第61話 イブの夜

 透が目を覚ますと、夜明けだった。カーテンの隙間から朝の最初の光が白々と差し込んで、床の寄木細工を浮き上がらせている。腕の中にはレイラが眠っている。やっと眠りについたのは夜明け前だった。

「……透?」

レイラがぼんやりと目を覚ましたが、まだ微睡んでいたそうだ。透はそっとレイラの顔の輪郭を指でなぞって、優しく言った。

「もう少し眠ったら」

レイラは微笑んでから安心した様に、眠りに戻って行った。透は暫く、レイラの顔を見つめていたが、起こさない様にベッドを出た。シャワーを浴び、着替え、ベッドに座ってレイラの寝顔を眺めているうちに、ベッドのヘッドボードのところに置いてあるクッションに寄りかかって眠ってしまった。

「透、透?」

レイラがベッドの中から手を伸ばして、透を起こす。

「……おはよう」

レイラがはにかんで微笑む。可憐な花が水滴を含みながら、ゆっくりと開いていくような微笑み。透はレイラの額に唇を当てる。

「おはよう」

 透はレイラのシャワーを待っている間に、ソファに座る。これで良かったのだろうか、と言う気持ちと、これで良かったんだと言う気持ちがせめぎ合い、考え込んでいるうちにソファの中に埋もれていくような気がした。話をして、今度はレイラの方に再考してもらおうと考えていたが、懸念事項が思ってもいない程あっさりと解消してしまった為、透は指輪も用意していなかった。それも悔やまれる。クリスマスプレゼントは用意しておいたのだが、すっかり渡しそびれてしまっていた。


 少し眠そうではあったが、翳りひとつない晴れやかな顔をしたレイラが着替えて出て来た。

「朝食を食べに行こう。匠が待っている」

レイラが透の腕をとった。

「レイラは自分の部屋に戻ってから、出て来た方が良くないか?」

「え? この部屋、私のと言うか、私たちの部屋なの」

「え?」

「透が来るから、私の部屋を二人用に改装したの。だから、キングサイズのベッドを入れたんだ。透が来てから使おうと思って、使わないでおいた。この間私が眠っていたのは、子供の時に使っていた部屋だ」

 透は絶句した。レイラの部屋だから、ガラスの靴が置いてあったのだ。

 

 レイラが扉を開けると、護衛たちと、家臣たちが微笑みながら、待ち構えていたように揃って挨拶をした。口々にレイラに何かを言っている。レイラは少し赤くなりながら、透にはわからない言葉で答えた。すると、護衛と家臣たちから、ほっとしたような笑顔と拍手が起こった。レイラが、まるで結婚式の時にするように皆の前で、透にキスをする。それを確認すると、皆満足そうに、仕事に戻って行った。透は訳がわからず、これはこの国の文化の一つだろうかと考えた。


「なんて言っていたんだい?」

残っていたアントンが、答えた。

「私たちが『お答えはいかに?』と質問し、レイラ様が『決めました』と答えたのだ。サファノバの習慣で、女性がプロポーズした後、結婚する前に相手を訪れて、確認するのだ。お互い受け入れられれば、結婚合意となる。プロポーズした事を知っている人たちは、女性が訪れた翌日の朝、家の前で待ち構えて、答えを聞く。女性がこの朝に、取り消しを告げる場合もある。断っても断られても不名誉なことはない」

「私の場合、今までは母が決めてしまっていたので、取り消しができない為、行なわれた事が無かった。透に言うと、部屋から出て行かなさそうだから、黙っていたの、ごめん」

透が目を白黒させている横で、アントンが言葉を継いだ。

「皆、この部屋は透を迎える為に改装していたのを知っていたから、透が来るのを待っていたのだ。透がすぐに返事をしないようだったから、みんなハラハラしていた。返事がノーであれば来ないだろうから、来たと言う事はいい返事だろうと思っていたし、一緒に出て来たと言うことは、間違いなく良い返事だと思った訳だ。まぁ、皆、お二人なら早々に後継者を期待できると……」

「アントン、ごめん」

透はアントンを遮り、レイラを連れて部屋へ逆戻りし、後ろ手に扉を閉めた。

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