第3節 錬金術師

自分の事を現政権に仕えている者だと勘違いをしてくれた事から、少しばかり気を好くしたハルピュイアの吟遊詩人から“ある事”を伝えられました。

その“ある事”こそ『伝説の鍛冶師』―――ニルヴァーナ自身も、その噂は聞き及んではいないものの、そうした存在がいると言う事を知ると途端に目を輝かせたものでした。


「(もしかするとこれを機会に、この“なまくら”を“業物わざもの”として打ち直して貰えるかもしれない。 だ、が―――やはり……それなりの対価は支払わなければならないのだろうな……。)」


ニルヴァーナは、これまでにも触れてきたように、種属内の『異質ヘテロ』……故に、この現在持ち合わせの財産とは『家伝来の剣』以外の何も持ってはいませんでした。

だとて、知ってしまった以上は居ても立ってもいられませんでした。 この“なまくら”を打ち直して貰ったとして如何程いかほどの高額な対価を請求されても致し方のない事だと肚を括り、一応話しだけでも聞いてもらおうとしたのです。


そしていよいよ意を決し、その『伝説の鍛冶師』の家を訪ねた―――はいいのでしたが……


        * * * * * * * * * *


「(“ここ”―――か……確かに『伝説の鍛冶師』殿が構えるのに相応しいたたずまいではあるな。)」


街と街とを結ぶ街道―――そこから離れた場所に“ポツリ”と建つ一軒家。

周囲は木々に囲まれ近くには泉があった。 それに恐らくは自給自足をしていると見られる菜園もあった……。

ニルヴァーナも当初は、『こんな辺鄙へんぴな場所に、そんな人物がいるのだろうか』と疑う事しきりでしたが、こうした生活感があるものを見せられると、あの吟遊詩人が教えてくれたことに疑いをかけてしまった事に少しながら悪びれてしまった……とは言え、気を取り直して家の扉を叩いてみると―――


「はい。 どちら様かな。」

「(う、ん?女性の声……)ああ、私はそなたの噂を聞きつけ訪ねてきた者だ。」


『伝説の鍛冶師』―――とは、ほど遠い印象の声。 透明感のある美声にニルヴァーナも多少なりと戸惑ったものでしたが。


「(―――ああ、『伝説の鍛冶師』殿は妻帯者であったか、それともお手伝いさんか何かかな?)」


しかしそうした疑問は、扉が開かれた瞬間覆る事となる。


「はい……あの、何か?」 「えっ―――ああいや、実はこちらに『伝説の鍛冶師』とおっしゃられる御仁ごじんがいるとの噂を聞きつけてきたのですが―――今『伝説の鍛冶師』殿はご在宅ではないのですかな。」


扉の向こう側から姿を見せたのは、オーガであるとは言え女性である自分ですらも息を呑んでしまうくらいの美貌のひとだった。 これがもし、自分がオーガの男性ならば立ち待ちの内に求婚を申し込んでしまいそうなほどの。

そうした事でしばらく言葉を失ってしまい、少々この美人過ぎる鍛冶師の妻かお手伝いさんに不審がられてしまうのですが……


「『伝説の鍛冶師』―――か、どうかは知らないけれど……この家には私しか住んでいないよ?」


                 は?


「(え??)いや―――でも私は……」


聞いていた事とは真逆の真相を知り、しばらく硬直してしまうニルヴァーナ。

そして次第に―――……


「(あ、の、ハルピュイア~!私をかつぎおったなぁ!?ゆ……許っさん―――次に見つけたら、羽をむしって焼き鳥にしてくれるわ~!!)」


通りどおりうま過ぎる話しだとは思っていた―――とは言え一縷の希望を託しここまで辿り着いたというのに、行き着いた果てがこんな結末になろうとは。 そんな傍目はためから見ても悄気しょげ返り、元気をなくしてしまった未ず知らずみずしらずの女性に、さすがに気の毒と思ったのか。


「まあ―――そんな処で立っているのもなんだから、中にお入り。」 「すまないな―――……。」

「なぁに、気にすることはないよ、丁度私も一区切りついた処だからね。 これから少し休憩をしようとしていた処だったんだ。」 「『一区切り』? お前は私がここを訪ねるまでなにをしていたのだ?」


熾緋あかい髪に熾緋あかい眸、頭には自分と違い立派な角が生えている『美人』―――その美人が、ニルヴァーナがこの一軒家を訪ねてくるまでにしていたことがあると言うのです。

その事についてニルヴァーナは知りたかったのでしたが。


「それよりあなたは、先程私のこの家を訪ねた動機として『伝説の鍛冶師』の“噂”を聞きつけてきた―――と、していたよね。」 「ああ、そうだ。 今となってはその噂を信じてしまった私がバカ者なのだが……」


今となっては、あの吟遊詩人からの甘言に惑わされ狂言に踊らされ、こんな辺鄙へんぴな場所に建つ一軒家に“のこのこ”と来てしまっている自分。

そんな自分を『自嘲』し『自責』までしている、そうした者を流石に見かねたものか。


「ではその“噂”、一体誰から聞きつけてきたんだい。」 「吟遊詩人だ―――この私の郷、スオウを“プイ”と訪れた一人の吟遊詩人から『伝説の鍛冶師』の噂を聞きつけ、ここへと来たのだ!」

「吟遊詩人……ふむ、それってもしかしてハルピュイアの?」 「ああ、そうだ!私はあいつからかつが……」

「ああ―――なんだ、そう言う事か。」(クスクス) 「何が可笑しい、やはりお前まで―――」

「ああ、ゴメンゴメン。 でも私は君が言っている事がおかしくって笑ったのではないよ。」 「なに?ではなぜ―――」

「それにしてもそうか、うんうんなるほどなるほど―――」 「だから!何を一人で納得をしているのだ! 私には何一つ判らない事……だら―――け……」

「“あの人”からの紹介を経たのだったら、こう答えを返すしかないね―――『ああ、その通り』だよ。」 「『その通り』?それに……ヤツからの『紹介』だと?」

「恐らくだけど、君が私の家を訪ねてくる前にあの人が立ち寄ってね。

『もうしばらくすると角のないオーガの女性が頼み事をしてくるから、その時はこれも何かの縁だと思って快く引き受けてもらえないものかな。』

そう言われてね。 とは言っても、私は見てくれの通り「鍛冶師」ではない。

君は聞いた事があるかい?“無”から“有”を創造つくれるすべ―――『錬金術』の事を。」 「レンキン……ジュツ―――?」

「まあ……まだ世間的にもそう知られていない“知識”だからね。 君は元より君以外の何者も知る由すらないか。」 「だが……お前は既にそうした術を心得て―――いる??」

「その通りだ、この私の『運命の人』よ。」 「『運命』……? 私がお前の『運命の人』―――だ、と?」

「ああそうだとも。 これから私が施す術によって、これまでのあなたが劇的に変わる。 その“変質”“変態”“変化”“変貌”を、思う様に世間に見せつけてもらいたい。 そうする事により、この私が修めた『無から有を創造り出す術錬金術』を世間に認めさせることに成り得るのだから。」



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