第9話 台頭して来る者

ニルヴァーナは、今回の『依頼』を発注した元―――カルブンクリスの指示によって、『拠点ガルガ』攻略の為に集結している場所に来ていました。


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「なんと?今回は竜人ドラゴンニュートと合力をせよと。」 「ああそうだ、何か問題でも?」

「いや……特には―――ただ懸念としているのは、鬼人オーガ竜人ドラゴンニュートとの間の事です。 そなたも知っているように永らくの間、鬼人オーガ竜人ドラゴンニュートとは魔王軍の中枢を担い、幹部候補や幹部の数も競い合ってきた……残念ながら私はこのような身の上ゆえに、魔王軍に入る事すら儘なりませんでしたが……。 そんな事よりも、聞いた話しでは50年ほど前に竜人ドラゴンニュートの幹部たちがこぞって罷免されたのだとか。 またそれに伴い魔王軍内での勢力分布図が変わり、今や鬼人オーガの天下なのだとも……。」

「そんな事を気にしていたのか、真面目な君が思いそうな事だね。」 「揶揄からかわれるな―――しかしそこは気に留めおくべきなのでは。」

「ニル……私がリリアではなく君を指名したのもそこにあるのだよ。」 「はあ?いや、ですが……」

「私としてはね、大いに張り合ってもらいたいものだ。 この私が認めた武の持ち主と、世間での噂のどちらが優れているものか。 これはね、いい意味での『争い』だと、そう捉えているんだよ。」


鬼人と竜人ライバル同士―――そのどちらが実力が上か。 片や昂魔の麗人が認めた武の持ち主鬼人か、片や世間では鬼人よりも優れているとされている者達か……ただ、カルブンクリスにしてみれば―――ニルヴァーナが優れている……と言うよりも、プ・レイズやク・オシムが優れている……と言うよりも、あまり優劣は関係がなかったのです。 彼女はその、情熱的にして盛る火焔の様な熾緋の眸をもって、広い視野で捉えていたのです。


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そして開始される拠点への攻撃。

ただ補足的に述べるのならば、この拠点の防衛を担当していたのは……


「(ふむ、こんな処に侵入する経路があるとは―――さすがに竜人ドラゴンニュートがこの拠点の防衛を担ってきただけの事はある。 だが……そうであったとしても盟友は私の武を信じてくれた。 ならば、その信に応えるべくの働きはしなくてはな!)」


竜人ドラゴンニュートが元々のこの拠点の防衛を担当していた―――それにク・オシムもこの拠点に駐留していたことがあったからか、実にスムーズに拠点内に侵入できたのです。

そして現在―――ここの拠点の防衛を担っているのは、鬼人オーガの守将……


「ヌウッ、貴様らは竜人ドラゴンニュート!? おのれ、この狼藉者めらが!」 「まあそう言う事だ。 以前は我等がこの拠点の防衛の担当をしていたのでな。 ゆえにこそ、我等にしか知れぬ経路も知っている―――そう言う事だ。」

「チイィ…しかもそこに見ゆるは鬼人われらの面汚し、“角ナシ《ホーン・レス》”ではないか! 貴様……血迷ったか、この反逆者どもに手を貸すと言うのなら、貴様の父母も責は免れんぞ。」 「フッ……一族の鼻つまみ者にそこまで心配してくれるものとは思わぬがな。 ヤツカ……その気持ちは嬉しく受け取っておくが、私は私の矜持―――そして私の盟友からの指示の下、この場に立っているだけなのだよ。」


「(あんなにも、あざけりを―――そしりを受けながらも微たりとして動じない。 傲岸にして不遜なのが鬼人オーガの特権ばかりだと思っていたのに、私達と行動を共にしているこの鬼人オーガは他とはどこか一味違うようだわ。)」


竜人ドラゴンニュート領袖りょうしゅうであるプ・レイズは、角ナシの鬼人オーガの麗人―――ニルヴァーナに対し一定の評価をしていました。

けれども、今回『拠点の陥落』を依頼されたのは竜人ドラゴンニュート、角ナシの鬼人オーガは単なる“オブザーバー”なのだと思っていた……のに―――


「世間話は終わりましたか。 終わったのならば受けた依頼の通り、この拠点貰い受ける!」


紅蓮の炎に包まれた“シミター”―――それを己に秘めたる魔力で抽出させ標的を撃破する、プ・レイズの最大スキル。

だが……なぜか、その魔法の剣は拠点の守将ヤツカまで届かなかった……その総てがニルヴァーナの近くで消失していたのです。


「なに?どうした事なの……」 「(ペロリ)ふむ―――これがそなたの焔の味か…いや中々のものだ。」

「(!)まさか私と同じ“炎喰らい《ファイア・ドレイク》”のパッシヴ《常時発動》・スキルを!?」


そう、プ・レイズ最大のスキルを、ニルヴァーナが一気に呑み込んだ。 ただそれはそれで異状ではあったのです。


「(バカな……鬼人オーガに魔力が備わっているだと? いやしかし備わった前例がないわけではない―――と聞かされはしていたが……まさか彼女に角が無いと言うのも…)」


鬼人オーガが最も得意としていたのは、直接攻撃や近接攻撃などの物理攻撃であり、魔法や魔力を介しての攻撃は得意としてはいなかった。 ただそう―――出来ない訳ではない……得意とはしていないだけなのです。 それに魔力を介する攻撃は、ある程度の“知力”が無いとできない。 それに魔力を体内に内包させていない―――とは言っていない、つまりある程度知力が上がれば、魔力を篭めた攻撃が出来るのです。


そしてここで、急に何を思ったのか―――ニルヴァーナは背を向けていた竜人ドラゴンニュートの方を振り返り…


「少々気が変わった。 今からはそなた達に相手をしてもらうとしよう。」 「(なっ……)あなた―――?!」 「そう言う事だったか……通りで話しが旨過ぎると思っていたのだ!」

「退け、今の私ならばそなたの冷気など即刻溶かしてしまうぞ。」


あと一息で……あと一歩と言う処で拠点の陥落に手が届いていたというのに。 その角ナシの鬼人オーガは、急に何を思い立ったのか、共に協力をしながら攻め寄せている竜人ドラゴンニュートの方に刃を向け始めたのです。

しかしながらその行為こそは“裏切り”にも見えなくもなかった……出会ったその最初に提じられた矜持に惹かれはしたものの、結局の処は同じところの堂々巡りだった。

鬼人オーガ竜人ドラゴンニュートとはライバル同士―――ただ今回の件に於いては、その本来の意味を履き違えてはならないのです。


「(どうして―――こうなった? どうして―――こうなってしまった??)」


角ナシの鬼人オーガが佩く黄金の剣の重い一撃、一撃を紅蓮の槍で受け止める竜人ドラゴンニュート領袖りょうしゅう

この依頼が始まるまでは同志だと思っていたのに……今はもう、互いに刃を交わり合せる敵と為っている。 プ・レイズも平常心だったならば、ニルヴァーナとも互角に渡り合えていたものでしたが、現在の彼女の精神内では裏切られてしまった事が原因で気持ちが揺らいでしまっていたのです。

だから……こそ、十二分な実力を発揮する事が出来ない―――


「(フム、存外揺さぶると脆いものだな……)興醒めもいい処だ、闘争心を失くした者に最早興味もない。 だが―――その背後で私に向けて牙を剥いている者よ……そなたはいささか愉しませてくけそうだ―――なあ?」 「所望とあらば、手合わせ願う!!」

「ーーーッハハハ! それしきか?それしきのものなのか、そなたの本気とは!」

「舐めるなあ!」「温いわあ!」

「(く……ッ!)これでも喰らうがいい!!」「フン―――わざわざ炎を創り出してまで防ぐまでもない。」

「(な!!)バカ……な」


完全に自分への敵愾心を失せさせた者には最早興味もなくなった―――とした処で、次の標的を凍竜(ク・オシム》に変更した角ナシの鬼人(ニルヴァーナ)。 が、実力差は歴然、いくらク・オシムが冷気・凍気を駆使したスキルを用いようとも、ニルヴァーナの焔を鎮めるまでには至らなかったのです。


そしてこれにより、拠点の陥落は失―――――敗?


「フフン、よくやった角ナシ《ホーン・レス》よ。 お前が竜人ドラゴンニュートの中にいた時は気を疑ったが、魔王様に反逆する気のある者を釣り出してくれたのだ。 まあお前の事は悪く―――…」 「何を言っているヤツカ。 私は貴様ら如きにくみした覚えはないぞ。」

「な、なに?だがしかしこの拠点を陥落さんとしていた竜人ドラゴンニュートのこヤツラを……」 「貴様如きでは私の武の養分にいささかも足らん。 だがこちらのお二人は十分にそれが足る。 だから私のお相手を切り替えてもらったに過ぎんのだよ。」


その“言葉”は裏切りではなくむしろ賞賛―――竜人ドラゴンニュートの打つべき手は総て出し尽くし、その悉くが失敗に終わった。 だからこそプ・レイズもク・オシムも茫然自失になったモノでしたが……その“言葉”を聴かされた時に身の震えが止まらなかった。 しかしそれは恐怖によるものではなく、喜びによる……そして“言葉”の一つ一つによって失われていた闘気が、再燃するよみがえる


「なあプ・レイズ殿。 これから私がこの拠点にいる有象無象を焼失させますから、この後心ゆくまで互いの武を語り尽くしましょうぞ。」 「ぐ…ぬぬヌぅ~~~おのれぇ~~~虚仮にしおってえ!」

「ヤツカ、それではあまりにも芸がないぞ?確たる武を持ち合わせる者はその散り際も美しうあるべきものを……だがまあいい、この後二戦控えているのでな。 この拠点諸共消え失せるがいい―――≪フレア・ストライク;メルトダウン・シンドローム≫」


そのスキルが開放された時―――高く昇った火柱……と共に、一瞬地の底が抜けたかとさえ錯覚させるほどの衝撃の後、拠点内にいた魔王軍将兵は焔の高熱に屈し蒸発……拠点そのものもまるでこの地に火山の火口があったかの如くに、黒く……赤く焼け焦げ、中心部に行けは行くほどに陥没していた……。

しかしそう―――この時示したニルヴァーナの権能こそが、後の世に彼女を『緋鮮の覇王』足らしめる所以となったのです。


ともあれここに拠点ガルガは失陥しました。 それに伴い失われつつあった竜人ドラゴンニュートの自信回復と、カルブンクリスの真の意図に気付き始めた者により竜人ドラゴンニュートとのパイプは構築された……そう、カルブンクリスが今回の件にニルヴァーナを起用したのはそんな理由があったのです。


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しかしながら、いくら末端とは言え拠点の一つを失ってしまった事は魔王軍部内に於いても喫緊の課題。 それに伴いある種属の人物が、軍部内の中枢を担う役職に任じられたのでした。

その者が所属する派閥とは〖昂魔〗―――そして種属は『伏魔族』。


「(フン―――気前のいい誰かさんのお蔭で士官学校への入学……そして卒業まで面倒見てもらいましたが、一体どこの物好きなんだか……。 士官学校に入るまではいろいろ悪さばっかして憲兵のお世話になりっぱなしだったオレを……ま、そこんところは素直に礼でも申し上げとくべきなんでしょうがね。)とは言え―――卒業した今ンなっても正体は判らずじまい…か、礼を申し上げるのは当分先の話しの様だな。」


その彼の名こそ『ベサリウス』。 士官学校入学まではうだつの上がらなかった彼ではありましたが、彼の事を支援したいという“匿名の誰かさん《あしながさん》”によって、資金の援助や支援の斡旋を受け卒業時には首席を取るほどの才の持ち主だった。 しかし彼は、どちらかと言えば実地実戦タイプではなく、帷幕にてはかりごとを好むタイプだったのです。 その点に目を付けた魔王軍人事部により、その当初から『参謀』の地位ポストを用意されていたのです。



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