『韋駄天』の章

1節 ある忍の系譜

“鬼人”族―――“ヒト”族のそれぞれに派生された『運命の歯車』。

そしてまた、ここ“獣人”の一族にも、『歯車』の一欠片ひとかけらが存在していました。

その一族は闇夜に溶け込み、程なく馴染みゆく漆黒の毛色に、耳と尾を持つとされる『黒豹人』の一族でした。 その一族の中に、特にこの毛色を最大限に生かした者達―――それこそが『忍』、“人の影”と畏れられた者達でした。

この忍の一族に生まれてきた『ノエル』には、彼女自身を入れて15人ほどの兄妹達がいました。 その中でノエル自身は、中程の7人目。 それにノエルには彼女自身の上に6人もの兄や姉達がいましたから、行く行くはどこかに“奉公”に出されるかとつぐかするかなど、いずれは自分の家から出て行かなければならない―――


はず……なのでしたが。


けれど忍にはまた、過酷とも言える運命を背負っていました。

そう、仕える主君の為なら例え我が身を投げ打ってでも主君の“めい”に従わないといけない……主君の“いのち”を護らないといけない……


そして早々に―――彼女の下に、そうした運命は舞い降りる……


        * * * * * * * * * *


魔王の圧政が民達を締め付けるようになってすぐ、ノエルの家が仕える主君の家が事の次第をただす為に―――と、魔王に意見を具申しようとしていました。

そして数々の情報を収集する任に当たった『父』『長兄』『長姉』が任務に失敗し、その生命を落としてしまった……父や長兄、長姉は言うまでもなく優れた忍でありましたが、そうした彼らでも失敗してしまった任務。 しかしここで断念してしまっては一族の名折れと言う事もあり、次には『次姉』『三兄』『三姉』が任を引き継ぎましたが、また彼らも同じ運命を辿ってしまった……。

そうした一報を聞くたびに、まだこの頃では幼い年頃のノエルやその妹弟きょうだい達は、その小さな胸を痛めるばかりでした…が、そうも言ってはいられない―――事実一族の中でも優秀な手練ればかりを失ってしまい、今やノエルの家には『母』と『次兄』―――そしてノエルを含める9人もの妹弟きょうだい……。

それに残された次兄は、『こうした事もあらんことよ』と、残された手立ての一つに出たのでした。 そう……もはや悠長な事は言ってはいられない、いずれは『奉公』、『とつがせる』予定だったノエルと、他の妹弟きょうだい達も使える様に……と、厳しい忍としての修錬を課したのです。


「良いかノエル、オレはこれより修羅オニと成る!これより以降はお前の前に立ちたるのは実の兄ではない―――と、そう心得よ!!」


親も『親』とも思わず、また妹弟きょうだい達をも『妹弟きょうだい』とも思わない―――また思ってはならない……それが忍の非情の掟。

そうした教えを、ノエルやその妹弟きょうだい達は、かつては兄だった『師』から教わりました。 その甲斐あり厳しい修錬から20の歳月がよぎった頃、ノエルは父や長兄達をも凌ぐ忍と成っていました。


         * * * * * * * * * *


「ノエルよ、喜ぶか良い。 此度我らが主君様からお前を召し抱えたいとの申し出があった。」 「本当で御座いますか、お館様!」

「ああ、お前はこれまでにワシが課した修錬に耐え切り、見事ワシや父……更には長兄や長姉をも凌ぐ実力を手に入れた。」 「お褒めにあずかり恐悦至極に存じます!ただその事に慢心せず今より一層の腕を磨く為に精進する所存にございます!!」


忍とは、決して『喜』んではならない―――『怒』ってはならない―――『哀』しんではならない―――『楽』しんではならない……

総ての感情を押し殺し、内に秘め、絶えず“忍”んでこその一人前の忍と言えました。

それにノエルには、父や師ですら修得していない“ある技能”を会得していました。


それが≪すくみ≫―――


何も忍は普段から黒頭巾や黒装束でいるわけではない―――生活をしているわけではない。 その辺にいる『他人』に……一般人の衣服を着こなし、ただその中に於いても表情豊かにしていないと立ち処に怪しまれてしまう。

ノエルの父や兄や姉、『師』もそれなりの技術はありましたが、そんな彼らでもノエルの技術には敵いませんでした。

何よりノエルは―――一般の……それも年頃の娘の様に、『喜』び、『怒』り、『哀』しみ、『楽』しむ。 それがあたかも自然であるかの如くに振舞われる……


故に―――    こそ―――    騙される…………


そうした事で、これまで父や兄や姉達が失敗してしまった任務を易々とこなした彼女―――なのでしたが……


ここでノエルに最初の転機が訪れてしまう―――そう、ノエルが仕えていた主君の家が魔王への謀反の疑いを掛けられてしまい、そのかどでお家は断絶。

結果、ノエルの家は主家を無くしてしまった事で路頭に迷う処となってしまったのです。

{*余談ではあるが、ノエルの主君の家の断絶の原因は、ノエルの所為などではない。}


しかも悪い事は重なってしまうもので、残された家族の殆どが、この当時としては原因不明にして確実に死に至らしめるとまでに畏怖されていた、『』……


「お館様!兄上……母上!気をお確かに!!」

「ノエル……後の事は、頼みましたよ。 あなたを含める5人の妹弟きょうだい―――幼きけがれのない生命…護っ……て―――」


徐々に身体が黒く染まって逝く『死の病』……そのお蔭でノエルの家の家長を努めていた『次兄』と『母』、そしてノエルの幼い妹弟きょうだい4人の計6人もの生命が、『黒』く『死』にゆく『病』によって奪い去られてしまった。

父母を含めて当初は17人家族だったノエルの一家も、今や自分を含めた5人しか残されていない。 しかも仕えていた主家も失われ、今やノエル達5人の妹弟きょうだいの生きる道は、途端にか細くなってしまったのです。

とは言えここで諦めては何もならない。 どうにかしてこの生だけは紡がなければ、いずれまたまみゆる事となるであろう新たなる『主君』と出会うその日まで……そうする為にはノエルにある考えがありました。


「(そうだ―――私には術がある。 本来の使うべくの道とは違うけれど、今の現状を打破する為には外道に堕ちるのもまた致し方のない話し……)」


          * * * * * * * * * *


ノエルの父も、また直接の師である次兄も、常々ノエル達兄妹きょうだいに言って聞かせていたことがありました。


「よいか、我らが極めし術こそは決して私情で使ってはならん。 私情にて使ってしまえば立ち処に我らの術はけがれ、意味なきモノとなって堕ちた術として広く知られる事になるであろうからな。」


こうした矜持を抱え、仕える主君の為だけに捧げるのが『忍道』。

けれど今は主君を持たぬ身、しかして母の遺言通りノエル自身は基より幼い妹弟きょうだい達の身も案じなければならない。


そしてこの後―――ある街道沿いに、さある盗賊の噂が持ち上がる。


しかもこの盗賊は決まってある時機に―――『新月』と成るに近しい日に、出没すると言う……。



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