第5話 アジテーション・プロパガンダ(演説)

不意に自分達のクランハウスを訪れ、印象を深く残した吟遊詩人。

それ以前に、このクランのリーダーであるニルヴァーナと、吟遊詩人のミカとの間には交流まじわりがありました。


あれはまだ、ニルヴァーナが己の武を担保として故郷から出奔して行った―――そしてまた、かの噂を頼りに『伝説の鍛冶師』に辿り着くまでの、その前段の語り。


      * * * * * * * * * * *


四大熾天使の一人“火”のミカエルは、魔界の実情を知る為にと敢えて姿形すがたかたちを鳥の獣人である『ハルピュイア』に変え、またその身分を『吟遊詩人』へと変じ魔界各地を巡っていた―――そんな頃の事でした。


吟遊詩人のミカが気の向くままに立ち寄ったマナカクリムで一つの人だかりが出来ていました。 その人だかりを前に、ある〖昂魔〗と見られる人物が声高らかにして自分の考えを訴え―――“演説”していたのです。


その熾緋あかキ―――焔と見紛わんばかりの髪を震わせ…  その熾緋あかキ―――情熱の焔とも取れる眸を輝かし…  時に声に抑揚をつけ―――時に固く握りしめた拳を突き上げ、熱く―――熱く演説するその姿。


しかし、言っている事が少々専門めいていた事もあり、中々聴衆には理解をしてもらえないでいた―――最初は物珍しさからの『黒山の人だかり』と言った処でしたが、徐々に興味がなくなると……無情と言ったもので、いつしかその場には演説者―――と……


「(はあ……ヤレヤレ、今日もダメだったか。 どうにか今の現状を知ってもらう為にと思い立ったものだったが……)」


〖昂魔〗のある種属―――『カルブンクリス』と言う者は、自身がこれまでに得た“学”を頼りに立身していくつもりでしたが、かれこれ50年ほど前から民衆達じぶんたちの生活環境が一変してしまった事に憂いを覚え、それから独自に色々と調査をして回ったところ、どうやらその原因が現政権の“中心”にある……と言うところまで掴んでいました。

そして今、この魔界に蔓延はびころうとしている不安要素を知ってもらう為にと、その為の有志を募る“演説”―――

{*『アジテーション・プロパガンダ』

アジテーション―――社会運動で、演説などによって大衆の感情や情緒に訴えかけ、大衆の無定形な不満を行動に組織させる事。

プロパガンダ―――政治的意図を持つ宣伝

アジテーション・プロパガンダ―――『アジテーション』と『プロパガンダ』両方の性質を持ち合わせる。 『煽動』と『宣伝』。 『煽動的宣伝』とも言われている。}


「(しかし―――時期的に尚早はやかった……いくらそのココロに訴えかけようが、まだ罹患していたとしても“初期”だっただけに、危険性が伝わらなかった……

失敗だ……まだもう少し時機を視るべきだったか。)」


カルブンクリスは肩を落とし、その場から立ち去ろうとしていました。

その時だった、聴衆の人だかりがあった場所からそう離れていないところに立つ―――「なにがしかのもの」と視線が合わさったのは…


「(……)何か用でしょうか―――」


「(既に眷属の子達の一人に気付いている者がいるとは……そして早期に周知しらせ、これから来るであろうとされる変動の予兆に備えるべくの『導き』を行おうとしている……よし―――ここはひとつ……)やあ、少し君の高説を聞かせてもらったよ。」 「私の……?誰も見向きもしなかったものを?」

「ああ、実はボクも『ある方々』からの依頼でね。 その事についての調査をしている最中なのさ。 そこで―――だ、少し君と膝を交わせて意見の交換を……と洒落込みたいんだけど、いいかな?」 「(……)ええ、でしたら私の庵で―――と言う事でいいかな。」


「(私に近づいて来た人は、どうやら仕える『主人』からの頼みで、私と同じく感じた魔界せかいの異変の原因を調査をしているのだと言う。

一体どこの勢力なのだろう……それに派閥は? まあ―――志を同じくする者がいる事には感謝するしかないか。)」


カルブンクリスは今、自分が為そうとした事が失敗に終わってしまったばかりでした。 そうした間隙を衝き、甘言をもって擦り寄って来る連中も多くいる―――その事も知っていました。 けれどもその時、自分の苦労が判っている―――とでも言うような一言を述べてくれた者に少しばかりの安心感を得てしまった。

そして―――自分の庵へと招き、話し込んでいく内に……それまでに知れなかった他人同士の肚の中というものが知れて来る……。


「(ふむ―――なるほど、この論説の立て方どこかで覚えがあるモノと思っていたが、まさか〖昂魔〗にその人有りと知られた人物のモノとそう違わないじゃないか!

すると……ならば、この〖昂魔〗のお嬢さんは、その人物の『お弟子さん』と言う事か!それなら話しは早い、ここはひとつ……)」


「(このハルピュイア―――只者ではない……。 多少獣人だからとて侮っていた面があるが、私か私の師と同等の知力を備えさせている……! 定説では低級な魔族は、その能力値は平均以下とよく言われているモノだったが……――――いや、??)」


ハルピュイアの吟遊詩人は随分と話し込み、そのお蔭もあって互いの事をよく知り合えたからこそ友誼を求めようとしていました。

しかしカルブンクリスは、自身の『知識の師』とそう遜色ない低級な魔族ハルピュイアの事を逆にいぶかしんでしまったのです。


だから―――こそ…


「さて―――では互いの出会いを祝し、ここに友誼を……」 「それは少し待って頂きたい。」

「(えっ?)カルブンクリス?」 「私も少しばかり気を好くし、調子に乗ってしまった嫌いは否めない……なぜあなたは、私の『知識の師』である人の教えを、こうまですんなりと理解できているのだ?」


「(しまっ―――たっ?迂闊だった……もう少しバカの“フリ”をしておくべきだったか!?)」


と、そう悔やんだところで遅かった……吟遊詩人も知る『知識の巨人』は、少しばかりの知力が備わっているからとて、その『教え』が難解である事は先刻承知していたハズでした。 けれど、大概の魔族は先刻承知―――……だからこそ看破みやぶられてしまったかたり。 そこに、追及の手が及んでしまう―――


「あなたは一体何者だ―――? 今この私と接触して何を得ようとしているのだ?」 「――――――…。」

返答こたえろ―――返答こたえないか! 黙ったままでは判らないではないか!!」 「――――――…。」

「あなたは果たして“敵”なのか?それとも“味方”なのか?? “敵”だと言うなら私が為そうとしている“プロット”の事を嗅ぎ付けていると言うのか!!?」


「(“プロット”…………? この眷属の子は上位存在わたしたちにも知れぬ内に“何か”を為そうとしているのか?それは一体何だ……この混迷に向けて突き進もうとしているこの魔界せかいに、“何”を“為”そうとしているのだ??)」


“その者”は、多寡たかだか眷属の子の一人に正体を看破されてしまったショックもさなからに、追い詰められた〖昂魔〗の女性が苦し紛れに吐いて棄てた言葉に耳を傾注かたむけるのでした。

その正体を看破みやぶられてしまった者―――と、自らが計画していた“プロット”の事を知られ、追い詰められてしまった者……。

その内の『追い詰められてしまった者』からの追及の手が、更に厳しめに及ぶ……それを看破みやぶられてしまった者は―――


「(ふ、う…)いやさすがだよ―――さすがに彼女、『ジィルガ』のお弟子さんだけはある。」 「(!!)なぜ―――なぜ……私の師の名を知っている?やはり……いやまさかそんなはずは??」

「落ち付き給えカルブンクリス、君らしくもない。」 「私…? 何故私の事を―――ああいや、やはり…!」

「すっかりと動揺させてしまったみたいだね、それもまた今となっては致し方のない……と言った処か。」 「あ……あ・あ―――は、【大天使長】ミカエル様!!?」


この魔界に於いての『三』つもの権威である“三柱みつはしら”。 その一つである『神人』の、更にその派閥を統括する『天使族』のおさが、期せずして降臨していた。 それも本来の姿を偽り、一人の低級種属に紛れるなどして―――その事をなまじ知力や知性があるから判ってしまった…それに自分が『謀反』に近しいことをくわだてている事を、口にしてしまった。

それも、“三柱みつはしら”の一柱ひとりの前で―――だから動揺せざるを得なかったのです。


「まあ落ち着き給え。 君を含める君達眷属の子達を驚かせる為に“私”は擬態をしているわけではないのだよ。 カルブンクリス……君も感じているように50年ほど前からこの魔界せかいの生活環境は一変してしまった。 それまでは皆、誰しもが自由に快活に笑い、共に苦労を分かち合い、未来あすの為にと努力を惜しまなかったものなのに……。 なのに今は抑圧され、抑制され―――これではまるで牢獄だ…閉ざされた世界そのままだ!その原因を探る為、“私”達天使族の方でも秘密裡に独自の調査に乗り出した次第なんだ。 そこへ君が、多くの聴衆に向かい現状を気付かせようとしてくれていた。 “私”も天使族がしている事に手を貸してもらえるものと思い、つい嬉しくなってしまってね……君への配慮を怠ってしまった。 その事については詫びるしか外はないだろう。」


「(そう言う―――事だったのか……)」



思い上がりも甚だしかった。 この異常に、異変に気付いているのは私か私の師以外にはいないだろう……そう思ってしまっていた。 だから何も知らない大衆に知らしめようとしていた―――それは……上位存在この方々も同じであろう……そう思ってしまっていた。 だけど、そんな訳はなかったのだ、当然だ……眷属私達の上に立ち、眷属私達の事を見守って下されている方々が―――なぜ眷属私達よりも劣っていると思ってしまったのか。 しかも『罪ありしは我』とまでして、その事について『詫びる』とまで仰ってくれた―――私は、この上どれだけの不敬を働いてしまえばいいのだろうか……。



「(はあ…)顔を上げ給え―――カルブンクリス。」 「はい……」

「“私”は何も君を見咎める為に君の庵を訪れたのではないのだよ。」 「え……?ですがしかし―――」

「君にはこのまま、どうか多くの聴衆に対し『導き』を行って貰いたい。 それが“私”―――【大天使長】からの『お願い』だよ。」 「『お願い』……ですか―――」

「ああ、それに“私”と君とが出会ったのも“えにし”の為せるわざだろう。 それをこのまま消滅させるのも忍びない話しだものね。」


なんとも立場ある人物から『お願い』をされてしまった。 それも自分の思案顔を覚られて……けれどカルブンクリスには選択の余地は残されていませんでした。


「(私の“プロット”はまだこの方にさえ知られていない―――それに“三柱みつはしら”の一つからの援助バック・アップがあると言うのなら、それを断る道理などない。 それにこの方は(流しの)吟遊詩人をやられている―――と言う事ならば、ここは一つ話しに乗らない手はないか利用するのも一つの手か……。)―――判りました。 その『お願い』うけたまわりましょう。」 「おお―――それはありがたい。」

「ただ、私も協力をする以上、あなた様にも協力をして頂きたいのです。」 「(……)なるほど―――君に『お願い』しておいて協力させるでは釣り合わないからね。 それで…『協力』とは?」


例え上位存在と判ってはいても、“させる”だけ、“させられる”だけでは不平等になってしまう為、カルブンクリスはミカエルにも『ある種の協力』を申し入れたのです。

その―――『協力』と言うのが……


「私は『錬金』のすべを心得ておりまして。」 「『錬金』!!? まさかそれは、無為から有為を産み出すと言う―――??!」

「はい―――ただ、このすべは世間にもまだそんなに広まっていません。 そこである種の“噂”をもって武力に心得がある者をいざなって頂きたいのです。」


それが―――『伝説の鍛冶師』の“噂”だった……

この“噂”により、当時スオウで急激に武力をつけてきたニルヴァーナが、カルブンクリスの門戸を叩くことになるのです。


       ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そして『神人』は天使族の領域である『エデン』にては……


「お戻りになられましたか、ミカエル。」 「ああ、戻ったよウリエル。」

「それで収穫はありましたか。」 「ああ、あったともガブリエル。」

「ではウリエルのも含めて報告をお聞きいたしましょうか。」


期限としていた二ヶ月を経て、エデンへと戻って来たウリエルとミカエル。

その二者が得てきた情報とはまた殊の外重要だったみたいで―――


「なんと?!〖聖霊〗は神仙族の竜吉公主自らが動いているとは……。」 「ええ、ですがこの魔界の異変を感じていたのは天使族われらだけではなかったと言う事です。」 「しかし……その出会いと別れは最悪の様にも見えるのですが……」

「ははは―――君(ウリエル)は少し頑固で融通が利かない処があるからねえ。」 「(う゛)それは少し酷いではありませんか?ミカエル。 とは言え、これで中断をしてしまったら時間を無駄に費やしてしまう事になり兼ねません。」 「つまり―――『続行』を、と。 了承しました、それでミカエルあなたの方は?」

「フフフ……少しばかり興味深い《おもしろい》者に会ってきたよ。」 「『興味深い《おもしろい》』―――とは?」


ここでミカエルは、『マナカクリム』と言う種属の坩堝で多くの聴衆に対し“演説”を―――ある種の『導き』を行っている『昂魔』の女性の事を話したのです。 しかもミカエル自身、交流を深めようと事を急きすぎてしまったあまりに『神人』の天使族の“長”としての自分の事が知られてしまった―――とはしても……


「それでも尚、その者自身の目的の為にミカエルをも利用しよう……とは。」 「いやはや―――“厚顔”と言うべきか、それとも“慧眼”と言うべきか。」 「ただ、いずれにしても『交渉』にかけては異才を感じますね。」

「そこで―――だ。 “私”も業務を終わらせたら、ウリエルと同様また降臨おりて彼女の為に役立てたいと思っている。 それにその時は長期間にわたるだろう……そこで一時的に【大天使長】としての権限のをラファエル―――君に任せたいと思っている。」


こうして―――〖神人〗の方での指針は定まり、ある鬼人オーガの武人の下には4人もの仲間が集まる事となり、その鬼人オーガの武人の伝手つてを経て、魔王軍偵察部隊の一つが壊滅されられる事になったのです。


そして―――いよいよ…



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