第93話 それぞれの決意

 匠にとって、透の不在は大きかった。しかし、透がいる事で学校に記者たちが押しかけて来るから、と言われてしまえば、透が身を隠すのも仕方が無いと思えた。

匠は、透に頼っていた自分を自覚した事で、すぐには無理でもいつかは支える側に回ろうと思った。匠はもし、まだ自分が2年になっても日本にいるのであれば、透と同じように、生徒会役員に立候補しようと密かに思った。高校時代の透のように、学校の中から、父と透を支えようと考えたのだ。


 すっかり元気を取り戻し、サファノバに戻ったレイラは、大臣たちを呼んで告げた。

「私は日本人の築地透と結婚する事に決めた。後継者問題に頭を痛めているようだが、後継者は匠だ。匠に素質がある事は確認ずみだ」

「彼に何かあった場合を心配しているのです」

「その為に、この先ずっと暗殺の心配なく暮らせるように、欧州連合にも加盟したし、大国の元ファーストレディに話をつけて、現大統領に今後サファノバに手を出さないよう約束させた。透と結婚して、もし二年以内に子供が出来なかった場合、体外受精してでも、後継者をもうける」

「それはどういう意味でしょう? お子様ができない前提なのでしょうか? 国にとって、後継者は大事な問題です」

アントンの父である大臣が、これだけは曲げられないと口を出した。アントンはそれを聞いて、溜息をついた。考えを変えさせようと何度か試みてはいたが、全く無駄だったからだ。

「万が一、と言っている。夫婦の機微にまで口を出すつもりか?」

「滅相もございません。……人種が違いますが、よろしいのでしょうか」

恐る恐る、質問を挟んだ大臣に対して、ミハイルの母である大臣が反論した。

「今の時代、そんな事を言ったら世界中から笑われてしまいますよ? 世界の流れを見て下さい。我らが女王は、大変賢く、進んでいらっしゃる。これは誇るべき事ではないでしょうか?」

反対していた大臣たちは、納得しないまでも、この発言に反論することを控えた。反論すれば、女王は愚かで、考え方が遅れていると、遠回しに言ってしまう事になる。


「私は今まで、母やお前たちの言う通りに、二度も好きでもない相手と結婚をして、後継者も産んだ。暗殺に怯えながら、ずっと籠の鳥でいても、国の為だと思って我慢してきた。王位継承者は既に1人いる。後継ぎが居るのだから、もうこの件では、役目は果たしているではないか。もう沢山だ。私だって人間だ。一人の人間として、幸せになってはいけないのか? この結婚は国を治める事と両立不可能だとでもいうのか? この結婚を認めないのであれば、私は退位する」

「女王陛下が退位すれば、我ら護衛も引退する」

アントンと護衛たちは、レイラを援護するように宣言した。レイラの一番身近にいた護衛たちは、レイラの弱り切った姿に心を痛める事が多かった。自分たちが守っている女王に幸せになって欲しいと願っていたのだ。


 反対派の大臣たちは腰が抜けるほど驚いた。今まで、国の為だと言われれば、レイラは大臣たちの要求を呑んできた。しかし、今回、この結婚を認めなければ、匠しか後継者のいないサファノバを捨てて、退位すると言い出したのだ。

 匠もレイラがいなければ、サファノバには帰って来ないだろう。そうなると、本当に国がどうなってしまうのか分からない。しかも息子と娘たちで構成されている護衛も、レイラが退位すれば合わせて引退すると宣言した。子供たちはレイラの味方なのだ。反対派の大臣たちは、あっさり折れた。これほどの決意を示されては、認めないわけにはいかなかった。

あっさり認められ、レイラは拍子抜けした。あんなに悩んだ事はなんだったのだろう、と。それに、話してみれば、全員が反対では無かった事にも、安堵した。

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