第4節 運命の人

この、美しき熾緋あかひとに会ってからそう経たないでいた頃、ニルヴァーナにとっては驚きの連続でした。


「(今……なんだと? “無”から?“無”から“金”を創造つくり出すと言ったのか?そんな絵空事のようなことが果たして可能なのか?だったらこの―――……)」


ニルヴァーナがハルピュイアの吟遊詩人からこの場所の事を聞きつけ実際に足を向かわせた時、果たしてその噂はこの家に住む本人より否定されました。

が、その代わりとして非常識な事を言われてしまったのです。

“無”から“有”を―――“無”から“金”を創造つくり出すのだと言う、いまだ知れずのすべ

そしてそれが、嘘偽りの類ではない事を―――


「ふうむ……あの人も言っていたけれど、“これ”がそうだね。 どれ、拝見―――ふぅんこれはよく使い込まれているね。 けれど余り手入れは行き届いてない……。」

「よしてくれないか。 それは私の親から「お為ごかし」にと渡された“なまくら”に過ぎない。」

「武人としての君にはそう映るかもしれないが、技術屋の端くれとしては別に問題ではないよ。 ―――なまくら……。」


そこにあったのは、武人と技術屋の見解―――そして相違でした。

実際に得物である剣を振り回しその実用性を求める武人に対し、技術屋は製品・商品としての価値は何ら問題ではないとしていたのです。


けれど……驚愕の事実を今―――その場で魅せられてしまう。


「(あ……あ・あ!)た―――普通ただの鋼の剣が?『黄金』に変じていく……!!」

「ふうむ……まあこんな処だろう。 だとて私が振るのには少しばかり重いから、君に返すとするよ。」

「これは……夢なのか?夢なのではないのか?? あんな―――何の変哲もない普通ただの鋼の剣が、黄金の剣に生まれ変わるなんて!!」


ニルヴァーナ140年の歴史に於いても、これほど衝撃の伴った事実を見せつけられた事はありませんでした。 しかも、普通ただの鋼の剣に金箔を貼り付けただけの『鍍金メッキ』とは訳の違う―――しっかりとした材質の重みに輝き、その感動に一入ひとしお……と言った処なのですが。


「鋼から金に態を変じさせただけで喜ぶと言うのは気が早いと言うものだよ。 次はその剣自体の性能を確かめてもらわないとね。 どれ、今からを投げるから斬ってみてくれたまえよ。」


技術屋の性分としてなのか、外見が変わっただけでは満足できない―――だからこその『試し切り』。 それにニルヴァーナも今しがた黄金に変じてしまった、自前の愛用の剣がどれほど変わったものなのか興味はあった。

だから、技術屋の美人が投げて寄越したの金属の塊を―――


「素晴らしい斬れ味だ―――全くストレスを感じさせない……なあ、いま私に投げて寄越した金属の塊とは、一体なんだったのだ?」

「おおお、ハラショー! いや全く以てまったくもって凄いと言うしか外はないよ!『アダマンタイト』をこうも容易く真っ二つに出来るのだからね!」


「(…………は?  な、に? いま何と言ったのだ??『アダマンタイト』???

この魔界せかいにある鉱石の中では“最硬”と言われている、―――???)」


この魔界せかいの自然が為せる“奇蹟”―――硬度10である金剛石ダイアモンドを遥かに上回る硬度を誇り、人為の奇蹟と言われている『オリハルコン』には及ばないものの次点の硬度を持つとされ、故にこそ現存物も稀少と言われる鉱石。

その最硬鉱石がまるでチーズを切るかのように、全くストレスなく両断出来てしまえていると言う事に驚きは隠せなかったのです。

けれどこれが、恐るべき『知の暴力』と言われるモノ。 未だ知れない『錬金術』なるものの脅威。 普通ただの鋼の剣にして“なまくら”と呼ばれた自身の愛用の剣が、材質が変わっただけではなく最硬鉱石を苦も無く両断出来てしまえると言う性能ですらも変じさせてしまった結果とも言えたのです。

そしてニルヴァーナ自身も、その身を以て実感させてしまっただけに―――


「これが……『錬金術』!素晴らしい―――実に素晴らしい!!」

「うん、そうだろうそうだろう―――私が修めた知識を、私以外の他の誰かに体感してもらう事で私が修めた知識……『学』の伝播を行う。

問題はそのに該当する者が中々見当たらなくてね。 そこで丁度出会ったのが、例のハルピュイアの吟遊詩人だった―――と言う事なのだよ。」

「あの吟遊詩人が……そうか、そう言う事だったのか―――」

「それにあの人は、ほら、『流し』を生業としているからね。 だから目ぼしい……ああいや、該当する人物を探してもらえないか―――と、頼んでおいたんだよ。  そして……君が私を訪ねてきた―――これをね、『運命』と言わずして、なんと呼べばいいだろう。」

「私には……残念だがそなたがそこまで考えていたことが判らない。 なぜなら私はオーガだからだ……この身に武力や腕力があったとはしても、知力や知性は無いに等しいのだ。 ただ……こんな私でも如何ばかりの知恵があったなら―――そう思った事も少なくはなかった……」

「じゃあ―――少しばかり、私の家に住み込んでみるかい?」

「え……っ。 まあ構わないが―――そなたはそれでいいのか。」

「私自身が求めているのだから今更“否定゜”はないだろう?それに君が来てくれたおかげで私の研究が飛躍的に捗るはかどるだろうからね。」

「研究―――だ、と? なにを研究しているのだ。」

「それはもう色々な事さ。 ただ―――私の事を知ってもらうまでは研究計画も停滞せざるを得なかった。 そこへ―――君だ。」

「だからこその―――『運命』……」

「そう言っただろう?さあてこれから忙しくなるよ。 なにしろ私一人の手だけでは、足りなかった事ばかりだからね。」

「(……)あのーーーーまさか、『助手』を??」 「おや、物分かりがいいね~♪」

「あ……あのうーーーご一考させて頂くわけには……」 「代金1億リブル♪」



完全にたばかられてしまった。 ふとしたことで口から吐いて出た言葉、『少しばかりの知恵があったなら』―――これがいけなかったのだ。 けれど私の本心は偽りを申し立てたつもりなどない。

しかしオーガである私が、鋼を金に変じさせてしまえるこの奇才殿の助手が務まるのだろうか。 そうも思ってしまったため、つい『一考させてくれ』等と言ったモノだったが……まさか鋼を金に変じさせた代金が、また目が飛び出るような額を請求されるモノとは……



しかし後悔をしたところでもう遅い―――未知の技術の奇蹟にあたってしまい、しかも『知の暴力』と言うものを魅せられてからと言うものは、この『熾緋き美人あかきうつくしのひと』である『カルブンクリス』の錬金術の研究の助手をこなすなどしてオーガでは蓄えられなかった“知識”“知恵”“学識”を得られる事となったのです。


        * * * * * * * * * *


  それから――――――  幾許いくばくかの時機ときか過ぎ去き――――――


「今までありがとう、ニルヴァーナ。 君が手立ってくれたお蔭で一応の目途が着きそうだよ。」

「何を言う、カルブンクリス、礼を言わねばならないのは私の方だ。 それにしても『学』と言うものは素晴らしいものだな。 私は今までの“私”のままでいたなら、オーガのままで終わっていた、だからこそ、今でこそだから言おうと思う。 

我が終生の友よ、この私と盟約を結んでもらいたい。」

「盟約か―――いいね。 だがこの約束事は、私と君とを縛るモノであってはならない。 けれど時代が必要とした時、君の足はその仲間達と共に自然と私の下に集う事となるだろう。 そしてその時―――この私が研究していた事の真意を、君達に伝えたいと思う。」



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