 「(……)へへへッーーーそいつは違いねえ。 こんな悪党のどこを見込んで下さったんだか……で?そのオレの恩人様はどんなお人なんだい。」

「ああーーーそれがなあ……なんでもお前の身元引受人になってもいいって言う代わりに、自分の正体を明らかにしない―――それに詮索するのもしないって事が条件らしいんだ。」「(……)へえ~~~そいつはまた―――」


「(確かに物好きな御仁だ。 それにまた、“偽善”を装っているのか……この“善意”を通してこれから無理難題を吹っかけてくるのか……まあ、そこはそれなりに受けた恩は返させてもらいますよ。)」


常日頃は何の気ない悪さばかりしていても、“義”は忘れないおとこ……それがベサリウスでした。

それにしても、第一級の犯罪を犯した者―――その末路は死罪と決まっていた者を寸での処で救った“謎”の身元引受人―――とは、一体何者だったのでしょうか。


          * * * * * * * * * *


その彼が憲兵によって連行されしょっぴかれて行く処を、偶然にも目にしていたのは……


「(あら?今の彼は……)」


「いかがされましたか。」 「ああごめんなさい、ちょっとーーーね。」


〖聖霊〗の竜吉公主がこの街を訪れていた……しかしなぜ派閥の違う彼女が〖昂魔〗の一都市にいたのか。 けれどそれは―――……


「それにしても思い切った事をするものです。 我等〖昂魔〗とあなた様方の〖聖霊〗とのパイプの構築に、竜吉公主様ほどの人物が一役を買う等と。」 「いえ、だからこそこの話しに現実味が帯びて来ようと言うもの。 そしてれらが“長”の意気込みも……」

「―――承りました。 この件は“長”であるジィルガに通し、あなた様が〖昂魔〗の領域内で活動しやすいよう便宜を取り計らいたいと思います。」


この時、竜吉公主ほどの人物が〖昂魔〗の一都市に来ていた理由こそ、派閥間のパイプの構築―――これは大義的な目的ではあったのですが、この中身を見てみると実際は有能な人材の発掘と獲得……いわゆる『スカウト』や『ヘッドハント』を主目的に於いていたのです。

{*しかもこうした事は竜吉公主だけに限らず各派閥間で盛んに行われていた。 参考までにこの時竜吉公主の相手をしていたのは元〖神人〗に所属していた装人蜘蛛アラクネだった。}


こうして関係官庁の担当である装人蜘蛛アラクネとの渉外を終わらせた後……


「それより先程はどうされたのです? あの“はみ出し者”が連行されているのを目で追われていたようですが。」 「ええ…ちょっと気になった事があってね。 まあ気のし過ぎだと思うんだけれど。」

「まさか……ですが、あのような者を目に掛けられた―――と?」 「そんなん―――じゃないけれど……」


「(けれど、一瞬でも気になったのは事実……。 あのヘラヘラとした表情とは裏腹にその眸だけは“活き”ていた―――憲兵に連行されるからにはそれなりの罪に問われるような事はしているのだろうけれど……)」


竜吉公主にはある程度の≪人物鑑定≫のスキルが備わっていました。 そこで一瞬―――その場面を見かけた時、かの罪人の“異”とも取れる部分は見逃さなかった……ものの、それは“一瞬”。

現在彼女が〖昂魔〗を訪れているのは政治的にも大事な話しを詰める為。 そこで感じた疑問を晴らせるにはまさに―――……


「(ふうーーーんなになに……『殺人』?!一級の犯罪じゃないの!これでは確かにあの装人蜘蛛アラクネの言っていた事と少しも違わない……私の眼も曇ったのかなあーーーでも引っ掛かるのよねぇ。 だって一級の犯罪を犯したとなると僅かでも眸の内は曇ってしまうモノなのに……なのに彼の眸は曇るどころか逆に輝いていた。 そう―――まるで何かを達成した時のように。

これは何か“裏”があるのかもね、あの彼が役人の一人を殺すまでに至った動機ナニカが……)」


竜吉公主が〖昂魔〗の領域内に於いて活動を開始させたのと同時期に、公主自身が“彼”と言う存在を一目見た時から気になっていた事を調べていた……そしてある事実に突き当たっていくことになったのです。


「(これーーーって、彼は仲の好かった仲間(彼女)の為に義を徹したと言うのね。 ああ……素敵だわこの子、不当な死を賜ってしまった仲間の為にここまでの行為に至れるなんて……余程彼女の事を愛していたのね。)」


元々〖聖霊〗の神仙族は義を重んじる種属―――なだけに、仲の好かった異性の友人の為に行動に及んだ彼の事を知ってしまうと、公主は一気に傾いてしまったのです。 しかも『仲の好かった異性の友人』ともなると、さぞやその愛情も深かった事だろう……しかも公主にとってはそうした感情の機微というものが好物でもあったのです。

―――と、ところが……?


「(んーーーん、ん?ナニコレ?? 今回の調書によると、彼は彼女に対し色恋や恋愛の感情は抱いていない???ウソでしょ……?そんなモノが無いのに彼女に不当な死を与えた役人を殺害にまで至れるものなの? ハ~~~判らないわ……最近の子達は何考えているのか。

けれどまあーーーこう言ったのも満更嫌いでもないし?ならばこの私が愛情の何たるかを教え込むのも悪くはないわねぇ……。)」


竜吉公主は魔界全土でも『清楚』で知られていましたが、彼女の種属である神仙族に於いてはまた別の“”をして呼ばれてもいたのです。 それも不当とも思えるほどの……では、その『清楚』なイメージが覆るほどの別の“”とは―――それが『つまみ喰い』(若い眷属の子達、それも男性限定をでまくると言うアレ)。 そして今回運悪く(?)公主のお目に留まってしまったのがに興味を持たれてしまったのが伏魔族のベサリウスだったのです。


        * * * * * * * * * * *


「これからお前を手続によって釈放してやるが、お前みたいなヤツの身元引受人になってくれた人からの言伝だ。

『これからは知識を学び、いずれ人の為になる事をせよ、そちにはそれだけの実力も見識も備わっているのだから』

……だと。」

「はあーーーん、何ですかいそりゃ。 このオレにまたお勉強をしなさい―――ってか?」 「仕方ねえだろう。 このオレだって上から言われた事を伝えたにすぎんのだ。 ああそれとな、お前の就学先は『士官学校』だそうだぞ。」

「士官学校?あそこは偏差値の倍率も割と高めだったはずですぜ?」 「知るかよそんな事―――だからオレだって……」

「ハイハイーーー上から言われた事をただ伝えてるだけなんスよね。」


義務化された教育を修了させてからと言うものは、その手に職を就けるモノでもなく、ただ昔から仲の好かった仲間達とその日一日を楽しく過ごせていればいいだけだった。 ただそんな中でも仲間だった者達も手に職を就けて1人去り…2人去り、そしてベサリウスだけは特に仲の好かった女性の友人の下に転がり込み、役所勤めをしていた彼女の“ヒモ”となっていたのです。

とは言えベサリウスは彼女に恋心の一つさえ抱いていない……そんな働かない彼を養っている彼女も、別段これと言って何を言うでもなくただ日ばかりがいたづらに過ぎ去き……やがて彼女は上司からの不当な扱いによって死んでしまった―――

彼女の死までに『好き』だと言わなかった自分の―――せめてもの償い、恩返しにと彼女を死に追いやった上司を殺したものでしたが、ベサリウスの方でも自分が及んでしまった行為の事を判っており、自身の死を予期すらしていた―――それはまた、このまま生き永らえたとしても生きている甲斐性のない世界に飽いでしまったからかもしれない……そんな現実に打ちひしがれ、逃避すらしていた彼を救った何者かがいる……それにベサリウスは賢かった。

義務化された教育を修了した―――だったというのに、なぜか気が付いてみればベサリウスは彼と同期だった者達を抑え、その期生の内での“首席”を取っていたのです。


そんな折―――ふと学園内を散策していると、見た事もない麗人が闊歩しているのを見かけた……すれ違いざまに交わしてきた“微笑み”、春の日のせせらぎの様な香り、あれはどこの麗人だと同期の者に訪ねると…


「お前―――知らないのか?あの御方、竜吉公主様の事を。」 「(竜吉公主…)はあ~~~ん。」

「『はあ~~~ん』て、お前幸せもんだよなあ?」 「はあ…何でオレが幸せもんだと?」

「だってよう、あの御方の魅力に男女問わず会釈をこちらからしても帰って来ることなんざなかったんだぜ?」 「おおよ、それをよお前にはあちらから微笑みを投げてこられるなんて~~」

「(はーーー)ん、でそのご麗人様がなんでまた士官学校なんぞに?」

「なんでも今後の魔族の発展に寄与してくれる者の為に、この学校に寄付や寄贈の支援を願い出るそうよ。」


「(いやはや―――物好きと言うべきか、それとも先の事を見据えての事なのか……興味は尽きないって処のようだが、オレには関係のない話しだろ。 それにオレには『匿名性の高い支援をしてくれている“誰かさん”さん』がいるって事だしなぁ。 まあその御仁の期待を裏切らないようにするのが、今の時点でオレが出来るせめてものお礼……そして行く行くは恩はきっちりと返させてもらいますよ。)」


ベサリウスは―――知らない。 自分の生命を救ってくれた者も、また自分を支援してくれている者の正体など。


それは“現在”に於いても―――また“未来”に於いても……だったのです。


       ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そして―――あれから幾何いくばくかの月日が経ち、士官学校からの推薦と魔王ルベリウスからの要請により、それに見合った者が魔王軍部内でのある地位―――『軍令部』の“参謀”として取り入れられたのです。

しかしその事は当然ベサリウスの事を見込んで支援をしていた“誰かさん”の耳にも入り……


「(はああああ~~~? なんんんんっですってえええ~~~?? 私が支援をしていたあの子が……ルベリウスに取られたあ~??? あいつ(ルベリウス)ったらなんて事をしてくれたのよお!

あっそう……そう言う事でいいのね?判ったわ、売られた喧嘩は買ってあげようじゃないのよ゛!!覚えてなさいよおぉおお~~~!!!)」


「ところでーーーあの御仁(アンジェリカ)は何を身悶えているのだ?」 「そんな事私に聞かないで下さいよ……今はこっち(ローリエ)で手一杯―――な・ん・で・す・か・ら!! いい加減耳をモフるのをヤメろおおお~~~!!!」 「アラアラウフフ♪ まあお年頃にもなると妄想爆裂しやすいですから~~~ねえ~ノエルちゃあん♪」 「しかしさあ……なんだか遠目で見ていると、どうやら痴情もつれっぽいぞ?」

「あ~~~の!別に痴情もつれでも何でもないんですけれど?それとあと言っておきますけれどね、妬いてなんていないんだからねッ??! それで……?あの憎きクソ魔王を“ギャフン”て言わせる手はもうないの。」


「(う~~~ん本人激しく否定はしている様なのだがーーーこれはどう見ても……)」

「(こう言う嫉妬の情念を渦巻く者を加えれば、いずれ必ずやあやうきになり得ましょう……)」

「(だ、な。 でどうする……)」

「(では……不肖この私めが彼女を抑える係となりましょう。 それでいかがですか?)」


ニルヴァーナ達にしてみれば、なぜ今アンジェリカが身悶える程の怒りに包まれているのかを知る由もない―――とはしても、現段階では強大な魔王軍の戦力を削る事に主観が置かれているのです。



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